[第二話] 男の子とネコ

「どうしたの?紬」


足を止めた私に由利が尋ねる。




「いや、あそこの電信柱のところに座っている人、私の学校の制服着てない?」




私の通っている制服は、露草色でブレザータイプ。周囲に私の学校に似た制服の学校はないため


見間違えることはほとんどないと思う。




(背も高そうだし、先輩なのかな?)




屈んでいても高いとわかる程の身長。電信柱のせいで顔はよく見えない。




気になって気づかれない程度に距離を縮める。


いったい何をしているのだろうか。




入学したばかりだから一年生の可能性もあるのかな?


そんな憶測をしつつ近づく。




電信柱で死角になっていた男の子の手先を覗き込むと段ボールの中にネコがいることが確認できる。


それも、一匹ではなく三匹も。




「ひどいよね。こんなに可愛いネコを捨てるんて。」


私はその光景にため息をつく。




すると私の後部にいた栞と由佳が声をそろえて言う。


「でも、私たちにはどうしようもできないし見ているだけ可愛そうになるだけだよ。諦めて暗くなっているし帰ろ。」




確かにそうだ。私の意見に対して二人は冷静な返しをする。




このままもし帰ってしまえばあのネコは死んじゃうのかな。


いやな妄想が脳裏をよぎる。もし、餓死でもしたら。可愛そうだ。




飼ってあげたい気持ちと飼えない葛藤が脳をぐるぐる行き来する。




「飼えないかな。」




「諦めよ。」そう言われて私は再び帰路に就いた。


お金に余裕がなかったとかどうしようもない理由は誰にでも存在はする。


でも、だからといって命を軽く見ては絶対にいけないと思う。




私だったら自分の食費を切り詰めてでもネコにお金を回すのに。


別に、このネコが金銭面で捨てられたと分かった訳ではないが私はそう考えてしまった。




自分の無力さに悔しく思いながらも二度と会うことがないかもしれないネコを首だけ後ろに向けて


サッと見た。




すると、先ほどの男の子が段ボールを持ち上げている光景が目に飛び込んできた。


顔の印象はクールという言葉がよく似合う整った顔立ちをしており、モデルにいそうな高身長だった。




170センチ後半はあるだろう。その男の子は優しい顔でネコに微笑みかけていた。




その優しさにはどこか寂しさをも持ち合わせている。そんな気がした。


その印象が私の心には残った。




彼は、私に背を向ける形でネコを連れて帰ろうとしたときにポケットからハンカチが落ちていくのに


気が付いた。




強い使命感めいたものに掻き立てられ、ハンカチへと駆け寄った。




拾い上げたハンカチについた埃を手で払いながら、男の子へと声をかけた。




「すいません!これ落としましたよ。」




「あぁ、ありがとう」




子猫に向けていた微笑みとは別の、純粋な感謝を示す柔らかい笑顔を向けながら、差し出したハンカチを受け取った。




男の子の手に持っているダンボールの中で丸くなっていたネコに目を落として、気になったことを聞いてみた。




「この子たちどうするんですか?」




「雨風が凌げる場所に移そうと思ったんだよ。」




「動物愛護団体とかには連絡しないんですか?」




「それも考えたんだけどそうしてしまうと、殺処分されてしまう子たちも少なくないからね。この子たちがそうならないとは限らないでしょ?」




私自身、殺処分のことについてはよく知っていたから、その団体に連絡をしようとは思わなかった。


自分でもなんでこんな質問をしたのか疑問に思ったけど、彼がどんな考え方をしているのかを知りたいという、彼に対する興味がそうさせたのだと送れて気づいた。




「優しいんですね。」




「俺は優しくなんかないよ。そんな人間じゃない。」


彼は自分に言い聞かすように答えた。




とても謙虚な人なんだろう。




「それじゃ、俺はこっちだから。またね。」




「あ、はい。ネコたちをよろしくお願いします。」




またねと言われたがまたどこかで会うことなんてあるのだろうか。


あの広い学校で何組の誰かも分からないこの人に。




このまたねという言葉に乗せられた責任感はどれくらい強いものなのだろうか。




笑顔で、答えた後に遠くで見守っていた友人のもとに急ぎ足で戻る。




「あの人かっこよかったね!だれだれ??」


さすが、男好き。




「誰かなんかわからないよ。名前も聞いてないし。というか、浮気じゃない?」




「なんでよ!これは別よ!アイドルみたいなものよ!!」




本当なのかなと思いながらも笑いを乗せて夕日も完全に沈んでいる帰り道を後にした。




あの、男の子にまた学校で会って、


家にお邪魔するとはこのときは誰も想像にもしていなかっただろう。

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