第11話

 翌朝、イルゼちゃんと二人でしっかりと朝食を取ってから、王都の西側にある森の方へと向かう。前世、第一の祠を目指す為に通った森だ。半日ほど散策をする予定をしていた。

「そういえば、フィオナ、村に手紙は出した?」

「ううん、まだ。王都を出る時に出そうと思ってるよ」

 手紙を配達するのは多くの場合、国が管理している機関だ。特に急ぎたい時や、特殊なサービスを求める場合のみ民間の配達業者を使う。でもこれは結構、割高なので、私は国の機関を使用する予定だった。しかしそこで問題になるのが、手紙を依頼した町の名称が受付時に印字されてしまうこと。つまり手紙の中で言及しなくても、私が王都に居ることは受け取った時点で分かってしまう。もしかしたらしばらく王都に滞在するかもしれない為、それは都合が悪かった。

 イルゼちゃん以外が連れ戻しに来ると思っているわけでは無いけれど、万が一そうなったとして、道中が心配だ。私の村で、イルゼちゃん以外に戦う技術を持つ人はとても少ない。両親だけで外に出るなんて以ての外だ。多大な心配を掛けている身で、こんな言い分は身勝手かもしれない。だけどそういう理由から、今後も移動前に出すつもりをしていた。

 その時ふと、もしイルゼちゃんが出しているなら、そんな配慮が意味を成さないことに気付く。一瞬ひやりとして、隣を歩く彼女の顔を窺った。

「イルゼちゃんは手紙出してるの?」

「それが、……忘れてたんだよね。出すって約束したんだけど」

 言いながらイルゼちゃんは項垂れていた。どうやらそれが理由で、この話題を振ったらしい。

「いや、ザンナに泊まる夜には出してるんだよ、宿の受付のおじさんに頼んでさ。でもそれはフィオナを見付ける前だったから、合流した報告がまだ出来てないんだ」

 すぐに報告できなかったことを後から両親に怒られると思っているようで、長い溜息を吐いている。申し訳ないけれどその様子が可愛く見えてしまったのと、私にとっては幸いだったので安心してしまった。

「フィオナは、王都に居ること、知らせたくないの?」

 不意に問われて、目を瞬く。私が『王都を出る時』に出そうと考えている意図を正確に読まれたことに驚いた。仕方なく、迎えに来られたら困ることや、両親が来てしまったら心配だということを正直に告げた。

「うーん、私が一人で探しに行く時も納得してたから、大丈夫だとは思うよ。でも、フィオナがそう言うなら、私も出る時に……いや、私まで出さなくていいかな。フィオナ、合流したこと書いておいてよ」

「あはは」

「ん?」

「ううん、イルゼちゃんらしいなと思って」

 前世でも、彼女は手紙を書くことを億劫そうにしていた。元々そういうのは得意じゃないんだと思う。小さな頃から、机に向かうより練習用の剣を持って外に居ることがずっと多かった人だから。分かっているけれど、私は彼女の提案に頷かなかった。

「一応、イルゼちゃんも出した方が良いよ、短くても」

 イルゼちゃんは前世、旅に出てから一度も故郷に手紙を出すことなく、そのまま死んでしまった。私は自分の最期を知っていたから、別れの手紙はちゃんと出した。だけど、イルゼちゃんは最後になるなんて何も知らなかったし、私が呼ばなかったら最後にもならなかった。私の中の、少しの後悔を思い出していた。

「えー、うーん、まあ、そうだね、約束したしなぁ。分かった、自分でも書くよ」

 生来、真面目な人だ。私が自分の後悔を拭う為に言ったなんて少しも知らないで、頷いてくれる。ホッとしながらも、結局、私はこんな提案すら自分の為なのだと思って、静かに溜息を吐いた。

 森へ向かう道中では魔物に襲われるようなことも無く、一時間も掛からないで辿り着いた。森の位置自体は、当時と大きく変わらない。しかし地図を見る限りでは少し広がっているように見えるし、形も記憶とは違う気がする。ただ、正確に覚えているわけではないのであくまでも「何となく」だ。実際、今まさに踏み入れようとしている獣道が、当時通った道だったかもよく分からない。少なくとも当時は獣道ではなかった。今はどうやら人に使われておらず、人はもっと北の方にある、しっかりと整備された大きな道を通っているらしい。

「うーん……」

 地図を片手に、実際に歩く地形を見比べながら進んでいく。あの時は特に混乱もしていたし、皆にただ付いて行くだけだった。景色が一致するかなんて、判断できそうにない。でも木の種類はあまり変わっていないと思う。植生の一致を確認できるのは私にとって収穫かもしれない。後で、記憶を辿って他の地域で見た植物なども書き出しておこう。そんなことを考えながら、周りの木々ばかりを見ていた時だった。

「フィオナ!!」

「え?」

 危険を知らせるようなイルゼちゃんの声に、彼女の方ではなく、私は前方を反射的に確認した。私に向かって、魔物が突進してきている。魔法――は、間に合わない。咄嗟に杖を握るが、詠唱できずに私は身体を固めた。飛び掛かろうと魔物が地を蹴って、私の視線と同じ高さまで浮き上がる。ぎゅっと目を閉じたら、瞬間、つむじ風が吹いたかのように私の傍を風が通り、魔物がグギャと鳴いた。直後に来るはずだった衝撃は来なくて、目を開くとそこには、長剣を構えたイルゼちゃんが立っていた。彼女の足元で、魔物が地に伏している。

「ごめん、気付くの遅れた。大丈夫?」

「う、うん、大丈夫、ごめんなさい、ぼうっとしてて……イルゼちゃん、怪我してない?」

「平気だよ」

 ふっと笑みを向けてくれるところも含め、既視感に呆けてしまった。だけど、目に入った魔物にハッと息を呑む。イルゼちゃんも私が緊張したことに気付いて、改めて剣を構えた。

「何?」

「もしかしたらこの魔物、群れかも」

 見覚えがある。既視感は、私が危ない時にイルゼちゃんが駆け付けて助けてくれた、それだけじゃない。あの時と同じ魔物だと思った。杖を握り直して、集中する。光魔法の応用で、周囲にある魔物の気配を辿った。

「う、あ、いっぱいいる」

「どっちの方向?」

「……進行方向が全部。戻った方が良い、よね」

 気配の位置と動きしか分からないが、おそらくもう私達の存在に気付き、じっくり近付いているように感じた。イルゼちゃんは周囲を警戒しながら、私の隣まで下がってくる。

「後方、気を付けながら戻ろう」

「うん」

 魔物を刺激しない程度に、だけど急ぎ足で後退する。幸い、その後は魔物達が私達を追う様子も、襲ってくる気配も無く、森を抜けることが出来た。もしかしたらこの辺りに魔物達が異常繁殖し、この道を使えなくなった結果、こうしてただの獣道になってしまったのかもしれない。

 森からしっかりと距離を取った後、ようやくイルゼちゃんが警戒を解いて剣を収めた。私も魔物の位置を探っていた光魔法を解き、杖を右の腰に戻す。

「どうしよう、迂回する? フィオナ、何処かに行きたかったんじゃないの?」

「あ、ううん、もういい、かな。もっと深くまで入りたかったけど、収穫が無かったわけでもないから」

「そう?」

 あんな短い時間の散策で良いのかと疑問に思ったようだったけれど、イルゼちゃんは首を傾けただけでそれ以上は何も言わなかった。城下町に戻ろうと言った私の言葉に頷き、来た道を戻っていく。

 収穫は、植生の確認が少しでも出来たこと。そして前世で見覚えのある魔物を発見できたこと。

 だけど一つ気になっているのは、魔物が、前世よりも多い気がする。封印がなされてからもう十七年が経っていると聞いているのに、魔王が復活した直後と比べて今の方が多いのは明らかにおかしい。しかも王都周辺であれば、討伐隊が一番出やすい場所のはず。十七年間でもっと減らされているのが自然と思えた。

 やっぱり私の前世の記憶なんて、ただの妄想なのかもしれない。勇者の封印も、犠牲も、ただの夢で。

 そうであってほしいという気持ちが半分。だけどもう半分は、それならこんなにはっきりした私の記憶や感情は、一体何なのかという、恐怖と不安だった。

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