黒き獅子と白銀の星

彩瀬あいり

1 ふたつの国

 ジェラルド・ロイ・フォーリアは、王家たったひとりの生き残りである。

 とはいえ、それは決して正しくはない。正統な存在であれば、陰口を叩かれることもなかったことだろうし、重鎮も敵に寝返ったりはしなかっただろう。

 彼は、妾腹の王子だった。



     ◆



 フォーリアは小国ではあったが、武力に長けた国だった。

 戦乱の最中でも他国の侵入を退け、フォーリア騎兵団は大陸でもその名を轟かせた。強かったがゆえに恐れられ、悪名ともいえる噂も少なくない。しかし、戦いを生業にする傭兵にとっては、自身の力を奮うことができる場所でもある。

 腕に覚えのある者はこぞってフォーリアを訪れ、王は彼らを受け入れた。それが、大国の計略とも知らずに。

 他国の息がかかった戦士の手引きにより軍は散り散りとなり、その間に王宮は制圧。ジェラルドが駆けつけたとき、すでに王の首は取られたあとだったし、九死に一生を得た王太子の兄も、結局は還らぬひととなった。

 ロイ、おまえに託すよ――

 消えそうな兄の声を聞きもらすまいと、必死に耳をそばだてた。



 ジェラルドはもともと、国の重鎮にいい顔はされていなかった。平民の母を持つ彼は、疎まれていたのだ。

 ゆえに彼らは、十七歳のジェラルドを筆頭に国を再建するよりは、敵の属国となることを選択した。

 ジェラルドはわずかな仲間を伴い国を離れ、旅を続けた。

 もともと腕の立つ一行だ。護衛の仕事などをしながら暮らすうちに三年の月日が流れ、仕事で足を踏み入れたのが、ウィンスレット公国である。

 ウィンスレット公国は、かつて長を同じくし、フォーリアから分かれた小国。王族の一員として、幼いころに訪れたこともある。

 いったいどこで顔が割れたのか、宿に泊まっていたジェラルドのもとへ公爵の使いが現れた。フォーリア国王との約束があったから、らしい。

 知らなかったことだが、父はふたたび国をひとつにすることを願っており、そのために自身の息子を公国の姫とめあわせる心づもりだったという。まずは姫を貰い受け、子をなした暁にはその子どもを公国へ送り、次代の婚姻へつなげる。

 なんとも気の長い計画だ。父もまさか、自身の国がなくなってしまうとは思っていなかったのだろう。

 しかし、これは好機だ。

 婚姻は国家間で取り決められた約束。書面も残っている。これを反故にするのは難しい。王子が存命している以上、盟約に従い婚姻はなされる。フォーリアが滅びているため、王子が公国へ入ることになるだろう。

 ――つまり、俺が次代の公爵だ。

 国が欲しかった。

 亡兄から託された思いがある。

 ふがいない自分についてきてくれた仲間のためにも、ジェラルドは「国」が欲しかった。

 それが転がり込んできたのだから、好機でなくてなんだというのか。自分を追い出した連中も、家族を殺した奴らも、いずれ見返してやる。

 それが、腹違いの自分に優しくしてくれた兄への、最大の供養になるだろう。



     ◆



 一行は、城の一角にある離宮を与えられた。

 賓客を招く際に使われる場所だという。一番大きな部屋を私室としたジェラルドは、二階の窓から城を眺める。

 聳え立つ白亜の城。その頂きには、眩しい光が輝いていた。

 白き宝玉。

 それは、公国が持つ神秘の力。

 人知を超えた力――法力ほうりきと称される能力を持った巫女が光の珠を生み出し、それを天上へ捧げる。

 セフィドの巫女。

 公国の至宝だ。

 この国は武力ではなく、聖なる力で国を護ってきた。

 御伽噺のようなそれを信じられるのは、フォーリアにも似たような事象があるからに他ならない。


「お出かけですか?」

「悪いか」

「いえいえ。姫様たちをどうぞ吟味してください。違うタイプの美人ですよね」

 軽口を叩く部下のファウルに、渋面をつくる。

 旅をするうちに伸びてしまった黒髪は野性味を帯び、剣呑な色が浮かんだ濃紺色の瞳と相まってかなり殺伐とした印象をつくるが、ファウルは気にとめるふうでもない。少年のような見た目をした彼は、これでもジェラルドよりも年上なのだ。

 ジェラルドに従う部下は、わずか五名。

 オルソー、ゴラーブ、ファウル、ネイト、ゴルジ。

 最年長のゴルジは、一行の頭脳ブレーンとして公国の上層部と接触を計り、こちらの立場をなんとか確保しようと動いてくれている。

 公国が味方であるとはかぎらない。もしものときに備え、オルソーとゴラーブの二名は城下町に身を潜めている。

 武力で名を馳せていたフォーリアは、この国では蛮族扱いだ。城内を歩いていると、すれちがうメイドが怯えている。婚約者であるはずの姫たちすら、姿を見る機会がないほどだった。

 ウィンスレット公国には三人の娘がいて、一番上の娘が二十二歳。次いで二十歳、十八歳と続いており、誰を選んだとしても釣り合いの取れる年齢だ。

 どの姫をと定められているわけではなく、選択はジェラルドに委ねられているのだが、さてどうしたものか。先日の顔合わせを思い返していると、末姫が歩いている姿が見えた。そこに上の姫たちが現れ、立ち話を始める。

 ジェラルドは気配を殺して庭のほうへまわり、木陰に身を潜め、耳をすませることにした。


「蛮族王子、あなたに譲るわ」

「あら。年齢的に、お姉さまのほうが大変なのではなくて?」

「どういう意味かしら」

「先日もセフィドの騎士に声をかけて、断られたと聞きましたわ。あの騎士は巫女に傾倒していますものね」

 口元に手を当てて笑う妹に、長姉は顔を引きつらせた。

「あの程度の男なぞ、願いさげよ。わたくしにはもっと相応しい殿方を選ぶと、お母さまもおっしゃっています」

「ですから、それがあの野蛮人なのでしょう?」

「そうと決まったわけではありません。あなたこそ、デュナン家の騎士に言い寄っていると聞きましたよ。相手にされていないようですけど」

「あれは、あちらのほうが声をかけてきたのです」


 なんだろう、発言にまるで品がない。あの調子では、先が思いやられる。

 洩れそうな溜息を押し殺していると、矛先は末姫に向かった。


「まあ、おまえには関係のない話だけどね」

「よくもおめおめと顔を出せたものよね。普通、お断りするものではなくって?」

「常識というものがないのよ」

「あの蛮族王子ですら、随分と睨んでいたもの。見苦しいものをお見せして、本当に申し訳ないったら。ねえ、お姉さま?」

 嘲笑う声に対し、末姫は視線を床に落として佇んでいる。蔑みを投げるだけ投げて、姉たちは去っていく。その場に残された娘に、ジェラルドは声をかけた。

「おまえ、なにも言わないんだな」

「ジェラルド殿下! 申し訳ありません」

「なにを謝る。おまえはあれに加担していないことは、わかっている」

「……ですが、とても失礼な物言いを」

 深々と礼を取る姿は美しく、洗練された所作だった。まっすぐな髪が肩から流れ落ち、陽光を受けて輝くさまはどこか神々しくもあり、知らず息を呑む。大きく高鳴った鼓動を抑えながら、彼女に問うた。

「名を聞かせてくれ。あのときは、紹介すらされなかったからな」

「……アーシュ、と申します」

アッシュ……?」

「ご覧のとおりの、髪ですので」

 言って、髪を一房握る。多くの者が亜麻色の髪をしているのに対し、そういえば彼女だけが異質だ。白に近い灰色の髪。

 御前、失礼いたします。

 申し訳なさそうな声色で囁いたアーシュの背中を、ジェラルドはその場で見送った。





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