第2話 姉と妹。彼氏と彼女の事情とか…

 「ドカン!」

 誰かが、私たちの家の玄関を、暴力的なまでに叩いた。

 「お隣り姉妹さん、大変だ!大変だよ!」

 事件のはじまりは、いつだって、予告無しだった。

 不安だらけの休日が、誰も頼んではいなかったのに、事情あふれる開始を告げた。

 「何?」

 父と母は、どこかに出かけていた。買い物にでも、いったのだろうか?

 「あ!」

 「おはよう!じゃなかった…!」

 「え?」

 昼も、近くなったころだった。玄関を叩いたのは、我が家の西側隣りに住んでいた、クヌギサワさん、だった。

 クヌギサワさんは、私たちの、良き隣人。私が小さなころから、いろいろと、相談にも乗ってくれたものだった。

 そんな優しい人が、一体どうしたと、いうのだろうか?

 「ユキノちゃん!」

 「はい」

 「タクシー呼んで、外に待たせてある!」

 「はい?」

 「一緒に乗って、すぐに出かけるんだ!」

 「え?」

 ただ事ではない様子、だった。

 「妹さんも、いるかい?」

 「ええ。今日は、休日ですし。2階で寝ていると、思いますけれど」

 「妹さん、今、小学生だったかな?」

 「いえ。まだ、幼稚園生ですけれど。小学校へは、来年からです」

 「そうか」

 クヌギサワさんが、家の玄関口から、奥の方を覗いた。そこに、2階に通じる階段が、伸びていたのだ。

 「なあに?おねえちゃん?」

 私たちの声に襲われて、2階にあった姉妹部屋から、妹が、恐る恐る、顔を出した。

 「良かった。えっと、妹さんは…」

 「わたし?ツキノだよ?」

 「そうそう、ツキノちゃん!」

 「おじさん、こんにちは」

 「こ、こんにちは」

 「ツキノったら、まだ、寝てたの?」

 「まんが、よんでた」

 「今からすぐ、一緒に出かけよう!」

 「どうして?」

 妹が、私のほうを見て、言った。

 「お姉ちゃんに、聞かないでよ!」

 私たちは、急な出来事に、困惑。

 「ツキノちゃん、すぐに着替えられる?」

 クヌギサワさんが、明らかに急いでいた。

 私は、まだパジャマ姿だった妹に呆れてしまっていた。

 「ほら、早く、着替えて!良くわからないけれど、事件だから!ほら、手伝うから。ツキノは、なんて格好を、しているのよ!天国にいけない、酔っ払いか!」

 「えー」

 「えーじゃない」

 「何で…?」

 「あ、ごめんよ。ツキノちゃん?今説明している暇は、ないんだよ」

 「クヌギサワさんだあ」

 「ほら、ツキノ?」

 「わかった」

 本当にわかったのか不明だったが、妹は、部屋の中に戻っていった。

 休日に訪れた突然の剣幕に、圧倒されたことだろう。妹も、嫌な空気を感じたはずだ。

 私は、妹に、スピードを上げさせた。

 「トタトタ」

 妹は、忙しく動いていた。

 私は、まずはパジャマ姿をやめさせて、早く1階の玄関先へと下りるよう、指示した。シャツの上に1枚羽織っただけの、格好。

 家のリビングでは、私のせいで、TV画面が点けっ放し状態だった。

 どこかの海辺が、映し出されていた。

 「きれいな、海ですねえ」

 玄関先からは良く見えなかったが、司会者らしき人が、そう言っていた。

 「今年も、暑い夏、幸せの夏が、やってきました!」

 私は、それを耳にして、瞬間の疑問に取り込まれていた。

 「でも、どうして、幸せの夏だって、言えるんだろう?こんな、わけのわからない休日の中で」

 中学生ならぬ、ちょっと生意気な感性だったろうか?

 「おねえちゃん。はやく、はやく!」

 タクシーの運転手に、何かの紙を渡されていた。

 「なあに、これ?」

 「契約書です」

 「けいやくう?ここに、さいんをするの?なんだか、よく、わからないけれど…。ツキノのなまえを、かくよ?それで、いい?」

 書いて、すぐに、返していたようだ。

 「おねえちゃん、はやくー!」

 「あなたに言われなくても、早くします」

 「ごめんよ、2人とも…。休みの日に、他人が、こうして、急にきてさ。でも、仕方がない。ちょっと、急いでほしいんだ」

 「おねえちゃん、はやく!」

 「それは、こちらのセリフです!」

 「で、どこいくの?」

 いつの間にか私より先に家を飛び出していた妹が、手招きしていた。私も、すぐ靴を履いて、家を出ようとした。

 そのとき私は、うっかり、TV画面を点けたまま、外出しようとしていたことに気付いた。

 一旦戻ろうと考えたが、私の動きを、クヌギサワさんが、制した。

 「TVなんか、いいから。早く、早く!」

 「バウ」

 予想外の声も、した。

 どこかの犬が、吠えていたのだ。

 「帰ってきてからで、良いから!」

 私は、TV画面にサヨナラをして、タクシーの後部座席、妹の横に、座り込んだ。TVからの音が、消え去っていった。

 幸せの夏というものが消えてしまったんじゃないのかと思えて、怖くなった。

 帰宅して再確認すれば、幸せの夏は、復活してくれているだろうか?

 「本当に、ごめんよ。2人とも」

 「クヌギサワさん。謝らないでください。いつもお世話になっている隣人さんですし」

 「そうかい」

 「リンじいさん」

 「ツキノ。隣人さんよ。リ・ン・ジ・ン・さん。静かに、しなさい」

 「じゃあ、もう、しゃべらない」

 「それで…。どこに、いくんですか?」

 「どこ、いくのー?」

 「ツキノ。はしゃがないで。少し静かに、していなさい。良い子だから」

 「もう、ぜったい、しゃべらない」

 「…あのう、クヌギサワさん?」

 「これから私たちは、病院にいくんです」

 「病院ですか?」

 「ああ…第1総合病院」

 タクシーは、何かにとりつかれたかのように、スピードを上げていった。

 「誰かが、ケガでもしたんですか?」

 「…」

 何も答えてくれなかったクヌギサワさんの目は、うつろの刃だった。

 タクシーは、さらに、スピードを上げた。

 「実はね…」

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