第188話 アスラの変化


〜〜アスラ視点〜〜


俺達は亜空間から出て、元の世界へと帰った。



ーーアスラ城ーー


「おお! お帰りなさいませアスラ様!!」


元公爵だった中年の男、ハンハーグが俺を出迎える。

ハンハーグは嬉々としてアスラ城を管理していた。


コイツは奴隷を使い大陸を制覇することに夢中だ。

そういう気質なのだろう。俺の勝敗よりも、自分の功績を自慢するのが先決なんだ。


「大陸のほぼ9割は制圧!! 残るは北部の土地だけでございます。大きな国といえばママジャン王国くらいのもの。明日には侵攻を開始いたします」


コイツの報告に問題はない。

いつもの俺なら笑顔で褒めてやっただろう。


「……楽しそうだな」


「は!? え!?」


ハンハーグは汗を流した。


「わ、わたくし。何かお気に触ることをやったでしょうか?」


「別に……」


「…………。お、お聞きください!! アスラ様のご留守の間、奴隷は20万人も増え、敵対する10万の兵士を殺害いたしました!!」


普段なら嬉しい報告だな。

しかし、どうにも気が乗らん。


俺は目を細めるだけ。

その雰囲気にハンハーグは更に汗を流した。


「ア、アスラ様!? どうされました? いつもと感じが違いますが?」


「そんなことはない」


「……な、なら。10万ですよ! アスラ様に反抗する輩を10万人も殺害したのでございます!!」


「…………」


「あ、あれ? いつものアスラ様なら喜ばれる報告ではないのですか? じゅ、10万人も殺したのですよ?」


「もう黙れ」


「え!? は!? し、失礼いたしました!!」


ハンハーグは深々と頭を下げた。床には大量の汗が落ちる。

無理もない。俺の機嫌を損ねれば死が待っているのだ。



「少し疲れた。休む」


「お、お疲れでしたか!! 失礼いたしましたぁああ!!」



どうしてしまったんだ俺は……?



◇◇◇◇



ーーアスラの寝室ーー



俺がベッドで横になっていると、賢者ヤンディが心配そうな顔で訪ねて来た。



「アスラ様……大丈夫ですか?」



普段なら追い払ったかもしれない。



「来い」



気がつけばベッドに誘っていた。




俺の腕枕で横たわるヤンディ。

俺はその髪の匂いを嗅いでいた。

薔薇の油が入った石鹸を使っているのだろう。

嗅いでるだけで気分が落ち着く。


「どうされたのですか? いつもと感じが違います」


「生き返って……変わったのかもしれんな」


「そうなのですか?」


「だったらどうする?」


ヤンディは顔を寄せ付けた。






「私はどんなアスラ様でも愛しています」





…………クソ! なんだこの気持ちは!?

いつもの俺ならうざったい言葉なのに。

“愛” などと……。どうでもいい。


俺はヤンディの頭を撫でた。



「今のアスラ様は……。もっと好きかもしれません」



調子が狂うセリフだ。

“好き” なんてよ。



「チィッ……!」


「……お、怒られましたか?」



どうしてしまったんだ俺は?

何かがおかしい。それもこれも、全てあいつのせいだ。


タケル・ゼウサード。アイツが俺を変えやがった!




◇◇◇◇



ーー翌日ーー



王の間。



ハンハーグは俺の顔色を伺いながら手を擦る。



「で、では、本日は予定通り、ママジャンの侵攻を……」


「引け……」


「は!?」


「撤退だ」


「え!? い、今なんと!?」


「聞こえなかったのか。アスラ兵の侵攻を辞めろと言ったんだ」


「はぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」



俺は鼻で嘆息をついた。

ハンハーグは俺に言い寄る。


「ア、アスラ様ぁああ。ここまでやってきてなぜです!? 大陸制圧まであと少し! こんなに早い侵攻は歴史的快挙なのですよ!!」


「変わった」


「はい!?」


「考えが変わったんだ」


「そんなぁあああああああああああああああああああああああ!」


俺は美食ギルドのグウネルを見つめた。


「アスラ兵は家族を人質にされているのか?」


「はい。そのようにして兵士の仕事をさせております」


「待遇はどうなんだ?」


「食事を気遣って分け与えておりますゆえ、双方共に健康で元気に過ごしてもらうようにしております」


ハンハーグは怪訝な顔を見せる。


「フン! 奴隷の待遇を良くするなんて意味がわかりません! ヒエやアワを食わせれば良いのです!!」


俺は玉座に肩肘をついた。


「会わせてやれ」


ハンハーグは目を見張る。


「は?」


「兵士と家族を会わせてやれと言っているんだ」


「はぃいいいいいいいいいいい!? ア、アスラ様どうされたのですかぁぁあああ!?」


「飽きた」


「あ、飽きたとはぁ!?」


「大陸制圧に飽きたんだ。もう興味がない」


「そ、そんなぁああああああああああ!! で、では維持に勤めましょう!! これだけ拡大したアスラ軍は凄まじい国でございます。奴隷をこき使って国の繁栄に努めましょう!!」


俺は嘆息。



「奴隷を解放しろ」



ハンハーグの叫びが城内に響く。



「アスラ様、お気を確かに!! 人間を奴隷にして殺戮の世界にするのが、あなた様の夢ではなかったのですか!?」


「変わったのだ。もう興味がなくなった」


「そんな、急すぎます!!」


「俺の意見に不服か?」


「…………い、いえ。そのようなことは、ございません……ですが…………」



解放された奴隷に帰る国が必要だな。

やはり、国を造って迎えてやるのが一番か。



「グウネル。丸く治めるにはどうすればいい?」


「そうですね……。兵士達に自活させ、田畑を耕すのが一番かと」


「そうなると、管理するのにいなくなった貴族が必要になってくるな」


「王の采配次第でございます」



それは面倒だな。

俺はそんなことに興味がないんだ。



「よし、グウネル。今日からお前が王になれ」


「は……? わ、私がですか?」


「待ってくださいアスラ様ぁああ! この男は卑しい美食ギルドの人間でございますぅうう!! 由緒正しい貴族の血を引くのはわたくしでございます!!」


「うん。グウネルが適任だな。お前は今日から王だ」


「は……はい。しょ、承知いたしました」


「アスラ様ぁあああああああああああああああああああああああああああッ!! こんな奴が王なんて私は認めなぃいい!! 絶対に認めんぞぉおおおお!!」



俺は冷ややかな視線でハンハーグを見つめた。




「俺の意見に不服か? ……ハンハーグ」




ハンハーグは、ゴクリと唾を飲み込んだ。



「い、いえ……不服なんて……微塵もありません」


「よし、ではこれからグウネルを王とする。誰も殺さず、奴隷はいない。そんな国を造れ」


「は! 承知しました!」


「この玉座はお前が座れ」


俺が立ち上がると、グウネルは困った。


「え!? あ、あの……。アスラ様はこれからどうされるのですか?」


俺もよくわからんな。

でも、なんだか胸がスッとして気分がいい。




「グウネル。後は任せた」




俺は神樹反動を使ってアスラ城を飛び出した。

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