先輩、バレンタインなのにチョコもらえてないんスか?
金魚屋萌萌(紫音 萌)
センパイ、チョコと私どっちを食べたいッス?
「せんせんぱいぱいセンパイぱい!」ドアを開けて、一つ下の後輩、琴音が話しかけてきた。
「どしたの、今日は妙にテンション高くない?」少し引きながら僕は答える。
「そりゃあの日ッスから!」
「なんの日だっけ?」
「知らないんスか? 華のバレンタインデーッスよ!!」
「あ、そういやそうだった」
「まー知らないのも無理ないッスよね! センパイモテないからチョコもらったことなんていでででででで!!!」僕は無言で琴音の頬を引っ張る。
「うひょです!! せんふぁいはもてまふ! ゆふして! あいひてます!」頬を引っ張られながら涙目で謝ってくる。……どさくさにまぎれて告白してきてるような。
まあ、チョコもらってないのは事実……いや二つもらっていた。同級生の藍と……それとその妹のりんちゃんから。りんちゃんが僕に渡したかったようで、藍のはついでだった。二つとも手作りだったが、「義理だから」と念を押された。悲しい。
「ふにゅ! ふにぇ!」二回ほど横に引っ張って琴音の反応を楽しんでから放してあげる。
「ひー、もう冗談通じないんすから……」ほっぺをさすりさすり彼女はつぶやく。
「だから呼ばれたのね、家」放課後、何故か僕は琴音の家に連れてかれた。無理やり引っ張られる感じで。
「そっすね! 決して家に忘れたとかじゃないっすよ」
「……わすれたのね」
「まーこまかいことは気にすんなっス! それに渡すときにやりたいことあったんス!」琴音は後ろを向き、胸のところに何かを詰めている。……チョコの箱?
ことねは制服の白シャツを着ていた。ちょうど胸の部分のボタンを外し、その間にチョコの箱を挟んでいる……というより差し込んでいる。挟めるほど彼女の胸は大きくない。
本人はがんばって挟もうと肩をすくめ、腕を前に寄せている。その努力もあって、谷間? にチョコはぎりぎり引っかかっていた。
琴音自身はそのポーズが恥ずかしいのか、もじもじと体を揺らしている。上目遣いで顔を赤らめて僕を見つめてくる。どきり、と僕はときめきかける。
「センパイ! チョコとわ、私どっちを食べた」
「チョコ」最後まで聞かずに僕は即答する。
「にゃんでえ!?」涙目になる。今日はよく涙目になるなぁ、と他人事のように思う。
「ことねががんばって作ってくれたチョコ食べたいじゃん?」
「え、めっちゃうれし……にぇへへ……」可愛くにやつく。
「それに人は食べれないし。多分まずい」
「いやそういう猟奇的な意味の食べるじゃなくってッスね……ほら、こうえ、えっちな意味でたべる意味っス」
「え? ことねってチョコできてるの? こわ……」わざとらしくボケておく。
「もーいいッス!! センパイのバカ!! はいどうぞッス!!」ぐいっと、チョコを押し付けてくる。
「ありがとう」お礼を言って受け取る。
箱を開けると、猫型のチョコが可愛らしくちょこんと座っていた。白と黒、それぞれ一つずつある。
「かわいい。家宝にしておくね」
「いや食べてくださいね? あ、コーヒーとか紅茶のお供に食べるとおすすめっす!」
……琴音のシャツのボタンが開けっ放しなのに気づく。中の下着が覗き見えてしまっている。猫の模様のブラジャーだ。僕は手を伸ばし、シャツのボタンを留める。
「あにゃあ!?! や、やっぱり私を食べてくれるんすね! 好きッス!」
「ちがうちがう。目に悪いからね」
「きーっ!! もーなんなんすか!! 思わせぶりな素振りしないでッス!! 焦らされるのも嫌いじゃないっすけども……にぇへへ」今日は怒ったりにやけたりと忙しいなぁ。
――いつかはことねのことを食べたい……今はまだ、その時じゃない。
――もらった猫チョコはとても甘かった。恋の味……ではなく砂糖の味がした。ジャリジャリと。
先輩、バレンタインなのにチョコもらえてないんスか? 金魚屋萌萌(紫音 萌) @tixyoroyamoe
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