神崎ひかげVSバジリスクホンハブ
狐
掟破りのツイン・ブースト
「ごめん、タマちゃん……。ホントに反省してるんだよ……」
開放的なターコイズ・ブルーの海を尻目に、神崎ひかげの表情は地獄の底のように暗い。二日酔いの苦しみをなんとか捨て去り、眉間に皺を寄せて通話を続けていた。
ここは沖縄県内、某市のリゾートホテル。彼女は激務の羽休めとして親友の藤原と沖縄旅行に来たのである。初日の名所観光を終え、2日目のマリンスポーツも楽しんだ。今日は3日目、いよいよ帰ろうかという日である。
昨夜の行動が全て悪かった。マリンスポーツを楽しみ、付近の料理屋で現地の料理と酒に舌鼓を打つ。神崎ひかげにとって飲酒はある種のライフワークであり、生きる意味でもあった。
しかしながら、彼女は忘れていた。泡盛の度数を!!
結果が二日酔いだ。いや、そこまではいい。神崎ひかげは記憶を失うまで酒を飲み、財布と飛行機のチケットを紛失したのである。
とにかく、藤原には一旦空港まで向かってもらい、自分は財布とチケットを見つけて追いつく事に決めた。親友とはいえ、金を借りるわけにはいかない。それが神崎ひかげの流儀だった。
「マジで見つからない……どうしよ……」
スマートフォンが残っていたのが僥倖だ。クレジットカードは紛失しても止めてもらえばいいし、飛行機のチケットは係員に尋ねればどうにかなるかもしれない。だが、そこまでの金を稼がないことにはどうにもならないのだ。
その瞬間、神崎ひかげに天啓が舞い降りる。生きたハブを捕まえて役所に渡せば、幾らかの謝礼が渡されると聞いたことがあるのだ。奇しくも、この地域一帯はハブの異常生息が住民を悩ませている。これは“やる”しかない。彼女の眼に決意が漲る!
「私は、タマちゃんと、帰るんだ!!」
* * *
藪の中、神崎ひかげは素手でハブの首を締め上げていた。毒牙を突き刺そうともがくハブの口を開けたまま、背負った籠へどんどん投げ入れていく。最初は恐れていたが、10匹を超えるともう作業だ。蒸し暑い亜熱帯気候に汗をかきながら、彼女は自らの目的を達成しようとしていた。
そんな彼女の背後に迫る、一つの影。マングローブ林の鬱蒼と茂る葉から鎌首を擡げ、静かに獲物を狙っている。
彼女は、その気配を確かに感じ取っていた。周囲を警戒し、不意打ちの一撃に備える。逃げるためではなく、迎撃のために!
「……困るなぁ、二日酔いなのに!」
SHAAARRRR!!
襲いかかるは、全長30フィート超の規格外害獣。
その巨体はインド象さえひと息で呑み込み、丸太のような胴体は近寄るだけで戦車をも横転させる。幻想生物『バジリスク』にも喩えられるハブ界の
バジリスクホンハブはカウボーイの投げ縄めいて跳躍、自らの牙で獲物を貫かんと喰らい付く!
対する神崎ひかげは……咄嗟に姿勢を低くし、死の牙を回避! 巨蛇のがら空きの動体に発勁めいた掌底を打つ! 通信空手とボクササイズ、歴戦の巨獣狩り経験が生み出した我流の八極拳だ!
「○ーキャンで資格取ってて良かったわ……」
だが、バジリスクホンハブはその程度の攻撃で倒れない。俊敏な動きで彼女の周囲を取り囲み、徐々にその円を小さくしていく。巨大な身体で、締め上げる気なのだ。
神崎ひかげは跳び箱の要領でデストラップから抜け出す! ひときわ太いマングローブの幹が軋み、へし折れる! 重力によって加速した倒木が、デストラップから脱出したばかりの彼女に直撃! 天高く翔んだイカロスは、地球の引力を自覚する!
巨蛇は大口を開け、彼女の体を飲み込まんと予備動作を始める! おお、神崎ひかげはこのまま南国の地で巨蛇の餌食になってしまうのか!?
「……お土産として残しておくつもりだったのに、飲むしかないのか。こうなったら、ハブ酒になってもらうからね!」
バジリスクホンハブが呑み込んだのは、神崎ひかげではない。折れた丸太が槍のようにその腹を貫き、大口を開けたまま痙攣したのだ!
「掟破りの
オリオンビールを飲み干して赤く染まった顔で笑いながら、神崎ひかげは肩についた土を払う。
彼女に何が起こったのか? 神崎ひかげは倒木が直撃する瞬間に地面に穴を掘り、即席の塹壕を作った。彼女の力の源泉であるアルコールで自らにバフを掛け、倒れた樹を地中から蹴り、口を開けた巨蛇に喰らわせたのである! 咄嗟の状況判断が可能にした、肉体(肝臓と尿酸値)に重篤な負荷を掛ける禁術の一種である。
「このデカさならめちゃくちゃハブ酒ができるんじゃないの……? 天才の発想だな……?」
彼女はワンカップの蓋を開けるように巨蛇の皮を剥がしながら、ハブ酒に囲まれる夢を抱いて笑う。
ハブ酒の製造には少なくとも一年かかることを、空港では未だに藤原を待たせていることを、飲酒によって判断力の低下した神崎ひかげが気付くことはなかった。
神崎ひかげVSバジリスクホンハブ 狐 @fox_0829
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