短め、初心者、各一話で完結
ラビッタ
連続した不幸の中で
マンションの廊下をカツカツという足音が進んでいく。目の端に止まる腕時計が13時を示していて早めに来れたことに頬が緩んでしまう。
今日はひさしぶりに彼に会える。そう思ってしまうと気分が浮足立ってしまうのも当然なんだと誰にでもなく心のなかでつぶやく。そもそも彼も私も働いているし、お互いの休日が合う日が少ないのは仕方のないことなんだ。しかし、仕方ないと思っていても私は寂しいという感情はちゃんと持ち合わせている。
それならばその数少ない会える日を喜ぶ私も一般的な女と言えるだろう。
手に力を入れて玄関の扉を押すとガチャッと扉が開く。いくら注意しても鍵をかける癖はつかないんだな。なんて呆れてしまうが彼がものぐさなのは今に始まったことではない。が、それもすぐにある物を見つけてしまって思考がその物に奪われる。
靴がある。彼が履くはずがない明るい黄色をまとった女性ものの靴が彼の乱雑に置かれた靴の横にきれいに整えられて置かれていた。
頭が急速に冷えていく感覚が全身に広がったように手が震える。冷静になりたかったから、勘違いだと思いたかったから部屋の方に入っていく。奥に入るにつれて想像していたものが現実に置き換えられていくのが否応なしにわかってしまう。
彼の寝室の方から声が聞こえる、声というよりは女の子のくぐもった啼き声だけだが。
なぜ?なぜ?そう冷えたはずの頭で考えるが思考がどんどんと鈍くなって、目の前が暗くなっていく気がする。
そうか、彼は他の子を選んでしまったのか。
知りたくもわかりたくもなかったのに扉の向こう側から聞こえる音が私の意識を現実に繋ぎ止めている。この場から逃げなくては。
やっと今すべき答えを出せた。扉の向こう側に気付かれないようそっとテーブルの上にショートケーキの箱を置く。美味しそうだったのにな。と残念に思うが仕方がない。この場を去るなら無駄な荷物は捨てていかなければいけない。
そうして先程通った扉を開いた。
そそくさとマンションを出ると、外は雨が降りしきっていた。なんで不幸が続くんだろうか、私がなにかしたのか神様。そんなふうに嘆いても空模様がパッと晴れることはないし、彼の部屋においてきた甘さが戻ってくるはずもなかった。
一つだけ良かったと思えたのは頬を伝った水滴が雨に混じって消えたことだった。
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