第67話 王都 フィルシーゼ
森から戻った四人は、昼食後に侍女に入れてもらったお茶を囲み、ゆったりとソファに座っていた。
「昨夜の報告では、ジェフの方は順調のようです」
「その内、私も呼ばれることってあるの?」
「可能性はありますが、鞘や柄の確認、または剣の最終確認でしょう。まだ先のことですね」
「そっか」
ジェフは鍛冶を手伝うと決まって以来ほとんど王宮には戻らず、ジンの鍛冶場に泊まり込んで作業をしているらしい。此処に居る四人には毎食、王宮からの豪華な食事が与えられていることを思えばやや不憫だが、ジェフ自身が酷く嬉しそうに過ごしているので心配は要らないとグレンは言った。また食事も、王宮に包んでもらったものをグレンが都度、差し入れとして運んでもいるそうだ。
「さて。我らがお姫様はぐっすりお休みなわけだが……あれは一体何だったんだかね。あんたらは何か聞いていないのか?」
アマンダの視線の先、フィオナはイルゼの膝ですやすやと眠っている。お茶の飲み初めまでは起きていたが、ウトウトしてイルゼに凭れ掛かった後、深く眠ったのを見計らってイルゼが膝に転がした。朝から森に入り、ほぼ休憩もせず歩き詰めだったことで、フィオナは随分と疲れたらしい。
「私は何も。グレンは?」
「いえ、特には。植生の確認、とだけ」
「目的は誰も知らずか。全く」
呆れた様子でアマンダは息を吐く。この小さな頭の中にはどのような思考が渦巻いているのだろう。アマンダらにとっては『不都合』ともいえる隠し事も多いフィオナだ。語られない、というのは心配の種になるだけである。
「本気で隠すつもりなら、そもそも一人で行こうとしてたと思うよ。今は多分、いっぱい考えてるから気が回ってないだけじゃないかな」
「あんたがそう言うなら、まあいいが」
フィオナに関しては誰より不安になりがちなイルゼが平気な顔をしているのならば、きっと大きな問題は無いのだろう。
「そういえば、その籠手の使い心地はどうだい? フィオナにサイズを見てもらったんだけどね」
「ああ、だから丁度いいんだ。フィオナが見てくれた方が自分で見るより間違いないんだよね。私あんまりサイズよく分かんないから」
「……なるほどね」
イルゼが無頓着なのは剣に限ったことでは無いらしい。実際に試着をしても失敗をするそうだから、そういうことへの意識が極端に薄いのだろう。
一方フィオナは、裁縫を得意としていることもあり、故郷に居た頃は家族やイルゼの服の多くを手ずから作っていた。そういう意味では知識もあり、サイズも凡そ把握しているということだそうだ。改めて納得したように、アマンダは「なるほど」と言った。
「イルゼは、いつからフィオナが好きなんだい」
「は? 生まれてからずっとだけど」
唐突な問いにも拘わらず、イルゼはまるで愚問とでも言うように即答する。アマンダは微かに眉を寄せた。
「……前世は?」
「フィオナが生まれた時から」
「重った……」
「はァ!? うっ、うるさいな!?」
思わず出てしまった大きな声に、フィオナが小さく身じろぐ。イルゼは慌てて口を閉ざし、優しく眠りを促すように彼女を撫でた。そのお陰かどうかは分からないが、フィオナが起きることは無かった。
「まあいい。お疲れのお姫様を叩き起こすほどのことでもなさそうだ。訳は明日改めて聞こうか」
「そろそろ失礼いたします。また何かございましたら、いつでもお呼び下さい」
最後のものが何の為の質問だったのか、結局イルゼにはまるで分からなかった。物言いたげに見つめるイルゼを振り返ることなく、二人はサッと立ち上がり、早々に部屋を退室して行った。
イルゼは小さく息を吐きながら、眠り続けるフィオナを見下ろした。
「聞いたらきっと、話してくれるよね」
眠りを妨げないようにと優しく囁き、指先で髪を梳く。微かに動いたフィオナは、触れているのがイルゼと分かっているのかのように口元を緩める。イルゼもその愛らしさに、思わず笑みを浮かべた。それから彼女が目を覚ますまで一時間と少し。イルゼは飽きる様子無くその寝顔を眺め続けた。
* * *
「フィオナ、ただいま」
「おかえりなさい。怪我してない?」
「はは。してないよ」
西の森に行った後、私は夕方近くまで眠ってしまった。日が暮れる頃にようやく、調べたことをまとめる為にテーブルに向かう。イルゼちゃんは少し稽古してくると言って演習場に行っていたのだけど、二時間くらいで帰ってきた。
そして私の手元を覗き込むと、軽く首を傾ける。
「これ、森で色々書いてた紙かな。結局フィオナは何を調べてたの? グレン達も気にしてたよ」
「あー、そうだよね……」
植生を調べたいということだけを告げ、私は一度も明確に目的を言っていない。
前回、森に向かった時は、自分の記憶が確かに『前世』のものなのかを確かめる為だった。今日は辿り着けたあの石橋が記憶通りに存在しているのなら、どんな状態であれ事実に基づいた『記憶』であることがほぼ間違いないと思ったから。
でも今は、既に女神様に肯定して頂いているこの記憶をわざわざ証明する必要は全く無い。
だから今回私があの石橋を目指したことには全く違う目的があった。あの道を通ったという前世の記憶が事実であることを『前提』として、更に確認したいことがあったのだ。
「言えないこと?」
「ううん、全然そんなんじゃないよ。……完全に好奇心に偏ってるから、アマンダさんに、怒られるか呆れられそうだなって思ってたところ……」
「あはは」
軽く笑ってくれるけど、私は怒られるのも呆れられるのも嫌だった。しかし好奇心が勝ってしまって訳も告げずに巻き込んだ私が一番悪いのも分かっている。その程度の扱いは、受けるべきなのだろう。
「元々は街道だったところが、多分使われなくなったのかな。千年前とは違って完全に木々に覆われて、森の一部になっていたよね」
「うん」
前世で私達が通った時は、全員で横並びになって歩いても窮屈じゃない程度に広い街道だったのに、今では何処が元の道であったのか判断が付かないくらい、森になっている。イルゼちゃんも「記憶と照らし合わせて改めてびっくりしたよ」としみじみと言う。あれが、千年という長い時の流れなんだと私も最初、感じ入っていた。
「ただ、私が通ったと思う場所だけ、少し土壌と植物の様子が違ったの」
「へぇ?」
元々街道だった場所、ではなくて、『私が通った場所』だ。
勿論、街道だった位置すら明確じゃないんだから、私の歩いた位置を明確にすることは出来ない。だからあくまでもこれは仮説でしかない。だけど、自分自身のことだからか何となく分かってしまったし、『様子が違う部分』を辿るほど、記憶が呼び起こされていた。この辺りで途中ふら付いて右に逸れたな、とか。此処で戦闘があって、私はみんなの戦いを見ながら安全な位置で待機していたな、とか。勝手に魔物から逃げてはぐれそうになったことも。
前回に訪れた時に確認した植生は僅かだったものの、立ち去る直前「あれ?」と、少し違和感を抱いていて――日々を重ねるごとに、気になってしまっていた。
「ちゃんと浄化魔法を掛けてもすぐに効果が消えてしまうはずの時期だったんだから、『歩いただけ』で少し残った勇者の光なんて、もっと早く掻き消えちゃったはずなのに」
「確かに?」
もし当時の力が今でも植物らに影響を残しているなら、それは一体どういう原理なのだろう。
「とにかく、ただの勘違いかもしれないから。今日はまず、その違和感を確かめる為に行ったの」
「確信した?」
「うーん、流石に確信までは。だけど、私の予想を否定できなかった」
石橋の場所で、前世の私達は休憩を取ったはずだ。イルゼちゃんにも確認したら、その記憶で間違いないと頷く。私は自分が座っていた場所も大体覚えているし、その石橋に至る前に歩いた部分も、凡そ思い出せる。
やはり、その位置と、植生と土壌の『違い』は一致していた。
「原理とかはまだ全然分からないけどね」
イルゼちゃんは難しい顔で腕を組み、うーん、と首を捻る。一緒に考えてくれている様子が嬉しくて、笑みが溢れた。
「解明する必要があるとは思ってないし、その為に滞在を長引かせるつもりも無いよ。本当に、ただの好奇心。ちょっと考えてみたいなって思ってるだけ」
「そっか。まあ、私じゃこういうのはよく分かんないし、またグレンにも話してみたら良いよ。何か面白い仮説を立ててくれるかも。勇者の力にも詳しいしね」
「うん、お時間がありそうな時に、相談してみようかな」
グレンさん達が『気にしていた』と言われたことも忘れて、私はのんびりとそう返した。
翌日、ぴったり朝食後に私達の部屋を訪れるアマンダさんとグレンさんに、詳しく追及されるなんてことも、何にも知らずに。
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