心優しいサラリーマンが爆死する話( ; ; )

渡柏きなこ

第1話 僕が爆死する話(物理)- 1 -

 走っていた。ジュラルミンケースを抱えながら。


 背後から「おい、待て!」と怒声が聞こえる。やがてサイレンも聞こえてくるだろう。


 だけど僕は別にこのジュラルミンケースを大事にしたいわけではないし、もちろんそれはこのケースが大事なのではなく中身が大事なのだなんていう言葉遊びでもない。むしろ手放したいくらいだこんなもの。


 それでもこれを抱えているのは、僕とケースとが手錠で繋がれていて、持ち運ぶのにこうして抱える以外方法がないからだ。


 僕は、阿川壮次郎。


 子どもの頃から母親に『幸せになりたければ誰かの役に立ちなさい』と言われて育った。


 虚弱体質で、三分も走ったら顔が鼻水とよだれでぐしょぐしょになる。背は百五十センチ、体重は平均体重よりだいぶ下。にっこり笑って腕を九十度にまげてもちからこぶひとつできやしないし、腹筋はあるのかないのかわからない。


 これで高校一年生ならばまだ将来性というオブラートに包んで自分の可能性を信じることもできたけど、実際は今年二十七歳の独身男性。しがない場末のサラリーマンである。


 アラサーと呼ばれる年齢になって、元々ない体力のさらなる減衰を感じ始めたこの身体に、こんな重い物を持って全速力で走る、なんていう運動は確実にオーバーワークだ。


 それでも僕は、今回だけは絶対止まるわけにいかなかった。鼻水が出てもよだれが出ても止まってはいけなかった。


 何故なら僕が抱えているケースには――爆弾が入っていたから。

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