プロローグ

プロローグ 一

 マコモは、目をひらいた。

 ひらいたからといって、なにかが見えるわけではない。

 彼を包んでいるのは、暗黒だった。

 狭い檻に閉じ込められ、ほとんど身動きすらとれない身体の、首だけをちょっとひねり、声が聞こえたほうを凝視した。

 ぽっ、とひとつの明かりが物陰からあらわれた。

 小さな松明たいまつの明かり。

 そんな光でも、いまのマコモにはまぶしくて、小さな目を細めて光をみつめた。

「あら、狐ちゃん。狐ちゃんがいますよ、姫さま」

 若い女の声が、言った。

 目がなれて、炬火に照らしだされたその人影に、彼は瞠目した。

 銀色の髪をした少女。

 この世のものとは思えない、異様な美しさをまとって、彼女はマコモに優しくほほ笑んでいる。

「ちょっと、サクミさん、狐なんて放っておきなさいな」

 えらく尖った声音の、これも少女らしい声がどこかから聞こえる。

「でも、かわいそうでしょ」

「あなたね、私たちには、役目というものがあるのよ。狐なんて後まわしでいいでしょう」

「ええ?でもほっとけませんよ、かわいそうですよ、アスハ姫」

「ああ、もういいわ、好きになさい」

「あは、いいんですか?」

「ぐずぐずしない、さっさとするっ」

「はあい」

 と間延びをした返事をして、サクミと呼ばれた銀髪の少女は、ちょっとまっててね、とマコモに声をかけると、松明を相棒の少女にわたし、腰にある、白い鞘の刀を抜いて、檻の留め金を斬り落とした。

「さあ、出ておいで、狐ちゃん」

 サクミが檻を開けると、マコモは、恐る恐る顔を出し、身体を出した。

「まったく、物好きもたいがいになさい」

 いらいらと言うアスハに、

「はあい」

 とまたサクミは間延びした返事をして、いたずらっぽくマコモに向ってほほ笑む。

 短い髪の銀髪の少女と、長い髪を後ろで束ねた気の強そうな少女。

 彼女らは、マコモがいままでちょっと見たことがない衣装をまとっていて、白い着物に紺色の膝丈の袴、脚には長靴ブーツを履いていた。サクミの手には白鞘の刀はにぎられ、アスハは赤柄の薙刀をかいこんでいた。

「ヒヨリの陽動に間に合わなかったら、あなたのせいだからね、覚えておきなさい」

 言ってアスハという少女は、マコモのとまどいなどおかまいなしにに、足早に部屋を出ていった。

「ついてくる?ついてきてもいいよ。でも、おとなしくしてないと、あのおねえさん、コワイからね」

「ちょっと、サクミ、聞こえてるわよ」

 サクミはまたいたずらっぽく笑って、あわてて姫の後をおった。

 マコモたちがいるのは、野盗の隠れ家で、迷路のような複雑な構造をした洞窟だった。

 彼には、――彼の一族には変身能力があり、そのせいで、とらえられて人間たちの見世物にされることがあった。彼も、おそらく高値でどこかの見世物小屋にでも売られるのだろうと、覚悟をしていたのだった。

 サクミとアスハが、そんなマコモを助けるためだけにここに潜入しているわけではないのは、会話の内容からあきらかであった。

 前方で、探るように歩いていたアスハが、突然、松明をサクミに放り投げる。

「わ、危ないっ」

 サクミは慌ててそれを受けとった。

「静かになさい。目的地に着いたみたいよ。松明も消して」

「消すって、どうやって?」

「まったく、異世人いせいじんは火の消しかたもしらないの?もう、その辺に捨てちゃいなさい」

「はあい」

 とサクミは松明を、倒れないように慎重に、洞窟の壁に立てかけた。

 アスハは、身をかがめ、壁を折れて、進んでいった。サクミもそれにならって、そろそろと歩いていく。

 そこは五十メートル四方ほどの大きな地下空洞になっていて、三人が入った入口はその十五メートルほどの天井近くにあいた穴だったが、木の足場が組まれて、下の様子をながめることができた。

 その足場は、六畳程度の広さがあって、物置きにでも使っているのか、木箱や樽が、乱雑に積まれていた。

 木箱の隙間から、アスハが下のようすをうかがった。

「ちょっと予定とは違うところに出てしまったようね」

 天井には、ところどころ穴があいていて、陽の光が、まだらに差し込んでいた。

 空洞のいたるところで篝火がともされ、煙が天井の穴に立ちのぼっていく。

 中心には、数人の野盗と、その前に、異様な風体の女がたっている。

 彼女は、着物の衿を胸元まで大きくくつろげ、両肩もあらわに、腰まである長い黒髪をたらして、妖艶な姿をしていた。

 女は、豊満な胸のしたで腕を組み、野盗たちと話をしている。

 マコモたちのいるところまでは、わずかながら声が聞こえてくる程度であったが、そのはしばしをつないで推察すると、女は野盗になんらかのくわだてを持ちかけているらしかった。

 密談するような、低い声でかわされていた会話も、しだいに大きなものにかわっていき、二階の三人にも聞き取れるようになってきた。

 女が、腕をあげ、なまめかしく手のひらを動かすと、とつぜん空中に光が出現し、なかから三本の刀が現れた。

 それを、野盗たちがそれぞれ手にとった。

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