第83話 鯨油の蝋【げいゆのろう】

捕獲した鯨を魚置き場で解体することになった。


「油以外くれる!? 正気か? マグマホエールは捨てる所がない。金の塊と言っていいんだ。肉、骨、髭、全て売ったら3億以上はこちらの得になっちまうぞ?」


俺は笑った。


「条件はある。俺達の目的は鯨油げいゆだ。それをろうに加工して欲しいんだが、その加工費用や良い職人を見繕って欲しいんだ」


「そんなことお易い御用さ。しかし、本当にいいのかい?」


「ああ、挨拶代わりだよ。今後ともタケルカンパニーを贔屓にして欲しい」


「ハハハ! こりゃとんでもねぇ若社長が現れたな! 張り切ってやらせてもらうよ!」


「頼むよ」


こうして、漁師ルアンの人脈を使って鯨油を獲って蝋に加工した。


◇◇◇◇


ーータケルカンパニー倉庫ーー


ルアンの紹介してくれた職人達は腕が良かった。

中でもとびきり威勢がいいのが1人。


「てやんでぇバーロー! 俺はなぁ、キャンドル職人を10年もやってんだぁ、全部俺に任せとけば良いんだよ!」


『俺』と言っているが、それは短髪の女の子。上着を半分下ろしてサラシで巻いた胸を露わにしていた。

やや筋肉質ではあるが、スリムな身体と大きな胸。強気な吊り目は大きくて、よく見れば美少女であった。


名をライカという。


ライカは手際がよく、こちらが2割り程度言っただけで状況を理解してパッパッと仕事をやってしまうのだった。


鯨油蝋を溶かしそれを滑車で吊り上げて上からドバッと掛ける。キャビアの小瓶は鯨の蝋で包まれた。

溶かせる量と吊り上げられる量が決まっているのでやや手間がかかる。

蝋は俺のスキル灼熱血行で溶かしても良いが温度が微妙で難しい。強すぎると質が悪くなり弱すぎると加工できない。


ここはライカに任せるのが一番効率が良さそうである。

1日あればできるとのこと。


ライカはちゃっちゃっと仕事をやっては俺に話しかけてきた。その内容は俺を嫌悪するもので、嫌なら無視すれば良いのに、やたらと話しかけてくる。今もまた、俺の方をチラチラと見ては、話したそうにウズウズとする。

少しでも目が合うと嬉々として俺を蔑んだ。


「俺はなぁ、あんたみたいな成金社長が大嫌いなんだ!」


「……成金……ではないがな」


「うっせぇ! 可愛い女の子をはべらせやがってよ! 全部金でものいわしてんだろが!」


「うーーむ」


俺が困っていると、シシルルアはクスクスと笑っていた。


やれやれ、ライカは十代だと思うが、職人として苦労してきている。それなりに人を見る目があるのだろう。しかし、俺が成金に見えるとはなんとも……。今でこそ社長をしているが、本来はただのしがない城兵だからな。


「こんな仕事、ルアンのじっちゃんから頼まれなかったら断ってたぜ!」


横柄な態度にリリーは腹を立てていた。


「な、なんですかあの態度! タケルさんに失礼すぎですよ! シシルルアさん! 私、我慢できません!!」


シシルルアはリリーをいさめた。


「まぁまぁ、多目にみてあげなよ。きっとあの子は気がつくはずだから」


彼女の言葉に気がついたライカは黙っていられなかった。


「おい、そこの綺麗な姉ちゃん! あんた、俺が何に気がつくってんだよ!」


「そうですね……。男の人の素晴らしさでしょうか」


「ケッ! ざけんなよテメェ! こちとら16年生きてきて男の良さなんか1度だって感じたこたぁないんだ! 男はエロい生き物で金にものをいわして女を作るんだ! 俺ぁたくさんの貴族や金持ちを見て来て、嫌というほどうんざりしてるのさ! あんたは金に目が眩んでるだけだ! いい加減、目を覚ましやがれ!」


「プフゥッーー!」


「な、なんだテメェ、笑いやがったな!」


今まで流暢に話しながら作業をしていたライカだったが、シシルルアの笑いには我慢ならず、手を止めて突っかかった。


「あんた、綺麗な顔してんだから、こんな成金男に騙されてんじゃねぇよ! 性格も悪くなっちまうぞ!」


「ライカさん。あなた、きっと後悔しますよ」


「は!? 後悔なんかするかい! キャンドル職人は天職なんだ!」


「違いますよ。男の人を侮辱したことをです」


「ハハハ! 後悔なんかするかい! 俺は男なんて信用ならねぇどうしようもねぇ生き物だと思ってるからなぁ! エロイ事ばっかり考えてて自分の自慢ばっかり話すじゃねぇか! くっだらねぇ! 男はろくでもねぇ生き物だよ!」


そう言ってライカは俺の方をチラチラと見た。

リリーは何かに気がついたようで、怒りは収まり、シシルルアと笑うようになった。


やれやれ、女の会話は理解不能だな。


「おいライカ。手が止まっているぞ。明日までにはやってもらわなきゃ困るんだ」


「うっせぇな! 成金男は黙ってろ! 俺の腕が信用できねぇってのか!」


俺は呆れながらも笑った。



「ま、信用はしてるがな」



不思議なことに、何に反応したのか全く理解できないのだが、ライカは真っ赤な顔になった。


シシルルアが冷やかす。


「あらぁ、ライカさん、顔が赤いですよ?」


「うっせぇッな! ばっかやろう!」


リリーはケタケタと笑った。


やれやれ。

女の子の会話を理解不能だな。


俺はライカに図面を見せる。

そこにはキャビアを包む完成形を描かれていた。限りなく正方形に近い形である。


「ライカ、ちょっと来て、これを見てくれ。これが完成形なんだ」


「な、なんだよ。ったく」


俺がライカと肩をくっつけて図面を見ると、彼女は全身を真っ赤にして声を荒げた。


「て、てめぇ! ふざけんなよ!」


そう言ってはだけていた服を直す。


「なんの話だ? 俺は図面しか見ていないぞ?」


ライカは俺を無視してプイと振り向いた。


一体どうしたんだ??


独り言が聞こえる。


「ったく! ちょっと顔が良いからって良い気になってんじゃねーーっての!!」


俺はライカの背中に声をかけた。


「一辺の長さが10メートルの──」


「正方形だろ! わかってるよ! 俺に声掛けんな! 馬鹿ッ!」


……なぜか罵倒された。


俺はシシルルア達にボヤく。


「どうやら嫌われてしまったらしい……」


女子達一同、クスクスと笑うのだった。


うーーむ。

女はわからん。

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