第57話
予定よりは長い滞在になってしまったけれど、巣の破壊と浄化を終えた二日後にはもう、私達は村を離れた。
村の人達から大いに感謝されてしまって事あるごとに頭を下げられたりお礼を渡されそうになったりと、ちょっと大変だったせいもある。そもそも隣村の人達はまず自分達の生活を立て直す必要があるのだから、私達に何かを渡す余裕なんてない。そんな大変な状態から無理をして出そうとして下さっているのが分かるからこそ、余計に居た堪れなくて。お気持ちだけを頂いて早めに村を立ち去ることにしたのだ。
「体調はもう本当に大丈夫?」
「平気だよ。そもそも精神の疲れと魔力切れだけだから」
私が倒れてしまったのは、何か怪我や不調を起こしたわけではない。魔法水の点滴も受けたことで、翌日にはいつも通りだった。過保護なみんながそれ以降も世話を焼いてくれて余分にたっぷりと休んだ為、不調の欠片も残っていない。それでもイルゼちゃんはまだ心配らしくて、じっと私の顔を見つめていた。他にどう言えば良いかが分からなくて、苦笑するしかなかった。
「ところでイルゼちゃん、新しい剣の方はどう?」
「うーん、普通かなぁ。前よりは使いやすい重さだけど、もうちょっと重くても良かったかも」
迷いなく剣を振るっているように見えていたのに、イルゼちゃんの中には少し迷いがあるらしい。
「多少の拘りがあるのは重さだけか」
徐にアマンダさんがそう呟く。ちょっと呆れているようにも聞こえた。
「あんたは自分の力だけを信じてるからねぇ。剣を疑っているわけじゃないんだろうけど、何て言うか、剣に頼らない剣筋だ。……そのせいで見る目が養われないのかね」
分かるような、分からないような。私が首を傾けると、横で荷車を引いていたジェフさんが何故か豪快に笑った。
「道具に頼らねえのは良いことなんだがな、鍛冶師としてはちょっと寂しいな!」
「あー、そういうもの?」
イルゼちゃんは自分の腰に携えた長剣に触れ、肩を竦めた。剣の見る目がどうとか言われていることはあんまり気にしていないみたい。天然なのか、わざと聞こえない振りをしているのか。ずっと一緒に居るのにイルゼちゃんは時々よく分からない。
「それが吉と出るか凶と出るか、鍛冶師様の御心次第だねぇ……」
誰に言うでも無く小さく呟いたアマンダさんの声に、グレンさんが軽く振り返り、ジェフさんは表情を曇らせた。イルゼちゃんには聞こえていないみたいだった。
ジェフさんのお父様の師匠だと言う鍛冶師は、話を聞く限りはかなり気難しい印象を受ける。あまり剣に興味が無く、みんなからは
「武器は国王陛下にもご協力して頂ける可能性がございますので、そう心配することもないでしょう」
私も一緒になって表情を曇らせたせいか、グレンさんが小さな声でそう言ってくれた。確かに、王都なら選択肢が多くあるのだから、他の武器屋に頼む結果になってしまっても悪いようにはならないだろう。
大体、私にとっての目下の問題は王様と会う可能性があることだから……人の心配をしている場合じゃなかった。
王都まであと四日から五日ほどの見込みとなった頃。宿の一室で取っていた朝食の場で、グレンさんが少し穏やかな表情で私を見つめて切り出した。
「国王陛下から、フィオナ様と是非改めてお会いしたいとの御言葉がございました」
「ううっ……光栄です」
「ははは!」
思わず本心の声が最初に漏れてしまった為、アマンダさんとジェフさんに大笑いされてしまう。それを責めるつもりかは分からないものの、グレンさんがスッと目を細めて二人を見据えた。
「他人事の顔をしているところ悪いが、アマンダ達も含め、此処に居る全員に晩餐会へのご招待を頂いている」
「げ」
私と違って隠すこと無くアマンダさんはあからさまに嫌な顔を見せる。ジェフさんは眉を下げて、困った顔になっていた。でもイルゼちゃんだけ表情が変わらなくて、他人事の顔のままだ。『全員』と明確に言われていて自分が対象外と思っているはずがないし、この心の強さって本当、どうなってるんだろう。
今世で最初に王様とお会いした時、私が勇者の生まれ変わりかどうかはまだ『可能性』でしかなかった。しかしグレンさんという証人が居る状態で女神様にお会いしてそれが肯定され、更に、魔王封印を恒久のものとする唯一の手段を、私が握っていることが伝わっている。
だから王様としては改めて支援の意志を直接伝えつつ、鼓舞する意味でも晩餐会を設けたいらしい。また今までの働きについても感謝を伝えたいとか。
「今までの働き……?」
「既に三体の魔族を滅してる。それにこの間の村を助けた件もだろ」
首を傾けた私にアマンダさんは酷く呆れた顔で言った。先日の村の件は、なるほどと思うけれど。魔族の件は……全てを滅して魔王の再封印まで出来ないとあまり意味がないと思うのは私だけなのだろうか。困惑していたら、アマンダさんが苦笑して私の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。意味は分からなかった。
「服はどうするんだぁ? 俺は結婚式以外で正装なんざしたことがないぞ」
「心配ない。陛下も我々が平民であることはご理解下さっている。そもそも俺はいつもこの服でお会いしている」
言われてみれば、前世で私が国王陛下に謁見した際にその場にいらっしゃったヨルさんも、正装ではなかった。帽子も被っていたし、導き手の一族は割と自由な服装で陛下とお会いしているらしい。
流石に武器はそれぞれ預けることになるらしいが、清潔にさえしていれば服装を注意される心配は無い、とのことだった。ちょっとだけホッとした私の横で、「フィオナのドレスは見てみたかったけど」と呟いたイルゼちゃんの声は聞こえない振りをした。
「此方から相談したい内容も、既にお伝えはしています。ただ、内容が入り組んでいるので口頭で説明したと付け足している為、先んじて動くことは控えて頂いています」
「確かに、光の封印地の方は、動きを間違えると危なそうだからな」
先日の村の件で一つ増えてしまったけれど、陛下にご協力頂きたいのは三点。最優先は、光の封印地。管理者の方を探し出し、情報提供と、封印地への案内を頼みたい。次に、イルゼちゃんの剣。これはジェフさんの当てが外れてしまった場合だけで良いのだけど、出来る限り質の良い武器屋を教えてほしい。最後に、魔物のマーキングの知識や魔物に関する危機感を、人々にもっと広く伝えてほしい。今は千年前よりも魔物が増えているのだから、同じ危機管理では被害が膨らむ一方だ。
「陛下から意見を求められる可能性もございますが、まずは私の方から状況をご説明いたします。……そもそも光の封印地に関して、事前の調査内容は我が一族から得ていますので」
勇者の光を持っていたとしても私は所詮十六歳の小娘でしかない。どれだけきちんと説明したとしても、グレンさんの説明に勝る説得力は無いだろう。ありがたい申し出に即座に了承した。
ただ、それでも。晩餐会というのがあまりに不安である。何のマナーも分からない。
「振る舞いに気を付ける点はありませんか?」
「そうですね……まず、椅子は従者らが引きますので、自ら触れる必要がありません」
「え? どういうこと?」
即座にイルゼちゃんが首を傾げた。私も同じ気持ち。何の状況を説明されたのか今、全く分からなかった。なお、アマンダさんとジェフさんも首を傾けている。グレンさんは小さな咳払いの後、「失礼」と言って立ち上がり、私の後ろに回った。
「フィオナ様、そのまま椅子に触れず、ゆっくりとお立ち下さい」
「は、はい」
言われた通りに立ち上がると、その動きに合わせてグレンさんがスッと椅子を後ろに下げた。また逆に座る時も、私の動きに合わせて椅子を差し入れるように動かしてくれる。
「このようなことです」
「待って待って、分かんない。これ絶対、練習が要るんだけど」
イルゼちゃんの言葉に同意して私も頷いた。もうあと五回くらいは繰り返して頂きたいし、王都に到着する前にも復習させてほしい。簡単なようでいて意外と怖くて。座るのも立つのもぎこちない動きになる。
「お、俺もされるのか? 女だけじゃないのか?」
「男も女も一緒だ」
その後グレンさんから全員、繰り返し指導してもらった。座る時と立つ時は必ずグレンさんが声を掛けて下さるというので、下手に自ら動かないことにする。また、もし食器を落とした場合も拾うのは従者らになるから姿勢を床の方へ崩さぬようにと言われた。咄嗟に動いてしまいそうで怖いけど、そもそも晩餐会という緊張の場で食器を落とすようなことは流石に無いと思いたい。
「全て、出来るだけ気を付ける、という程度です。間違ったとしても陛下からお咎めはございません。不慣れであることはご理解の上ですので」
「はい……」
「フィオナはまだ良いだろ。問題は、……あたしら三人だよな」
そう言ってアマンダさんはジェフさんとイルゼちゃんを見つめた。イルゼちゃんはきょとんとしながら「え、私?」と不思議そうだ。
「あんたが一番ヤバいんだよ! 敬語もまともに使えないんだろ!」
「うわ、そっか、王様には敬語使わなきゃいけないんだ」
イルゼちゃんの反応にちょっとゾッとした。確かに、イルゼちゃんが敬語を扱うところって見たことがほとんど無い。前世からずっとそう。咄嗟に出てこないと言っていた覚えがある。そしてアマンダさんとジェフさんも、王様に使うような丁寧な言葉は扱ったことが無いそうだ。
「うーん、喋れなさそう。危ない時は代弁しといて、グレン」
「はい。ご心配ありません、私にお任せください」
「あたしとジェフの分も頼む」
「お前らは甘えるな」
即座にぴしゃりと断るグレンさんが可笑しくて笑いそうになり、慌てて口を押さえる。アマンダさんが子供みたいに不満を訴えていた。この三人が三人だけで喋る時、ちょっと子供みたいな言い合いをされることがあって、多分、出会った当時の感覚に戻る瞬間があるんだろうなって思うと微笑ましい。当時もアマンダさん以外は成人していたとのことだけど、それでもまだお若い頃だったろうから。
しかし穏やかな思いでそのやり取りを見守っていたのも束の間。戯れを終えたアマンダさんは肩を竦めながら呟く。
「まあ正直、イルゼの一番の危うさは……フィオナの敵と思った瞬間にケンカを売りそうなところだけどね」
部屋が静まり返った。私も想像できると思ってしまった。いや、でも前世と合わせて二度の謁見を経験しているものの、王様に対して不躾な物言いは一度もしていない。流石に大丈夫――と言おうとしたけど、グレンさんが口を開く方が早かった。
「例え陛下であってもフィオナ様の敵となるのであれば俺が先に動くだろう。問題ない」
「大ありだ馬鹿が」
問題が逆に大きくなってしまった気がする。結局この不毛な話はいつになく長く続き、出発が遅くなった。緊張が紛れて丁度良かったけれど、胃は少し痛かった。
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