オリーブを咥えて。

トン

【EPISODE】2020.4.8(前編)

#OVERTURE-柊樹①-

 高校の入学式を終え、新しい制服に身を包んだばかりの俺は、既にオワコンなのだと言い渡された。

「契約打ち切り。だよな」

 漫画雑誌編集部の打合せ用ブースの一室で、担当編集者が向かい合う。現実を飲み込むように、目の前に提示された書面の一部分を読み上げる。なぜか妙に冷静だった。壁に貼られたアニメ化された人気作のポスターなんて気にも留めたことなかった。今まで近すぎて見えていなかったものを俯瞰している意識が、まるでもうこの場所はおかど違いであることを明らめる。

 天才中学生漫画原作者・柊樹ひいらぎ いつき——そうもてはやされていたのは過去の栄光だった。せっかく連載までこぎつけた作品も、世間からの注目に応えられずすぐに打ち切らせてしまった。その後、連載作品はおろか、読み切りすら一本も当てていない。

 担当編集である嶋岡とは3年以上の付き合いだから、なんと言うか容易に想像ついた。

「契約自体が終わるだけで、君はまだ若いしチャンスはあるんだ。また1から、頑張っていこう」

 ほらな、と一語一句台詞の答え合わせをする。こんな時、どんな一流の編集者だって作家の心を救える言葉なんてかけられない。「0から」じゃないあたり、俺と違って温言だなと思わず笑みがこぼれてしまう。

「もう、いい。辞める決心がついたんだ」

 停滞を言い訳に惰性のように繰り返してきた。自らを見失うほど埃を被っているとも気づかずに。

 俺はこの日、これまで頑なに執着してきたものを自ら葬った。

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