これでも食らえ、バレンタイン!

きばとり 紅

本編

「おらっ!食らえっ!」


パーンッ!



「……いや、不器用にもほどがあるだろ。渡し方がよぉ!」

「ごめーん。テンション上がっちゃって、なんか可笑しかったね」


 可笑しいで済ませる彼女を尻目に、俺はベタベタになった顔と髪を水道で洗い流す。

 こんがりと綺麗に焼かれたタルト生地に、たっぷりとつまったチョコレートのフィリング。それらが俺の鼻面を直撃したのだ。つんと痛むし、セットした前髪が台無しだ!

 ……なんとか恰好がついたところで、俺は顔から引っぺがしたパイを片手に言った。


「……で?」

「でって?」

「どうして俺に?」

「去年の県大会を応援に行った時かな。君のプレイ、かっこよかったから」


 中学校生活最後の大会に、彼女は確かに応援に来てくれていた。


「惜しかったよねぇ、あと少し、ってところで負けちゃってさぁ」

「……そうだな」

「……引退、するんだよね」

「ああ。高校に上がったら部活動はしてられないからな」


 俺は製パン一筋に生きる頑固おやじの言葉に従い、部活動は中学生までと決めていた。高校に上がったら学業の傍ら家の仕事を手伝っていき、ゆくゆくは店を継いでやろうと思っている。


「そっか。残念だな……あっ!」

「なんだ?」

「それ! 義理だから!」

「今言う事かよ! っていうか、無理筋だろう」


 このサイズのタルト生地が市販されてないことくらい俺には分かってるんだぞ。

 つまりこいつは、クッソ面倒くさいタルト生地を粉から作ってきたってことだ。


「……まぁ、有り難く貰っておくわ」

「おう、貰っておきなさい」

「ホワイトデーにはきちんとお返しするからな」

「本当!? 期待するからね!」


 嬉しそうに笑う彼女を見て、パイを一齧りする。胸をくすぐるものがあったけど、俺の心は素直にそれを受け取れなかった。


 ……故に俺はホワイトデーの日、彼女に向かって、礼をした。


「おらっ!食らえっ!」


パーンッ!

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