第102話
「では魔法は、いつからご使用に?」
「……いつでしたでしょう。はっきりと使用できたのは、八歳だった気がします。ただ……」
私は言葉を途中で止め、イルゼちゃんの方を窺う。何を話そうとしているのかすぐに察してくれたイルゼちゃんが、ふっと表情を綻ばせる。
「フィオナねぇ、六歳くらいからキラキラし始めたの」
「は?」
「夜は分かりやすいよ、光るんだよ」
「……魔物の話か?」
間違いなく私の話である。
六歳頃の私は無意識に光属性の粒子を放ち始めた。日中なら分からない程度には小さくて少量だったものの、すっかり日が暮れると明らかに私がふんわりと光っていたそうだ。
「真っ暗なとこで一緒に居るのって、一緒に寝る私だけだったから、フィオナが光ってるよ~ってみんなに教えたんだよ。でも私も子供でしょ? あらそうなのねーってみんな聞いてくんないの」
当時の状況を想像したのか、アマンダさん達が楽しそうに笑った。
そのことは私もちょっと覚えている。ある日、突然イルゼちゃんに「光ってる」と言われ、お母さん達に教えに行ったんだけど聞いてもらえなくて、「光ってるのに~」ってイルゼちゃんが眉を下げていた。
何度言ってもお母さん達に信じてもらえなくってむきになったイルゼちゃんが、翌日の深夜に私を連れて外に出るという強行に出た。当然まだ六歳の小さな二人が深夜に脱走するのだから、親達は大騒ぎで追いかけてきた。そして、実際に光る私を確認し、更に大騒ぎになった。
「とりあえず害が無いってことはすぐ分かったし、魔法に詳しい人にも見てもらって、光属性だねーって。あれからだよ、村のみんながフィオナに魔法書をいっぱい買うようになったのは」
「意識せずとも生み出してしまうとなると、相当、魔法の素質があることになるでしょうからね……光属性は特に、基本の四属性と比べれば稀少な使い手です。大変、有望とお思いだったでしょう」
半分は、多分そう。将来有望な魔術師だ、村の誇りだと喜んでくれていた。
だけどもう半分は、平均より身体も小さく気質も臆病だった私に魔法なんて扱えるのだろうかと心配し、危ないことになる前にとにかく早く知識を付けさせた方が良いという意見によるものだった。
「いえ、しかし。光属性が漏れていたということは……まさか」
グレンさんが何処か怯えにも似た険しい表情で、ぽそりと呟く。私は苦笑した。そんな私の表情からグレンさんも確信したらしく、彼の表情が驚愕に変わる。
「なんだよ?」
「その現象は、光属性が他の属性らの制御に負けて外に出た可能性が高い。つまり、小さな頃のフィオナ様は、光属性が一番、粗かった可能性がある」
一拍を空けてから、みんなの表情が凍り付く。うーん、全員口を閉ざしてしまった為、自分でちゃんと告げた方が良さそう。
「はい、素質で言うとおそらく私は、光属性が最も『弱い』です」
「最上級魔法を並列できてか? とんでもないな……」
他の属性と相性が良すぎた、という可能性も高い。沢山の属性に適性がある場合に特に起こりやすい現象だと、何年も経ってから知った。他の属性と相性を競って、負けたものが一番外側に出る。火や雷が出なかったのは偶然で、本当に幸いなことだと思う。
「イルゼちゃんだと火と雷に少し耐性があるので漏れる程度なら何ともなかったと思いますが、家具や寝具はどうにも……火事にはなったでしょうね……」
「なるほど、そりゃ惨事だ。本当に良かったな」
偶々何も無かっただけで実は大変恐ろしい現象ではあったのだ。実例として記録されているものは大体がそういった惨事を起こした末に語り継がれたものだった。
「でも光ってるフィオナちょっと面白かったよ」
「ふふ。それ親達にもよく言われたよね」
当時を思い出す度、みんなが笑いながら言っていた。「あの時はびっくりしたけど、今思い出すと面白い」って。自分の子供がずっと仄かに光っているのだ。理由が分かれば心配が消えて、ただ面白いと思う。
さておきこれは一体何の話だったのか。特にやることが無くて雑談をしていた結果か。
先程まで開いていた魔法書に目を落とす。光属性に関するものだ。私の持つ他属性と比べて扱いがいつまでも難しく、自室にある魔法書も光属性は特に擦り切れるほど読んだ。そうまでして高みを目指してきたこの属性を、今回は、敵にすることになる。
「フィオナ様の、例の複合属性魔法は、どの属性を利用されるのですか?」
「風、火、雷の三属性です」
「……二つですらないのですね」
項垂れるグレンさんの横で、アマンダさんが苦笑している。複合そのものが魔術師らの中では奇跡なのだから、二つではなく三つと言うところがもう、驚きを通り越してアマンダさんは面白いらしい。
「属性同士の反発や反応を利用して攻撃力に変えるのですが、その制御が難しくて……私には『周囲全て』を攻撃対象にすることしか出来ません」
「その時点で充分な奇跡なんだろう。今回のあたしらにとって偶々ネックになっただけだ」
優しいアマンダさんがそう言って慰めてくれた。しかし本来、魔法は『制御』が何よりも大切な要素だ。制御できない魔法はただの『魔力暴走』であり、『魔法』と呼ぶには烏滸がましい。これが複合魔法という稀有な技術だから、かろうじてそう呼べているだけ。単属性の魔法なら暴走でしかない。
少し俯くと、イルゼちゃんが私の肩を抱き寄せた。
「そろそろ寝支度しようか? 明日は早いから」
「……うん。そうだね」
考え込んで、紋章が痛んでしまったら困る。そうなったら明日の朝に封印地へ下見に行くことすら過保護なみんなに止められてしまいそうだ。今夜もまた違うことを考えて眠ろう。
どれだけ思考を逸らして逃げたところで。
いずれ必ず、目の前には来るのだから。
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