捨てネコのような私と君

玉田 響

[第一話] ぽっかりと空いた穴

『本日未明、都内某所にて殺人事件が発生しました。殺害されたのは、都内在住の無職、

佐藤邦彦さん三六歳。


警察によると現場に残されていたナイフに佐藤さんのものと思われる血痕が付いていたことから

ナイフで首元を切られて死亡したのだと捜査されています。』


大型スクリーンに映し出されているアナウンサーが淡々と事件についての報道をしている。


ここは、東京の渋谷にあるスクランブル交差点。

毎日大勢の人間が行きかう場所だ。


彼らは人が殺害されたニュースをまるでBGMのように聞き流し、会社や学校に向かっている。


人間は第三者の殺人事件には一切興味がない薄情な生き物なのだろう。

誰かが苦しんでいても他人事なのだ。


四月もそろそろ終わりを迎え、夏に向けて木々が桜から新緑への衣替えも始まる季節だ。

今年の春は少し暖かかった為かまだ少しばかりの桜をも見ることができる。


「ねぇ、昨日のバラエティー番組見た?」


「昨日は遅くまで彼氏とデートしていたから見ていないよ。」


「その惚気いる?」


廊下の窓から景色にそんな思いを乗せながら教室に向かう。

この春から高校生になった私たちは都立時岡高校に通っている。


偏差値は都立なので中の上だ。


全校生徒は900人ほどで文武両道を掲げている学校だ。

そんな私、佐藤 紬はバスケットボール部に所属している。


「ねぇ、紬は昨日の番組見た?」


彼女は足立 由利。


テレビ番組が大好きで昔からテレビを見て育ったような子だ。


「ごめん。昨日はすぐ寝ちゃってみていないのー」


「はー?昨日のは特に面白かったのに。あぁ最悪だー。また話し合わないじゃん。」

拗ねた声に少しハスキーな音を乗せて不満を言ってきた。


私は面倒だなとかは思わずにしっかり返す。

「ごめんって。」


「それよりさー昨日彼氏がかっこよ……」


「はーい、もう大丈夫でーす」


今惚気を語って学生=恋愛と思っているのは清水 栞

栞は彼氏が一番って感じなんだけどいざという時はしっかりと相談に乗ってくれるいわゆる

良いやつって感じの女の子。


こんなにも楽しそうな日常なのに私の中ではあの事件以来なにかぽっかりと心に穴が開いている。

そう簡単にはふさがらない穴。


二人とも私の親友の幼馴染。

この二人には感謝してもしきれないくらいの恩がある。


私の家族がこの世から居なくなったときに私は何度も自殺を考えた。


今、普通に学校生活を送れているのはこの二人のおかげだ。


お母さんが生前

『紬の元気さが私に力をくれるんだよ。』

そう言っていたのを思い出し、天国にいる家族のためにも笑顔を取り戻さなきゃいけないと思い、

元の明るい性格に戻りつつあるのだ。


謎解きを考えていた人がアッとひらめいた時のような声で由利が言う。

「そういやさ、駅前に新しいカフェできたんだってー!」


「どんなカフェなの?」

一応聞いてみる。

あんまり今日は行く気分にもなれないので断ろうかなって思っている。


「ネコカフェらしい。」


「行く。」

私はさっきまでの自分を秒速で裏切りそう答えた。


だって、私は動物がめちゃくちゃ好きなんだもん。

その中でもネコが何よりも大好き。


昔、ネコを飼っていたんだけどあの気まぐれな性格の中にもしっかりと愛があるのが本当に大好き。


「おっ、やっぱり行くよね?」


「栞も行くよね?」

間髪入れずに由利が聞くと栞は答えた。


「あー、今日は彼氏と一緒に帰るからーダ......」


「はい、決まりね!」

人の話を聞いてない私たちが同時に言った。

正確に言うと聞いていない訳ではない。けど、そんな彼氏の惚気ばっかり聞かされてるんだから、ちょっとくらい付き合ってくれてもいいよね?っていう感じだ。


私は今、親戚の人と一緒に暮らしている。だから、お金をあまり使わせる訳にも行かずに電車で遠出とかもすぐに出来るっていう感じではない。


だから、こういうちゃんとした機会に行っておかないと損する。

だって、恐らくバイトをしている由利の奢りだからね。


「だよね?」

何も言ってない私の気持ちを悟った由利は


「まぁ、あんたはいいよバイトしてないんだからね」


さすが、良くぞ分かってるなーって思う。


「早速行こっか。」


そう言いながら私たちは帰りの道を急ぎ足で掛けて目的の

場所に着いた。



「あぁぁぁぁぁぁぁあ、可愛かったなぁ。飼いたいなぁ。」


「楽しかったね!」

楽しかったんだけど、私は不満だった。


「なんでさ、彼氏の事しか考えていない栞がさネコにあんなに懐かれる訳?餌付けでもしたの?」


「えっへん、多分いい人っていうのがネコにも伝わったんだろうね。」

自信満々に言う栞に一言。


「男好きの彼氏好きの栞がねーー、いい人ねーーー、たーーしかにそーーかもーーねーー」


「なにそれ。」

ムッとした顔で栞は言った。

こういうノリができるのも仲のいい友達だからだろうなって

思う。


大切な人を失いたくない。

当たり前の日常を大切にしないといけないなって

改めて思った。


空もかなり暗くなっていて、そろそろカラスが泣くと不気味に感じる時間まで多分10分くらいの帰り道に一人の男の子がいた。


「え。」

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