第76話 容疑
<サラとテツ>
俺たちはゆっくりと移動しながら北京に向かっている。
サラと違う大きな魔素。
聞けば、俺たちのいる場所は上海の北側らしい。
北京まではすぐだそうだ。
ただ、テンジンが来るまでしばらく時間が必要かもしれないという。
どうやらテンジンに次から次へと軍が向かって行っているらしい。
なるほど、だから移動速度が遅いんだ。
俺は納得。
俺が感じたテンジンの魔素。
単純にサラよりも強いだろうということだ。
それに何か気になる感じがする。
なんと言うか『透明』という言葉がパッと浮かぶ。
濁っていない魔素。
純粋な感じを受けていた。
サラにテンジンについて聞いてみると、正義感が強く、弱いものの立場で物事を考えるのだそうだ。
ただ、無条件で弱い立場で考えることはしないという。
それがたまに冷酷に見えるときもあったらしい。
それでブレイザブリクの連中には嫌がられたのだろう。
ドラゴンの領域に転送されたそうだ。
サラ達は、テンジンは死んだと聞かされていたという。
だが、無事に帰還してきていた。
サラが嬉しそうに話してくれる。
やはりサラはテンジンのことが好きなのかな?
俺はそんな風に思いながら聞いていた。
「テツ、この辺りでテンジンを待っていてもいい?」
サラが石の上に腰かけて話しかけてくる。
「うん」
俺も返事をしつつ、サラの近くに座る。
俺たちは街から少し離れた人気のない場所で待機していた。
サラが空を見ながら話し出す。
「星は見えないわね・・テツは魔族領域に転移させられたのよね。 本当によく生き延びていたって感じしかしないわ」
「フフ・・サラ、さっきも言ったけど、魔族って全然凶悪じゃないぞ。 むしろ逆だ。 俺なんてとても丁寧に扱われて、おまけに魔族の術・・」
俺は思わず余計な発言をしてしまうところだった。
魔族の術や技を身につけたなんて言ったら警戒されるだろう。
「ん? どうしたのテツ・・魔族の・・何?」
「い、いや・・その・・魔族の女の人の胸はでっかいって言いかけたんだ」
俺は慌てて言葉を作った。
サラが何か考えていたようだ。
ジッと俺を見つめている。
「テツ・・もしかしてあなた・・そういえば、上海でいきなり私の前に現れたわね。 あの時は驚いたけど・・言われてみれば何か胸に当たっていたような気がするわね・・」
サラが俺の反応を見るように話す。
「な、何を言ってるんだサラ。 俺は決してサラの胸なんて触ってないぞ」
サラの目が大きく見開かれて、ゆっくりとうなずく。
「なるほどねぇ・・私は胸に何か当たっていたようだって言ったのよ。 誰も触られたとは言ってないわよ」
「ゲッ! サ、サラ・・何言ってるんだ。 俺だってサラが変なことを言うから・・」
俺は内心焦っていた。
女の人ってこういう駆け引きが好きなのか?
そういえば課長もそんな感じだった。
クソウにいきなりドイツに行こうなんて言われたからな。
会社の方にはクソウたちが調整してくれるって言ってたけど、どうなったのかな?
俺はサラに詰め寄られながらも、そんなことが頭に浮かんでいた。
「ねぇ、テツ・・私の胸って柔らかかった? 私、胸が小さいからコンプレックスを感じているのよ」
サラが真剣な顔で自分の胸にそっと手を当てる。
「い、いやサラ、君の胸は決して小さくないよ。 形もいいし俺は好きだな」
俺はそこまで言葉を出して固まってしまった。
あ、アホかぁ~。
なにサラのペースで話してんだ!
サラがジッと俺を見つめる。
「テツ・・なんでそんなことわかるの? この服を着ていると、男か女かわからないでしょ。 それに胸なんて目立たないはずだし・・」
「え、い、いや・・それは・・その・・そう、俺のスキルだ」
俺はもうタジタジだ。
「ふぅん・・そう・・テツなら触らせてあげてもいいかなって思ったんだけど・・」
サラがチラっと俺を見る。
「え?」
俺は思わず呆けてしまったのだろう。
バシ!!
いきなり俺の頬に衝撃を感じた。
「テツ! あなたねぇ・・よくも私の胸を無断で触ったわね。 彼氏にしか許可してないんだけど・・セクハラよね?」
「セ、セクハラ?」
「そうよ。 痴漢といってもいいかしら」
サラが両腕を組んで俺を見る。
「あのなぁサラ、俺は触ってないぞ」
はい、嘘です。
俺は堂々と嘘をつく。
「テツ、あなた自分で自白したのよ。 疑わしきは罰せよ、だったかしら?」
サラが言う。
「サラ、違うぞ。 疑わしきは罰せずだ」
俺は思わず突っ込む。
「ま、いいわ。 テツ・・あなた容疑者ね」
「は? いったい何言ってんだよ。 それに胸に触れたくらいで犯罪者になっていたら、満員電車では全員犯罪者じゃないか。 スポーツしていて当たっても犯罪者なのか?」
俺は追撃を加える。
「ものは言い様ね。 私はね、私が意識できないレベルで怪しい動きをしたんじゃないかって言っているのよ」
サラがズバッと切り込んでくる。
俺はドキッとした。
まさに図星だ。
そう、俺は超加速でサラの意識できないところで、無断で胸に触れたんだ。
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