第57話 油断が過ぎた



<中国>


バッキンダック主席は机の上の書類を読みあさっていた。

・・・

信じられないことだが、本当に魔法使いなどというものがいるようだ。

それならば納得できる。

これでは日本でいくらウイルスをばら撒いても意味がない。

もし、そんなものが現れたのなら我が大国にもいるはずだ。

たかだか1億人程度の人口の日本に現れたのだ。

我が国に現れても不思議ではない。

それにしても、読めば読むほど信じられないような内容だ。

アメリカ、ロシア、タイ、チベットなどにいると報告がある。

どうにかどこかの国の人物と接触できないものか?

妥当なところではチベット辺りだろう。

タイでもよいかもしれぬ。

武力と金で迫れば嫌とは言うまい。

バッキンダック主席はそんなことを考えていた。

机の上のベルを押す。


すぐに副官が現れた。

「主席、何かお呼びですか?」

「うむ。 実はな、この報告書にある魔法使いなる人物なのだが、チベットかタイ、どちらかの人物をここへ連れて来れないだろうか? 軍を使ってもらって構わない」

副官は少し考えていたが、軽くうなずくと、

「了解しました。 早速手配いたします」

副官はそのまま下がって行く。

バッキンダック主席は、まさかこれが中国が内部から崩壊する序章になるとは夢にも思わなかっただろう。


<アメリカ>


ハワイの軍事基地にサラが到着していた。

「暑いけど、心地よいわね」

サラは青空を見上げて片手で日光を遮る。

サングラスはしているものの、光は強い。

航空機から降りてエプロンを歩いていると、1人の女性が近寄って来た。

「サラ、ようこそハワイへ」

サラは一瞬わからなかった。

スレンダーな身体、ジーンズを履いてヒップアップ。

肩口まである髪を風でなびかせてサラに笑顔を向けている。

「まさか・・ジェニファーなの?」

サラの言葉にサングラスをずらして見つめる。

「そうよ。 ようこそ楽園のハワイへ」


ジェニファー:サラのハイスクール時代の同級生だ。 

卒業と同時に軍に入ったと聞いていた。

「ジェニファー、あなたハワイにいたのね」

「えぇ・・それよりもサラ、あなた帰還者だったのね。 驚いたわ」

「まぁ・・ね」

「時間はたっぷりあるからいろいろと話を聞かせてね。 この施設では自由にしてもらって構わないわ」

ジェニファーが笑顔でサラに言う。

「ジェニファー、あなた少尉だったわね」

「えぇそうよ。 軍に入ってから大学も通ったからね」

「頑張ったのね」

「ありがとう、サラ。 さ、行きましょう。 あなたの寝る場所へ案内するわ」

「寝る場所って・・軍人ね」

サラはそうつぶやきながら、ジェニファーの後をついて行った。


<アンナ、クラウス、テツ>


俺はアンナたちの後をついて行く。

徒歩移動だ。

だが、その移動速度は電車より確実に速いだろう。

既にロシアの領域に入っている。

情報から黒海の近くにプッツン大統領と帰還者がいるという。

そこへ向かっていた。

アンナが左手を水平に出して突然止まる。

俺もクラウスも止まった。

「どうしたのだ、アンナ」

クラウスが聞いていた。

アンナが視線を動かさずにジッとしていた。

俺とクラウスは視線の先を追う。

!!

ロシアの軍が移動していた。

俺は初めて見たが、壮観だな。

きれいに隊列組んで、戦車部隊だろうか、移動していた。

かなりの規模のようだ。


俺たちはその部隊が行き過ぎるまで、その場で無言で待機。

アンナが辺りを見渡して、また移動を開始する。

先程よりも速度が上がっている感じだ。


半日くらい経過しただろうか。

目的地の近くに到着。

アンナが俺の方を向く。

「テツ、あなた私たちの移動について来れるなんて・・さすがね」

クラウスも少し肩で息をしていた。

俺は何ともない。

少し多めに歩いたくらいの疲労度だ。

「あぁ、アンナが気を使って移動してくれたからだろ? ありがとう」

アンナが驚いた顔を向ける。

「ハハ・・アハハハ・・呆れた。 私はかなりの速度で移動したつもりよ。 全く・・あなたいったい何者なの?」

アンナが笑う。

クラウスは額の汗を拭っていた。

「アンナ・・あの丘のところが怪しいのだが、近づけそうか?」

クラウスが言う。

「わからないわ。 ただ・・」

アンナがそこまで言った時だ。


コン!

アンナの前の木に矢が刺さる。

!!

俺たちは急いで矢の飛んで来た方を見る。

「動くな! お前たちを包囲している」

バカな!

いくら高速移動していたからといっても、気づけなかったのか?

そんなはずはない。

俺も周りには気を付けていた。

何故気づけなかった?

俺は取りあえずアンナとクラウスを見る。

「クラウス・・どうする? 強制的に突破する?」

「難しいな・・俺たちが気づけなかったのだ。 無理に動けば危ういだろう。 だからといって掴まるのも嫌だな」

おいおい・・無茶をするなよ。

俺は心の中でつぶやく。

こんな不利な状況では素直に掴まって情報を収集した方がいいのではないか?

もし殺されそうになったら強制離脱すればいいだろう。

俺は頭の中で考えていた。

それに、俺も不覚だった。

もっと俺一人で動いている感覚でいればよかったんだ。

油断が過ぎた。


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