第108話 タケルの過去

〜〜タケル視点に戻ります〜〜




ーータケル邸ーー


「何!? アーキバが制圧されただと!?」


俺はバルバ伍長の連絡に、優雅に楽しんでいたお茶を置いた。


「うむ、スタット兵団の情報でな。ロメルトリア大陸内で戦争をしているようなのだ」


内戦が起こったのか……。

魔王は俺が倒したのに、人間とは愚かな存在だな。


しかし、下賤な。

旅の最中は平和な大陸だった。

戦争になるなら、もっとピリついた空気があってもいいはずだ。


賢者シシルルアは眉を寄せた。


「タケル……。心配そうね」


「ああ……」


ロメルトリア大陸、アーキバの街にはオータクがいる。

せっかく王国の専属美少女人形職人になれたというのに……。

無事だといいが。


「アスラ軍と言ってな。猛威を奮っている。新しい国のようだ」


俺は汗を流す。

忘れたい過去の記憶が蘇ったのだ。




「アスラ……軍、だとぉ?」




妻達は俺の異変に気がついた。


俺が冷や汗を垂らすなんて、珍しいことなのだ。


リリーは声を上げた。


「タケルさん。何か知っているのですか!?」


「…………」


アスラ軍とは、あのアスラなのだろうか?


魔拳士アンロンは人差し指を立てた。


「アスラといえば、5年前にクマソの大陸で猛威を奮った魔神の名前に似てるあるね!」


クマソの大陸はスタット王国から西方

2万キロも離れた遠い国である。


みんなは、そんな遠い国の情報は知らず、眉を上げるだけ。

チューン大陸出身のアンロンだけが、僅かに知っているようだった。


俺はテーブル席に座って、速まる鼓動を落ち着かすようにため息を吐いた。


「みんなには話していなかったな。俺の過去の話を」


シシルルアは眉を寄せる。


「タケルが過去の話をしないのは、理由があると思うの。……無理しなくてもいいのよ」


「いや、聞いてくれ。妻のお前達には知ってもらいたいんだ。それに、アスラについては、どうしても俺の過去を話さなければならない」


みんなは集まり固唾を飲む。


「アイヤ! スタット国王のサレンサがいないね! 大切な話なら呼んでくるある! 彼女も師匠の奥さんある!」


「うむ。サレンサがいないが話そうと思う。彼女は粗方知っていることなんだ」


「「「「 え!? 」」」」


「これは俺が15歳の時の話だ。この国の城兵になったことにも触れる。少し長くなるから椅子に座って聞いてくれ」







──5年前。



俺は15歳。スタット国内の小さな農村で家族と暮らしていた。


母親は優しく美しい女性。父親は穏やかな人だった。田畑を耕しながら3人仲良く暮らしていた。


1日が終われば、母さんが労いのお茶を入れてくれる。母さんが作る薬草や香草のお茶はいつも楽しみだ。特にタンポポ茶とヨモギのケーキは絶品で、父さんも俺も大好きだった。


3人とも、おしゃべりではないので、家の中は静かだった。食卓でお茶を飲んでいても、一言も会話をしない時だってある。でも、互いの感情は空気で感じとっていて、普段は目が合えばにこやかに微笑む。


俺はまだ子供だったので、小さなことでよく不満を漏らした。父親がトイレの紙が切れていたのに補充せずにいたことや、重いじゃがいもの袋を俺だけ一つ多く持たせたこと。そんな些細なことに腹を立てた。

だから、3人の中ではよく喋る方だったかもしれない。

両親はそんな俺の話題を楽しみにしていた。いつも笑って聞いてくれる。

家族の会話は俺が中心。

無口な俺がムードメーカーになっていたなんて、思い返すと、本当に静かな家族だったのだと思う。



ある日、父さんの農夫仲間が山賊に拐われた。

スタット王国から隣国に野菜を売りに行った、その道中に山賊に捕まったのだ。


山賊が潜むのはフェイトの樹海。そこは硬い木の根が大地を覆い、農作物が育たない。領主のいない無法の地となっていた。


山賊は人を殺し、女を犯し、金品を強奪する。男を誘拐するのは、家屋の増築や水飲み場を作ったりと力仕事に従事させる為だ。用が済めば殺される。


父さんの顔つきが変わった。

山賊に拐われた仲間の農夫は殺されるかもしれないのだ。

父のそんな表情を見るのは初めてかもしれない。

でも、その凛々しい顔つきに、誇らしくもあった。


父の名前はケイコウ・ゼウサード。


人と喧嘩をするような人ではなかった。

そんな人が、鍬を持って立ち上がったのだ。その瞳は熱い。まるで正義の炎が燃えているようだった。


「助けに行く!」


母さんは心配した。


「あなた。危険です!!」


俺の母、ラツメ・ゼウサードは大人しい人だった。普段は声を荒げたりしない。それなのに今日は大きな声を出した。


明らかに、いつもと違う日常がそこにあった。

俺もすかさず止めに入る。

母さん同様、嫌な予感がしたからだ。


「父さん! 山賊は100人以上いるって聞いたよ。1人じゃ危険すぎる!」


「タケル……。父さんは仲間を助けたいんだ」


「……じゃあ。俺も行くよ」


両親は俺の力、闘神化アレスマキナのことを知っていた。山賊との戦いで、俺の力が使えることを十分に理解していた。でも、肩をポンと叩き、微笑む。


「お前はのんびり暮らせ」


強い力を持つ者は勇者パーティーに入って魔王と戦わなければならない。子供にはそんなことをさせたくなかったのだろう。だから普段から、力は隠すように言われていた。


それに、俺達親子は戦いが好きではなかった。3人でのんびりと、小さな仕事をこなしながら、母さんの作った、ヨモギのケーキとタンポポのお茶を飲んでいたかったのだ。


15歳の俺は、父さんをただ止めたかった。


「父さん、もしもの事があったら大変だ! 俺の力があれば山賊なんか──」


父さんはまた笑った。

自分のわがままを許して欲しいとでも言うように。




「タケル。母さんを頼む」




3日後。

父さんは遺体になって帰ってきた。

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