犬人間
梦
第1話
公園のベンチで昼食をとっていると前方から声が聞こえた。
「おーい、あんた暇そうだからオレのおしゃべりに付き合ってくれない?」
普段は手作りの弁当だが今朝は時間がなくコンビニのサンドイッチで済ませてしまっていたので物足りなさを感じていたところだった。
サンドイッチ2つでは休み時間にはまだ余裕があった
喋りかけてきたのはぼさぼさの黒髪を肩まで伸ばしたくすんだ色のTシャツによれよれのジーパンを履いた男だった。若く見えるが年齢不詳といった印象だ。小脇に銀色のアルミ製の袋を抱えている。
いかにも不審だったので私は何も答えなかったが男は続けて言った。
「オレはさ、こう見えて犬人間なんだ。得体のしれない奴らに体をいじられてからドッグフードしか食えなくなっちまったんだよ」
私には鋭い牙も尖った耳もない背の高い男が犬人間には見えなかった。
「仮面ライダーのさ最初のやつ、あれに似てるよな。オレは変身できないけど」
男は私の隣の空いているベンチに腰掛けた。思った以上に足が長い。
「本当に犬人間なんですか」
「まさしく仮面ライダーDogだよ」
男は持っていた袋からドッグフードを取り出すと口に含んでガリガリと頬張った。
「上手くないけど不味くはないぜ」
無理して食べているようには見えない。
犬用の食べ物を平気で食べたからと言って彼が犬人間であるという証明にはならないが私は彼の言うことを聞き入れていた。
不思議な男だった。妙に馴れ馴れしい割には嫌な感じをさせない、本当に犬のような人間だ。
犬人間はもともと饒舌だったがそれからは堰を切ったように話し始めた。
「人間て一番か一番大きい数字が好きだよな。オレの親父なんて学校で一番でかい数字だって教えられる無量大数より上の数字があるって言って教えてきやがったことがあったよ」
「中でも一番は大好きだよな。でも仮に二番が一番上の数字だったら2番に飛びつくんだよ呆れるよな」
「オレは3と8が好きなんだよ。嘘の三八って言ってな嘘つきは3と8が好きなんだぜ」
「お前は好きな数字あるか」
好きな数字はなかった。好きな色とか好きなものとかそういうのは子供のころまででお終いで大人になってもそういうものに頓着するのは気恥ずかしいことだと思っていた。
だが私は子供の頃に好きだった2と5を答えていた。
「2と5って電卓で5、2、5、2って打つと面白い形になるんですよ6と9もそうだけど私は2と5のほうが並木道みたいな形になるから好きですね」
「へえそりゃあ初耳だなそういう理由で数字が好きなやつってはじめて聞いた」
そう言うと犬人間は急にうつらうつらし始めた。そろそろ時間かと小さな声で聞こえたような気がした。
「変身できないって言ったけどあれは嘘だオレは一回だけだけど変身できるのさ。まあ見ててくれよ」
犬人間はそう言うとふっと眠るように意識を失った。
少し経っても目覚める気配は無かった。
私はそっと彼の口元に手をかざしたが息をしていていなかった。
続けて心臓に手を当てると鼓動は止まっていた。
大型犬の寿命は10年くらいだと聞いたことがあったのを私は思い出していた。
犬人間 梦 @murasaki_umagoyashi
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