四ノ十二 アサシノの哄笑
「父上、このような魔性の女に騙されてはいけません。おろかな考えなど今すぐお捨てになり、この淫婦を成敗なさりませ!」
シオンは、心のかぎりに叫んだ。
妖艶な姿態に心を奪われ、扇動され、
父莞公カイエンは、シオンの言葉になにか揺り動かされたようだ。
彼は丸く開いた目でシオンをしばらくのあいだ凝視し、やがて、おもむろに立ち上がった。
「そうです父上、この者は漸の間者です。けっして惑わされてはいけません。捕らえるのです!」
シオンの叫声を耳にした近侍の者達が、慌てて廊下を走り寄ってくる。
莞公は、ゆっくりと手を伸ばし、シオンを指さした。
「たれぞある!シオンが乱心した!」
「な、なにを、父上!?」
「シオンをとらえよ!」
「は!?」しかし、侍臣たちも混乱している。
「この者は、梶の葉に言い寄り、欲心かなわぬとみると、こともあろうにお梶が間者などと根も葉もない
「父上、なんという……」
愚かな父だ、というひとことを噛みつぶすように、ぎりぎりと割れんばかりに奥歯を噛みしめた。
「ご無礼いたす」
言って侍臣たちは、シオンを両側からはさみこみ、腕に腕をからませた。
「ええい、はなせ!」
「なりませぬシオン様、ここは殿のご命令にお従いください!」
「お前たち、誰が正義か、誰が悪か、目を見開いてよくみろ」
「殿のご命令こそ、正義でござる」
「ちっ」
シオンは説得は無駄とみると、舌打ちひとつして、侍臣の手を振り払い、突き飛ばし、ぬれ縁から庭へと飛び降りた。
「シオン様!」
追ってくる者たちを振り返りもせず、シオンは一目散に逃げた。
足音が聞こえなくなるほど遠のき、居間を静寂が支配した。
その静寂を裂くように、
「おい、ササキ」
莞公はシオンを追わずに待機していた侍臣に言った。
「はっ」
「クマガイはまだおるか」
「ご家老はついいましがた、お帰りになられました」
「よし、すぐに追って伝えよ。はじめよ、とな」
「それだけでよろしゅうございますか?」
「うむ、それで通じる」
「はっ」
一礼して侍臣は小走りに廊下を去っていった。
「ようご決断なされました」
「…………」
「では、私も手筈どおりに」
「本当に」莞公は喉から絞り出すように言った。「漸は後ろ盾となってくれるのであろうな」
「ご安心なされませ。我が王は、けっして、約定はたがえませぬ」
言ってアサシノは部屋をでると、そのまま庭へとおりてくるりと振り向いた。
紅をさした唇が、怪しくゆがんでいる。
そして
「来たれ、ミズチ!」
群青の暗い空――西の山々の山稜にわずかに赤らむ陽光を残し、薄雲がたれこめる暗黒の空に青い稲妻が幾条も閃き、一点、青白い光が輝くと爆発的にふくらんで、莞の上屋敷を、まるで昼間に逆戻りさせたように明るく照らす。
そしてその光の中から巨大な蛇が姿を現した。
大蛇は青白い鉄の装甲に、のぼりはじめた満月の、雲間からさしこむ冷たい光をはじき、ぬめるような艶をまとわせ、上屋敷を覆った。
全長百メートルはゆうに超えていよう。長い胴体に六本の手足がはえていて、蛇に足がはえているという表現が正しいのか、トカゲを前後に引き伸ばしたと表現するのが正しいのか。
そして、そのかたわらには、ふたつの、七、八メートルはあろうかというほどの巨大な水晶玉が衛星のようにただよっていた。
その大蛇は、赤く妖しく光る目をもつその頭を、アサシノへとゆっくりと近づけた。
そして赤い目から光が放たれた。
放たれた光線につつまれ、アサシノはコックピットに乗り込んだ。
アサシノは哄笑した。
肌にぴったりとはりついたボディースーツの胸を揺らし、結った髪がほどけて振り乱し、赤い厚い唇を裂けんばかりに広げて、哄笑した。
彼女は大蛇型慧煌獣ミズチを操り、城の本丸へと、長い身体を宵の空にくねらせながら近づくと、三層の天守閣へぐるりと巻きついた。
その重みで天守閣がきしむ。
アサシノが本丸を占拠し、注意を集中させている隙に、莞公の軍団が王都に展開し、奉行所などの役所や付近の陣所や関所など、要地を制圧する計画であった。
長く高らかな笑声をおさめると、アサシノはにやりと口をゆがめた。
「さあ、反乱を始めましょう」
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