第3話 先輩と後輩×理性と本能

 穏やかな金曜日、とある高校では終礼が終わり3年生は続々と部活へ向かっていた。


 そんな中、この高校に通う村田は校舎の隅にある空き教室に向かっていた。

 空き教室に入ると、中には黒いコートを身につけた黒髪の女の子がいた。


「くくく。久しぶりだな、光の戦士よ」


「久しぶりだね。黒田ヤミ……いや、ヤミ・ダークネス!!」


 村田の言葉を聞くと、ヤミという女の子はコートを翻し名乗りをあげた。


「そうだ!我は闇夜のなかから現れる漆黒の戦士!ヤミ・ダークネスだ!!」


 ドヤ顔で決めポーズを決めてくるヤミ。


 黒田ヤミという女の子は村田と同じヒーロー研究部に所属する高校二年生だ。肩まで伸びた真っ黒な髪と日本人にしては珍しい赤みがかった目が特徴的な美少女である。

 しかし、人見知りであり友人は少なかった。そんな彼女はヒーローオタクであり厨二病であった。

 

「ねえ、これって毎回やらないとダメなの?」


「な!?当たり前だろう!ヒーローにとって名乗りは欠かせないもの!登場のたびに名乗ってこそ真のヒーローだ!!」


 ヤミの言葉に対して村田は少し険しい顔をした後に、黒田に問いかけた。


「……かっこいい名乗りってどんな名乗りだと思う?」


 いつにも増して真剣な表情の村田に対して、ヤミはただごとではないことを察知した。


「ふっ。どうやら今日の議題はヒーローの名乗りについてか……。では、先ずは光の戦士たる村田の意見を聞こうか」


 ヤミの問いに対して、村田は改めてかっこいい名乗りについて考えてみた。


「そうだね。とりあえず、自分の名前を名乗るということは必須だね。後は、キャッチコピーが必要だと思うな。それと、かっこいい決めポーズ!これがないとだめだと思う」


 村田の言葉を聞くと、ヤミは村田を鼻で笑った。


「な!僕の意見に可笑しいところがあった?」


「いや、可笑しいところなど何もない。むしろ、普通過ぎてつまらないと思っただけだ」


「な、なんだと……!?」


 村田はこれまでシャイニング村田として様々な名乗りを考えてきた。その過程で、ありとあらゆるヒーローの名乗りを研究した。その自分が思うかっこいい名乗りをヒーローでもない年下の少女に否定されたことは、彼にとって許容できることではなかった。


「だったら、黒田の思うかっこいい名乗りは何だ!!」


 村田の言葉に黒田は自信満々といった表情で答えた。


「爆発、そして光……後はよく分からない不思議な背景だ。……それと、黒田じゃない。ヤミ・ダークネスだ」


「ど、どういうことだ?」


 よく分からないといった表情を見せる村田に黒田は話を続ける。


「光の戦士村田よ。貴様が言ったことは我からすれば当たり前だ。名乗りにおいて最低限必要なものでしかない!」


「な、なん……だと……?」


「大事なことはそこにいかにインパクトを加えるかだ。そのインパクトのために必要なものが爆発であり、光であり、不思議な背景だ。一つ問う。貴様は魔法少女やヒーローもののアニメを見たことがあるか?」


「い、いや……小さい頃はよく見ていたけど最近は殆ど見ていない」


「馬鹿者オオオ!!!」


「ぐはああああ!?」


 ヤミの拳が村田に突き刺さる!!


「何故見ない!?アニメ内にいるヒーローこそが本物!現実で戦うヒーローの中にも悪くない奴らはいるが、殆どが真のヒーローと呼べるものではない!!だから、貴様は真にかっこいい名乗りを理解できないのだ!!」


 ヤミはとても怒っていた。それはもうとても怒っていた。ヒーロー好きという共通点を持つ自らの同志と信じていた光の戦士村田と自分の間には、次元という何よりも大きな壁があったのだ。


「むう……。仕方ない。光の戦士村田よ!貴様に真のヒーローを見せてやる!さあ、ついてこい!!」


 黒田はそう言うと、黒いコートを脱ぎ村田と自分の鞄を持って部屋を飛び出した。


「え?お、おい!待てよ黒田!」


「黒田じゃない!ヤミ・ダークネスだ!!」


 遠ざかっていくヤミの声を聞きながら村田は身体を起こし、帰り支度を始めた。


***


 村田が空き教室の鍵を閉め、鍵を職員室に返してから校門前に向かうと黒田が仁王立ちをして待っていた。


「遅い!!」


「いや、部屋の鍵を閉めたり色々あったんだよ。寧ろ、黒田が早いんだって」


「ヤミ・ダークネス!」


 睨みつけてくるヤミの言葉をスルーして村田は黒田に疑問を投げかけた。


「それで、真のヒーローを見せてくれるって言ってたけどどこに行くんだ?」


 村田の言葉にヤミは満面の笑みで答えた。


「当然、我が根城だ!!」


***


「な、なあ……。本当に黒田の家に行っていいのか?」


「しつこいぞ。主たる我がいいと言っているのだ。いいに決まっている。それと、ヤミ・ダークネスだ。ほら、あそこが我が根城だ」


 ヤミが一人暮らしであるということを聞いた村田は何度かヤミの家に行くことを遠慮しようとしていたが、ヒーローアニメを村田に見せたいヤミの勢いに押され、結局ヤミの家に入ることになった。


 ヤミが一人暮らししているアパートはボロボロで年頃の女子が一人暮らしするには若干セキュリティに不安があるように思われた。


「すぐにお茶を出すから少し待っていてくれ」


 ヤミに言われ、部屋の中で大人しく座って待つ村田。


 ヤミは後輩でヒーローオタクで厨二病だと言っても年頃の女の子である。

 年頃の女の子の家で女の子と二人きり。村田が緊張してしまうには十分すぎる理由だった。


 心を落ち着かせようと部屋を見渡す村田。部屋の中にはヤミが好きだと思われるヒーローアニメのキャラクターのポスターが何枚かあった。


「あいつ、本当にヒーロー好きなんだなぁ……」


 ポスターの中には村田が幼い頃に見ていたアニメのキャラクターのものもあり、それらを見ることで多少村田の緊張はほぐれていった。


 しかし、ポスターを順に眺めていく途中で村田の目にとんでもないものが入った!


 それは小さな純白の布だった。そして、それは普段男である村田が見ることなどできない女性が身に付けているものであった。

 何故こんなところにこんなものが!?と混乱する村田。


 その時、村田の頭に電流が走る!


(聞いたことがある。一人暮らしの女性は下着を部屋の中で干すということを!!……つ、つまり!この純白の布は黒田の下着!?)


 その考えに至った瞬間、村田は純白の穢れなき布から目を逸らそうとした。しかし、彼の意思に反して彼の目はその布に釘付け状態だった。


(どうして目を逸らせないんだ?これ以上見てはいけない!これ以上、あの純白の布を僕の汚い視線にさらすわけにはいかないんだ!!)


 かつてないほどの強い意志を発揮する村田。彼の心の中で理性と本能が戦いを始めた。


(どうして受け入れないんだ?俺が目を逸らせない理由は一つだ。俺の本能がそれを望んでいるんだよ。あの純白の布を見たい、あれから目を離したくない。それが俺の本能だ。さあ、本能に従え……!)


(ダメだ!!そんなことをすれば黒田はきっと悲しんでしまう!黒田は僕を信用して部屋に上げてくれたんだ。僕は黒田を裏切ることなんてできない!!)


(分かってねえな。これは事故なんだよ。いいか。黒田が俺を家に上げたんだ。つまり、この一件に俺の責任はない。俺は無理矢理部屋に上げられ、部屋の中にあるものを見ていたらたまたまあれが目に入っただけ。不可抗力ってやつさ……。誰も俺を責めない。悪いのは黒田なんだからな)


(そ、そうなのか……?僕は悪くないのか?)


(ああ。そうだ。だから俺があの布を頭に被ったり、あの布の質感を確かめたりしても問題ないんだ。何なら食べてもいいんだぜ?ほら、よく見れば餅に見えてこないか?さあ、あれは餅だ!食え!!)


(あれは餅……。食べてもいい……ってなわけあるか!!いくら何でもそんな言葉で騙されるか!僕の本能馬鹿すぎるだろ!!)


(うるせえ!俺は本能だ!つまり、俺が言ったことは心のどこかで俺が思ってることなんだよ!この変態が!!)


(はああああ!?お、思ってねえし!てか、変態って言ってるけどそれ特大ブーメランだから!!)


 村田が自らの変態性に気付いた時、彼の背後からヤミが近づいてきた。


「待たせたな光の戦士村田よ。さあ、お茶を飲みながら語り合おうではない……か……」


 ヤミの視界に映っていたのは、部屋の中に干された自分の下着とその下着の方に身体を向けて座っていた村田の姿だった。


「く、黒田!?」


 村田がヤミに気付いた瞬間、ヤミは動き出していた。村田の横を駆け抜け、部屋干しされていたものを瞬時に回収し抱きかかえる。


「……み、見ましたか?」


 動揺しているせいか素の口調に戻ってしまっているヤミ。それに対して村田は首を強く横に振った。


「み、見てないぞ!純白の綺麗な布なんて見てない!」


 村田の言葉を聞き、ヤミは顔を赤く染めた。


「ち、違いますから!普段は黒ですから!!白なんて私のイメージと違う色の下着何て着けませんから!!」


「え、そうなんだ。俺は白もいいと思うけど……」


 村田の発言にヤミは更に顔を赤くした。そのヤミの様子を見て、村田も自身の発言が恥ずかしくなった。


 このままではいけないと判断した村田が急いで話題を変える。


「そ、そうだ!アニメ見ようぜ!」


「そ、そうですね!そうしましょう!!」


 ヤミは抱きかかえていた洗濯物を目に見えない場所に移してから、ヒーローアニメのDVDを持ってきてテレビで流し始めた。

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