第56話 それぞれの思惑



壁際ではザワザワした雰囲気が出来つつあった。

メリケン首相が少し大きな声でクラウスに聞く。

「クラウス! 何が起こったというのです?」

「え、あぁ、申し訳ありません。 私も何が起きたのかわかりませんが、どうやら佐藤がアンナの下着を持っていたようなのです」

「は? アンナの下着? 何を言っているのです」

メリケン首相は少し混乱しているようだ。

「すみません首相。 私も何が起きたのかわかりません。 ですが、本当にアンナが今まで身に着けていた下着を、佐藤が持っていたようなのです」

「クラウス・・佐藤はあの場所から一歩も動いていないではありませんか・・どういうことです?」

メリケン首相はそう言葉を出しながら、クソウを見る。

クソウがやけに落ち着いている。

「クソウさん、あなたは驚いておられないようですが、知っていたのですか?」

「えぇ、まぁ・・私も初めて見たときには理解できませんでした。 どうやらあの佐藤は一瞬のうちにいろいろなことができるようなのです」


クソウの言葉を聞いてクラウスが思わず言葉を出す。

「佐藤・・それがお前の能力なのか?」

俺はクラウスの方を向き、軽くうなずく。

クラウスは目を大きくして言葉を吐き捨てていた。

「バカな!」

ハッとして狼狽したことをメリケン首相にすぐに詫びていた。

「すみません首相、少し取り乱しました」

「いえ、いいのです。 クラウス、あなたにもわからなかったということですね」

メリケン首相の言葉にクラウスは素直にうなずく。


これはとても良いタイミングで日本と出会うことができたと思うべきね。

こんな能力の持ち主を敵に回したら、知らないうちに死んでいるなんてことが起こりうるわ。

・・・

・・

メリケン首相の頭の中では一瞬でいろんな考えが駆け巡っていた。

「クソウさん、今日はありがとう。 とても良い会合でしたわ」

「いえいえ、こちらこそお招きいただき、ありがとうございます」

「さて、アンナ、クラウス、ロシアのポイントですが・・」

メリケン首相の提案と作戦を俺たちは聞かされた。

・・・

・・

基本、戦闘はしないこと。

見る調査だけで電子機器は持っていかないこと。

電磁波を発信するものは探知される可能性がある。

調査期間は最長3日。

それを超えると死んだものとみなして動き出す。

もし接触できなくても3日のうちに帰って来ること。

などなど、細かい調整が行われた。

それに俺の今の能力を見て、少し作戦が明るくなったとメリケン首相が喜んでいた。


<ロシア>


ミシチェンコは暗い表情を伴ってプッツン大統領の邸宅に戻ってきていた。

「大統領・・仕方なく2人を片づけてしまいました」

プッツン大統領は窓の外を見ながら、背中でミシチェンコの報告を聞いている。

ゆっくりとミシチェンコの方を向いた。

「ご苦労だった、ミシチェンコ」

大統領はそう言うとグラスを差し出して、ミシチェンコに渡す。

ミシチェンコがグラスを受け取ると、ウォッカを注いでいた。

プッツンとミシチェンコがグラスをチン! と鳴らすと一気に飲み干す。


「ミシチェンコ、済んでしまったことは仕方ない。 彼らはどこに行っても同じ結果になっただろう。 それよりもドイツに日本の政府専用機が到着したそうだ」

プッツンの言葉にミシチェンコが前のめりになる。

「に、日本政府・・ですか?」

「うむ」

「正式な外交予定はなかったように思うのですが・・」

ミシチェンコが考えている。

「私の持っている情報でもそんな話はない。 だが予想はつく」

プッツンは軽く目を閉じて笑う。

「フッ、あのメリケン首相のことだ。 日本を自国の色に染めたいのであろう。 それに我が国に対してアピールしているのかもしれぬ」

「大統領・・それでは能力者がいるということですか?」

「そう受け取るのが自然だな。 まぁすぐに何か起こることはないだろうが、準備をしておかなければいけないだろう」

ミシチェンコは大統領の言葉を受け、ゆっくりとうなずいた。

「わかりました。 いつ現れてもよいように接待の準備はしておきます」

「うむ。 むしろ我が国から偵察に出掛けてもよいかもしれぬ。 ドイツにいる諜報員には何か変化があればすぐに報告するように言ってある」

ミシチェンコは改めてプッツン大統領の采配に脱帽した。


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