山梔子

清見こうじ

 蒸し暑い夜。


 まだ7月に入ったばかりだというのに、寝苦しい夜だった。

 うとうとしていたけれど、不意に眼が醒める。

 部屋に充満する、甘い匂いで、頭がクラクラする。


(ジャスミン……?)


 あまり詳しくないので、少ない知識を総動員して、たどり着いた答え。



(でも、こんなに甘い匂いだったかな……?)

 

 多分、右隣の部屋のベランダからだと思う。

 夕方帰ってきたらクーラーが動かなくなってしまい、今夜は仕方なしに窓を開けて寝てるのだ。

 両隣から聞こえる室外機の音だけでイラつくというのに。

 ジャングルみたいに植木鉢が密集している、右隣のベランダを思い出して、余計イラつく。

 手入れはキチンとしているらしく、異臭や虫などの被害はあまりないけれど。

 花粉症持ちの私は、季節によってはベランダに出るだけで、ひどいクシャミや目のかゆみに悩まされる。


 ここ数年、その時期が激増した。


 全部が隣の花のせいではないだろうけど。

 明らかにアレルギーがあるユリだけは、申し訳ないけれど理由を話して、花の時期はベランダに出さないようにお願いした。

 切り花のユリは、たいてい花粉を取り除いてあるから割合平気なのだけど。


 でも、そんなこともあって、あまり好きな花ではない。


 基本的に、匂いの強い花が苦手なのだ。

 バラも、蘭も。


 なのに。


 右隣の住人は、香りの強い花や木を好むらしく、ベランダは年がら年中、むせかえるような匂いで溢れていた。

 だからとにかく、必要最低限しか、ベランダには出ない。


 自分の部屋のベランダが使えないのは不便なようだけど、一人暮らしだから、物干し竿にハンガーを引っかければすむ程度の洗濯物しか出ないし。

 大物もハンガーで干す方法を見つけて、とにかくベランダに出ないで済むようにした。


(あーっ! 頭痛い!)


 クラクラする頭を両手で揉んだり、ゴロゴロ体の向きを変えたりしながら。


(朝になったら、嫌みの1つも言ってやらなくちゃ)


 何て言おうか、セリフを考えているうちに。

 いつの間にか、意識は、眠りの海の底に、沈んでいった。

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