前世はブラック企業に勤めていた私、異世界転生した先で口をすべらせたばっかりにバレンタイン文化ができちゃった? もう義理チョコ文化に苦しむのは嫌なんですけど!
木村直輝
オープニング
時は新世紀。
世は大異世界転生者時代を迎えていた――。
世界各地で現れた、それまでの常識を覆すような知識や技術の数々で革命を起こす者たち。その実態は、前世の記憶を持って異世界から転生して来た転生者だった。
彼らは互いの為した偉業を見て、自分以外にも異世界からの転生者がいることを悟り、次第に事実を打ち明け同盟を結ぶ者たちも現れた。
そして、徐々に異世界転生者の存在は世に知れ渡り、今や異世界転生者が貴族になりかわるように権力者の層へとのし上がりつつあった。
――クレーター大陸、グリドル地方。
「ゼハハハハ! 転生者が率いていると聞いていたがァ? スノーランド軍とはこんなものかァ! このグリドルのハンバーグ様にかかれば、スノーランド軍など雪の鉄板焼きに同じよ! ゼハハハハハハハ!」
「くそっ……。こんなに暑くなければ、俺たちだってもっと戦えるのに……」
「ここはなんて暑いんだ……。汗で体が茶漬けみたいだ……」
「なぁ、みんな……」
「どうした、ムシタロウ……?」
「今まで隠してたけど、実は俺も……、転生者なんだ」
「……ムシタロウ? まっ、待つんだムシタロウ!」
「おい!
「んぁ?」
「そんなに転生者と戦いたいなら、俺が相手してやるよ。東京のコンクリートジャングルで育った、ヒートアイランドの申し子。このムシタロウがなぁ!」
「……、ゼハハハハハハ! 暑さで頭がおかしくなったかァ? この三十七度を軽く超える猛暑の中で、貴様ら氷漬けの軟弱な
「打ち水って、知ってるか――?」
「ぁあ?」
――打ち水(スキルランク:SSS)!
ジュオアァァ!
「やばたにえん!」
多くの異世界転生者たちが己の知識の浅さに後悔し――。
ブォンブオォンブォンブォン!
「なっ、なんだこの音は?!」
キキィ!
「この音か? これは俺のベイベーが歌う音さ。……にしても蒸し暑いなぁ。さてはムシタロウのヤツ、打ち水したなぁ? この暑さで打ち水なんかしたら蒸すに決まってんだろあのバカ……」
「あっ、あれは! ジロウ様のオートバイ!」
「ジロウ様が来たぞ! これで、助かった……」
ヒヒィーン!
「やれやれ。俺のベイベーってなんだい、ジロウ。そういうとこだぜ? 異世界転生してチート能力で俺TUEEEしてんのに一人も彼女できないの」
「あっ、あの真っ白な純白の白馬は……、雪の女神をもオトした氷雪ブリザード・マサル!」
「うるせぇ、マサル! お前が貴族の女全員抱いてドンパチ始まったせいでスノーランドで革命起こす羽目になったんだろうが!」
「おっと、その話はよそう。早く彼らを助けないと。戦場で男たちが死ぬと、祖国の女の子たちが悲しむ。雪国の乙女の涙は凍てついて、僕のハートに刺さるからね……。さぁ、愛しい雪の女神よ! 十九度、風量大、風向きオートで僕らを涼しくしておくれ!」
ヒュオオオオオオォ……、パキパキ……。
「なっ、馬鹿な! グリドルの大地が凍りついたことなど、かつて一度も……」
「その馬鹿な、を起こすのが僕たち転生者さ。さぁ、ジロウ。やっちゃって」
ブオン! ブオン!
「言われなくとも!」
「道が凍結してるから気をつけてね」
ブオォォォォォォン!
「はっ、心配どーも。でもあいにく、スリップは前世に置いてきた」
パラリラパラリラ!
「なっ! くるな! くそっ! 体が凍って、動きが!」
「喰らえっ! 俺の――」
――|こんな夜に発車できないなんて嘘だぜベイベー《オートバイ・ファイナル・サバイブ》!
「ぐはぁー!」
――数多の異世界転生者たちがその知識とスキルで革命を起こしていた。
激動のこの時代。
華々しい戦果の数々が、痛々しい戦禍の数々が、人々の目を引き、心を引き、語りつがれることとなる。
しかし、そんな劇的な出来事の舞台裏でも、日常は待つことを知らずに進んでゆく。些細ないざこざも、ささやかな幸せも、たった一人や数人にとっての大事件も、そこには確かに存在している。
これから語られるのは、そんな小さな出来事。
異世界のとある町での、バレンタインデーを巡る小さな事件。
それは、世界の歴史の中では本当に小さく、語られもしない、それでいて、微塵も小さくはない物語――。
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