第10話 王都 フィルシーゼ
大きな天候の乱れも無く、トラブルにも巻き込まれること無く。順調以上に旅は進み、村を出て十三日後に私達は王都であるフィルシーゼへと辿り着いた。
「うわー、城でっか……想像してたより大きいな」
城下町に入るなりそう呟いたイルゼちゃんに少し笑う。実は前世でも、イルゼちゃんは同じことを言っていたのだ。あの時は、何もかもに対して怯えていた私の気を紛らわせるつもりもあったかもしれないけれど。
前世から言えば二度目となる王都。でも街並みが大きく変わっていて、正直、二度目という感覚はまるで無い。なのに、お城の形だけはあまり変わっていなかった。流石に何度も建て直しはされているのだろうけれど、記憶の外観とほぼ一致している。懐かしい。……だけどそんな気持ちを共有できる誰かは居なくて、少しだけ、寂しい。
「それでフィオナ、誰に会いに行くつもり?」
問い掛けられたことをちゃんと聞いていなくて、後から思えば問われたと分かるのに、少しぼんやりした状態で私は街並みや城を眺めていた。数秒間の沈黙の後、イルゼちゃんが私の顔を覗き込む。
「フィオナってば」
「え、あ、ごめん。何?」
ようやく呼ばれたと気付いて、慌てて返事をしながら目を瞬く。その様子が面白かったのか、イルゼちゃんの目尻が下がる。それから、同じ問いを繰り返してくれた。「ああ」と少し曖昧な返事をした私は、ちょっとだけ回答を迷う。けれどこれ以上、黙っていても仕方がない。諦めて、城の方を指差した。私の指と、城を見比べるイルゼちゃんの眉が少し真ん中に寄っていく。
「……王様?」
「そう」
肯定と同時に、イルゼちゃんが目を白黒させた。驚かせているのは私なのだから笑うのは申し訳なかったけれど、可愛かったので思わず口元が緩む。
「ごめんね、無謀って言われそうで、言い難かっただけなの」
秘密にしていたのは、そんな下らない理由だ。片田舎に生まれた何の身分も無い一般人が、王様に面会したい、その為に王都に向かうんだって、言った時点で連れ戻されてしまう気がしていた。だけどイルゼちゃんが私の言葉をバカにして笑うような素振りは少しも無かった。
「いや、そりゃ、無謀とは思うけど、それより、何で王様に……」
「それは、……叶ったら、もう、隠しようも無いかな」
苦笑する私を見て、イルゼちゃんが不思議そうに首を傾ける。そして私達はその足で真っ直ぐに、お城へと向かった。
謁見の申し込みが出来る受付の場所は、前世と同じ位置だった。こんなちょっとしたことに、いちいち感動してしまう。表情を隠す為に俯いたら、怯えていると思ったのか、心配そうな顔でイルゼちゃんが背中を撫でてくれる。確かに緊張はしているし、怖くないなんてとてもじゃないけど言えない。そういえば前世は、謁見の申し込みもイルゼちゃんがしてくれたんだよね。記憶を辿ることで少し気を紛らわせ、受付に国王陛下への謁見を申し込む。理由を問われた時が一番、心臓はうるさくなっていた。
「勇者の『導き手』の一族について、恐れながら国王陛下にお聞きしたいことがあります」
私の言葉に、受付の方は一瞬、表情を強張らせた。そして「そのまま少々お待ち下さい」と一言告げて奥の扉へと入ってしまう。心臓がずっとうるさいというか、もう痛い。耳鳴りがしてきた。この状態があんまり続くと倒れそうなので早めにお願いしますと勝手なことを念じてみる。黙って隣に居てくれるイルゼちゃんは、私が述べた理由も含め色んなことを不思議そうにしているけれど、彼女の気配が辛うじて私の意識を繋ぎ止めている気がした。
「謁見の御許可が下りました。二日後の午前十時、こちらの札をお持ちになって再度いらしてください」
許可を証明する札を渡されて、ほっと息を吐く。受付の方に丁寧に礼を述べて、一先ず城を後にした。
「すごい汗かいた……」
「フィオナ、魔物と対峙するより怖がってなかった?」
「そうかも」
私の返事に笑いながらも、イルゼちゃんが労うように背中をぽんぽんと叩いてくれたら、ようやく強張っていた身体が解けていく。本番は二日後だけど、あんまり考え過ぎるとこのまま緊張で石像になりそうだ。一旦、思考を避けておいた。
「イルゼちゃん、王都で行きたい場所とかある?」
とりあえず城下町の外れに二日分の宿を取って落ち着いた頃、そう問い掛けてみる。私達みたいな田舎の人間は、王都に来るなんて一生涯の内に経験することはまず無い。折角の機会だから観光したいと思っているかもしれないと思ったのだ。しかしイルゼちゃんは腕を組んでしばらく考えたものの何も出てこなかったらしく、結局、首を横に振る。
「いや、特に無いなぁ。フィオナは?」
「私は街の中じゃなくて王都周辺をちょっと見に行きたいかな、二日もあるし」
前世は勇者の紋を見せたその日の内に謁見、そしてそのまま旅に出されてしまったので城下町を見て回る時間が一切無かった。それもあって城下町に私はあまり思い入れが無い。どの道もう当時と比べて街並みが大きく変わっているのだから、名残りを残す場所も皆無だろう。そう考えながら告げてみると、何故かイルゼちゃんがすごく険しい顔をした。
「流石に外を一人で歩かせる気は無いからね」
彼女が何処か観光している隙に一人で行こうとしていたと思われたらしい。そんなことをすれば怒られるということくらい流石にもう分かっていた。私は軽く首を振って笑う。
「イルゼちゃんに行きたいところがあるなら、そっちを優先して、一緒に行こうと思ってたよ」
「……別に無いから、いいよ、フィオナに付いて行く」
そうして私達は明日一緒に王都の外へ行くことを約束して、今日はその為の準備と買い出しをすることにした。
故郷の村を出発する時、旅の資金はあまり潤沢ではなかったけれど、魔物から取れる一部の素材が換金できることは前世の頃と変わっていなかったので、今は資金に問題は無い。ただ、採取するには死んだ魔物に触る必要があるので、一人の間は物凄く怖くて大変だった。最近はイルゼちゃんが率先して取ってくれて、楽をしてしまっている。自分でも出来るようにならなくてはと思うのに、「フィオナがやると時間が掛かる」って笑いながらイルゼちゃんがやってくれていた。
「それよりも私は、素材をお金にして旅の資金にするなんてこと、フィオナが当たり前みたいにやっちゃう方がびっくりしてるよ」
「当たり前みたいには出来ないよ……」
商人の方に買い取ってもらうところもまた私にとっては難題なのだ。何せ、知らない人と話さなきゃいけない。普通の人からすれば「なんだそんなことか」と思われそうだけれど、私には精神的に酷く負荷の掛かることだった。しかも交渉に弱くて、相手の言い値で渡してしまいそうになる。前世でヨルさんやサリアちゃんやダンさんが言っていたことを一生懸命に思い出しながら、今のところ何とか真っ当に取引をしてもらっていた。
「もうちょっと、私のこと頼ってほしいんだけどなぁ」
怖くても魔物の素材を取ろうと手を伸ばし、怖くても交渉をイルゼちゃんにお願いしないで頑張っている。その度に「私がやるよ」とか、「無理しなくて良いんだよ」ってイルゼちゃんが助けようとしてくれる。そして実際、魔物の素材については私が一つ取る間にイルゼちゃんが他を取ってしまっている。それでも、私は全部を任せないように必死だった。一つ甘えたら、私みたいな人間はキリが無くなるということを、私が誰よりも知っている。
「……甘やかされると、私すぐに逃げちゃうから、あんまり甘やかさないで」
「アハハ、嫌だよ」
だけどイルゼちゃんはあっさりと否定した。優しい目が私を見つめていて、大きくて温かい手が、そっと私の頬を滑っていく。
「私は一生、フィオナを甘やかしていたいからね」
こんな言葉にどうしても喜びを覚える私はやっぱり、性根が甘ったれなんだと思った。
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