第75話 気合



「じょ、状況は・・て、敵がいます・・む、無傷です!」

か細い声で報告をしていた。

「なに? 無傷? 何が無傷なのだ?」

上官はイラッとしているようだ。

観測員のところへ行き、画面を見る。

「・・・・」

上官は言葉を失った。

モニターにはテーブルを広げて白いカップで飲み物を飲んでいる人が写っているではないか。

「ど、どういうことだ?」

上官は思わずつぶやいていた。

どういうことだとは、適切な表現ではないだろう。

予想では地面が吹き飛び、大穴が開いていると考えていた。

だがどうだ。

穴が開くどころか、敵がいる周辺は何もない。

丁寧に草まで生えている。


上官がそこまで確認した時だ。

人がゆっくりと立ち上がり、椅子と机が消えた。

すると、その人はモニターの方に向かって優雅に一礼をしている。

次の瞬間、モニター画面から人が消えた。

ドォーーン・・。

モニターを見ていた横の戦車部隊だろうか。

爆発音が聞こえ始めた。

そのうち砲撃の音が鳴り響く。

ドン、ドン、ドン・・・。

しばらく砲撃の音が聞こえたかと思うと、急に静かになる。

モニターを確認してみるが、何も映っていない。

観測員と上官がお互いに顔を見合わせる。

「・・・」

しばらくして上官が言葉を出した。

「な、何が起こっているんだ?」

「わ、わかりません」

何とも間抜けな会話だが、テンジンに攻撃をしかけていた戦車部隊は全滅していた。

テンジンの素手の攻撃で、だ。


観測員がモニターを見ていた装甲車の壁が飴のように開かれていく。

テンジンが手で押し広げているようだ。

!!

装甲車には観測員と指揮をしている上官、後は3人程のメカニックが乗っていただけだった。

全員が今の持ち場から動けない。

持ち場を守る義務を果たしているわけではない。

テンジンがつぶやく。

「おや? この部隊の人たちはおとなしいですね」


観測員と一緒にモニターを見ていた上官が震えながら言葉を出す。

「き、貴様・・何者だ?」

上官は受けをねらっているのではない。

テンジンは質問に丁寧に答える。

「はい、私はテンジンと申します。 まぁ名乗っても意味はないでしょうけどね」

「な、なに?」

それが装甲車に乗っていた人たちの最期の言葉になる。

「ふん!」

テンジンが気合を込めて床に拳を叩きつけた。

テンジンの周りの空間が膨れ上がるように感じる。

ボワッと空気が揺らぐと、装甲車に乗っている人たちが吹き飛ばされた。

壁に激突したかと思うと、そのまま身体の内部から爆発する。


テンジンは生き残りがいないことを確認すると、装甲車に炎の魔法を放ち外に出た。

装甲車はすぐに爆発して炎上。

周りの戦車部隊もまだ燃えていた。

周辺一帯がまるで集団でキャンプファイアーでもやっているのではないかという感じだった。

「ふぅ・・気持ちの良いものではないですが、これで浄化につながるでしょう。 さて、行きますか」

テンジンは北京を目指す。


テンジンの放ったものは、気合だった。

自分の気合に魔法を混ぜ、自分の周辺にいる敵を内部から破壊する攻撃だ。

相手とのレベル差が格段に違えば、どれほどのダメージが与えられるかわからない。

だが、純粋に魔法などのスキルによる攻撃ではない。

テンジンの身体で鍛えた武技だった。

基礎訓練の積み重ねがテンジンにこの技を与えたのだ。

ドラゴンといえども生命体。

テンジンの気合による攻撃は効果がある。

不死アンデッドのような存在は即座に消滅する。

レベルによる恩恵を受けている者、魔法に偏っている者などにとっては天敵に近い存在だろう。


<クソウを乗せた航空機>


テツを見送った行政官がクソウのところへ帰って来ていた。

「君、彼は本当に何もつけずに飛び降りたのかね?」

クソウが聞く。

「はい、閣下。 そのまま飛び出していきました」

行政官の返答を聞き、クソウは目を閉じて下を向く。

なるほど・・まさかこの年齢で、ここまで私の予想を超えることが起こるとは・・。

もし、彼と出会う時間が遅かったり敵対していたらと思うと、怖いな。

だが、運が良かったのだろう。

我々政治家もまだ天から見放されたわけではないようだ。

ニッカさん辺りでは、ついていけないかもしれない。

まぁ、後は日本に帰ってからだな。

佐藤君もそのうち帰って来るだろう。

クソウは1人ほくそ笑む。


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