どうやら転移していたみたいです
ボケ猫
第1話 これって夢じゃないですよね?
電車の入り口が閉まろうとしていた。
30歳くらいだろうか。
カジュアルな服装を来た男の人が、電車に駆け込み片膝をついている。
電車のドアが閉まり出発する。
「はぁ、はぁ、はぁ・・ここは?」
男の人はゆっくりと周りを見渡す。
「まさか、電車の中か?」
男はそうつぶやきながらゆっくりと立ち上がる。
時間は9時頃だろう。
満員ではないが、ガラガラでもない。
女子学生たちが男の人を見ながら話をしていた。
「ねぇ、あの男の人、はぁはぁ言ってヤバいんじゃない?」
「そうね・・でも、マスクはしているわよ」
「うん・・でもねぇ、電車に乗り込むときに倒れてきたわよ。 少し顔も赤いようだし・・」
「コロナかもね」
「そうよ・・隣の車両へ行こうよ」
「うん」
女の子たちは小さな声で話し合いながら隣の車両へ移動して行った。
若いキリッとした顔立ちの男の人が、片膝をついていた男に近づいてきて声を掛ける。
「大丈夫ですか? あの、言いにくいのですがこんなご時勢です。 お分かりかとは思いますが、もし熱があれば次の駅で駅員をお呼びいたしますが・・」
若い男の人は丁寧な口調で話しかけている。
だが、決して引き下がらないというような決意も感じられた。
「ありがとう・・ごもっともです。 だが、私は熱もないし大丈夫です…と言っても迷惑をかけてはいけませんね。 次の駅で降ります」
片膝をついていた男も紳士的な応対だ。
その状況を見ていた乗客たちはホッとする。
まさか、これから揉め事が始まるのかと、誰もが思ったことだろう。
だが、結局は双方ともが大人だったようで、その車両内はほのぼのとした雰囲気になった。
すぐに次の駅に到着し、片膝をついていた男は車両から降りる。
若い男に軽く挨拶をして一人駅のホームに立っていた。
電車はすぐに出発する。
ホームにはそれほど人はいない。
片膝をついていた男は、テツという。
ホームのベンチに腰を掛けて空を見る。
ふぅ・・ここは飯田橋の駅だよな。
そう思いつつ辺りを見渡す。
・・・
間違いない、この景色は俺が知っている風景だ。
テツはポケットに手を入れて携帯を取り出す。
2021年 2月12日 午前9時25分。
携帯の待ち受け画面に表示されていた。
俺が水道橋の駅から乗っているいつもの時間だ。
テツは携帯を元の位置に戻して両手で頭を抱えていた。
しばらくすると、身体が震えてくる。
「クックック・・マジか」
思わず口から言葉が出ていた。
急いで辺りを見渡す。
誰もいない。
ベンチに座り直して空を見上げる。
マジか・・俺は戻って来れたんだ。
信じられない。
それも俺が出勤して、飛ばされたその瞬間に。
「あっはっはっは・・・こりゃいい」
またも口から言葉と笑い声が漏れた。
急いで周りを確認。
「ふぅ・・これじゃ変なおじさんだな」
テツはそうつぶやくと大きく深呼吸をする。
クックック・・最高のショーの始まりじゃないか。
確か新型コロナウイルスなんていう病気が世界中に広がっていたはずだ。
!!
いや待てよ、もしあれがなければ詰む。
俺のステータスってこの現代世界でも見れるのか?
まさか、今までのことが夢の世界だったなんてことはないよな。
一瞬の間に俺が夢を見ていたとか、そういうオチはやめて欲しいものだ。
だが、あれが夢というにはリアルすぎるし、考えられない。
そう思うと、今の今まで高揚していた気持ちが一気に冷めてしまった。
背中に冷たいものを感じたりもした。
テツは目を閉じ、ゆっくりと目を開ける。
そして、頭でつぶやく。
ステータスオープン。
テツの目の前に半透明のパネルが現れた。
!!!
「マジか!! うおぉぉぉ!」
ガッツポーズをしつつ、思わず声が漏れた。
またしても辺りを見渡す。
通行人が、変な人を見る目で通過する。
しかし、テツの顔が一気に明るくなってくる。
テツ
レベル:44
種族 :人間
HP :430/440
MP :540/540
力 :450
防御 :550
敏捷 :430
技能 :370
運 :67
職業 :聖戦士
スキル:
超加速
死中に活
テツはステータス画面を見ながら微笑む。
このスキル、『死中に活』のおかげで助かったのかもしれない。
とにかくクソな世界だった。
◇
<転移して戻ってくる前>
いつものように駅のホームで電車を待っていた。
最近は新型コロナウイルスのせいもあって、電車もギューギュー詰めということもない。
それなりには混雑はしているが。
電車が来て、ホームから車両内に一歩踏み出した時だ。
何か薄い膜のようなものを感じた。
蜘蛛の巣でもあったのかと思った瞬間だ。
一気に景色が変わっていた。
!!
どこかの大広間にいる。
自分の他にも4人の男女がいた。
明らかに学生と思われる男の子や女の子。
ある程度年齢を重ねている男女。
それに俺だ。
その空間で、俺は目の端で見えていた風景がある。
何かミイラのような人を運んでいる兵士の姿。
転移させられた大広間は、なるほどよく異世界漫画などである中世風の景色だった。
信じられないが夢でない限り、異世界に転移したのだろうとは薄々思っていた。
俺は特に慌てふためくようなことはなかった。
最近ではその手のラノベや漫画はたくさんあったからだ。
しかし、人の頭で想像できることは具現化する可能性があると、どこかで聞いた話だ。
まさかこんな物語がリアルになるとは思っていなかったが。
さて、俺たちを囲んでいた人たちが嬉しそうな顔で俺たちを見ている。
その中の1人が俺たちに話しかけてきた。
「よくぞおいでくださいました、勇者殿」
俺はその一言で思った。
ヤバいだろう。
勇者と呼ばれる人間。
つまりはその国にとって強力な兵器だ。
転移させられてきた学生たちはすぐに現状を理解したようだ。
少し年齢を重ねている先輩たちもパニックにはならずに済んでいるようだ。
俺たちに声を掛けてきた人が言う。
「勇者殿、ようこそブレイザブリクの国へ。 ただいま転移召喚の儀式を致しましたところ、あなた方が召喚されました。 この世界の神と何かご縁があったものと思われます。 よろしくお願いします」
声を掛けてきた人が
なるほど、言葉などはわかるようだ。
「召喚されたばかりで恐縮なのですが、あなた方の素養を確認させていただけませんでしょうか。 まずはステータスオープンと言ってみてください。 慣れてくれば思うだけで自分の状態がわかるようになります」
その声を聞くなり、学生たちは迷わずステータスオープンと言っていた。
俺と同じか、少し先輩だろう人たちも同じように口にする。
俺も頭で思ってから口にしてみた。
ん?
口にするよりも先に表示されたな。
まぁいい。
俺の目の前に半透明のパネルボードが表示される。
俺は驚かなかった。
俺たち日本人は慣れているのだろうか。
学生たちははしゃいでいた。
先輩たちは少し驚いているようだ。
「・・おぉ、スゲーぜ。 レベルがあるぜ」
「私もある。 レベル25だって・・」
「うむ。 なるほど・・」
先輩たちもうなずく。
・・・
・・
俺は黙って聞いていた。
俺は頭の中でいろいろな考えが駆け巡る。
もしここで低いステータスならどうなるか。
パターンとしては廃棄処分か追放になるっていうのが話の筋なんだが。
強すぎるのも警戒される。
まぁ、状況をみながら回答だな。
さて、どうして召喚したのかの理由も知りたい。
俺たちがはしゃいでいるのをしばらく見ていたが、そのうち言葉が飛んで来た。
「さて、ご確認できましたでしょうか。 ステータス画面は本人しか見ることができません。 教えていただけませんか、勇者様方のステータス情報を」
笑顔たっぷりで話しかけてくる。
「えっと、俺たちのレベルを言った瞬間に俺たちを拘束したりしないだろうな。 それにまずはどうして俺たちをこの世界に呼んだんだ?」
学生の男の子が言う。
やるな、学生たち。
「はい、当然の質問ですね。 我らが世界では1000年以上の間、国家間の対立が続いております。 どの国もそれぞれが召喚魔法などを行使して、勇者や魔物、精霊などを呼び寄せております。 我らも自身の軍事力で戦うのですが、なかなか決定打とならないのです。 戦士が育っても倒れればまた育てるのに時間がかかります。 ですから異世界からの知識などを得るために召喚させていただきました。 我らと共に騎士を鍛えていただき、この世界に争いのない時代を築いていただけないでしょうか。 今回の召喚も50年ぶりでございます。 古文書などを参考に召喚に至った次第です。 なかなか召喚というのはできないのです」
・・・・
・・・
男がいろいろと説明してくれる。
わかったことは次の通りだ。
召喚は簡単にはできないこと。
この世界では他国も召喚しているらしいこと。
国同士の揉め事などで力がなければ国が滅んでしまうという話。
勇者として召喚した人の力を借りて軍事行動をすることもあるという。
・・・
なるほど。
勇者を軍事利用することははっきりと言うんだな。
俺は少し感心しつつも、警戒もした。
悪い情報に良い情報を混ぜる。
これって信用させる
俺が考え過ぎかもしれないが、ここで死ぬかもしれないと思うと、疑っても疑い過ぎることはないだろう。
また、俺たちはいわばこの世界のスパイス的な存在として召喚されたこと。
ただ、召喚されるということは何か特別な力を内在しているということ。
などなど、そのうちにいろいろと理解してもらえればいいということだった。
また、元の世界に帰る方法もあるそうだ。
自然界のリズムが今回のように整えば可能だという。
今度整うのはは30年後らしい。
学生たちと先輩たちはその話を聞きながら、だんだんと納得していったようだ。
俺も単純に聞いていると素直にうなずいてしまいそうだ。
だが、俺の元々の、いや仕事で培った素養だろうか。
まずは信用しない。
信用する振りはしている。
いつからだろうか。
そういう癖がついた。
テレビなどを見ていてもそうだ。
情報を与えるということは、その情報に乗せて発信者の都合の良い方向へ注意を向けるはずだ。
ニュースでも、本当に言いたいことは言うはずがない。
そういうものだろう。
さて、俺たちのレベルを聞きたがっている。
初めに学生たちがレベル25などと言っていた。
俺のレベルは29と表示されている。
テツ
レベル:29
種族 :人間
HP :280/290
MP :340/350
力 :310
防御 :300
敏捷 :270
技能 :280
運 :50
職業 :聖戦士
スキル:
超加速
死中に活
学生の女の子の言葉を聞いていたのだろう。
声を掛けてきた男は驚いた顔をして周りを見る。
周りの同じような服装の人たちも大きくうなずいている。
「あなた様のお名前は・・」
「リカよ」
リカと名乗る女の子も、その雰囲気がわかったのだろう。
おそらく自分のレベルは初期レベルとしては相当なものなのだと。
俺もそう思った。
「リカ様、それは凄まじい初期レベルです。 我々の世界ではかなりのベテランのレベルです。 騎士団長でもレベル30程です」
男が素直に説明している。
おそらく本当の事だろう。
男がそう言いながらいろいろと話してくれる。
職種が設定されているが、レベルアップによって変更は可能だという。
ただ、変更するとまた最初から修行を積まなければならないため、ほとんどの人は変更はしないみたいだ。
スキルなどもそれぞれ個人で全く違うので、どんな効果があるのかは使っていかないとわからないらしい。
スキルは増えることはないという。
稀に増えても3つまでだそうだ。
ということは、俺は既にMaxということだな。
俺は話を聞きながら思っていた。
ラノベや漫画では、スキルや能力の付与がやたら多くてわかりづらかった。
だが、これだけ単純なものならそれほど迷わなくていい。
職種は固定されているが、個人の修行次第でクラスチェンジも可能だということだな。
また剣士だとしても、魔法の能力を伸ばして行けばそれなりの魔法使いになれるという。
ただ、能力の無駄遣いとも言われた。
与えられた職種は、生きるのに何らかの意味がある。
まぁ、そんなものだろうな。
俺は説明を聞きながらうなずいてばかりいる。
そしてレベルは25、スキルについても一つだけと報告した。
「さて、他に何かご質問はございませんか?」
男の人は疲れた顔も見せずに聞いてくる。
俺たちはみんなで顔を見合わせる。
学生が先に言葉を出す。
「俺は別にないっすよ」
「私も」
先輩たちも同じように言葉を出す。
俺も特にないと伝える。
「そうですか。 わかりました。 では、少し奥の部屋で休息されてくださいませ」
男がそう言うと、
「どうぞこちらへ」
案内役の人が俺たちを案内してくれる。
◇
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