第2話:1-1;コオとナオかな


「やーい、魔王の手先だー」

「誰かー助けてー」

「わー、こっち来んなー」


 ここはハジメ村。

 木造の建物が点在する辺鄙な場所だ。田畑や小さな店がある中、一つだけ立派な建物があった。学校だ。

 そこのある部屋から声が聞こえる。


「ちょっとー男子、いじめたらダメじゃない」

「いじめてないもん。こいつは悪魔だもん」

「「そうだそうだ」」


 三人組のいかにもいじめっ子みたいな顔の男の子3人が女の子をいじめていた。どちらも6歳だ


「ナオちゃんは悪魔じゃないよ」

「うるさい。魔法を使えるなんて、悪魔に決まっているだろ」

「そんなことないでしょ。魔法使いでしょ」


 この世界では、魔法とか魔王というものが存在する。


「でも、魔法使えるの、俺らの学年ではコイツだけじゃん」

「それは、私たちが勉強できないからよ」

「いーや、こいつが悪魔だからさ」


 そう言いながら三人の悪ガキが泣き崩れている女の子を指差している。

 その女の子は腰まである三つ編みの長い髪の毛と、いかにも魔法使いみたいな黒いローブが特徴的だった。手で隠れている泣き顔が少し見えたとき、パッチリお目目の可愛い顔が姿を現す。


「とにかく、こいつは魔王の手先の悪魔だ。文句があるやつはかかってこい」


 誰ひとりとして向かっていかなかった。それもそうである、この3人はこのクラスの番長的ポジションにいる奴らで、誰も太刀打ちできないのだ。


「おらおら、誰もいないのか?」

「俺たちが怖くて、かかってこれないのか?」

「じゃあ、こいつがどうなってもいいんだな」


 そういうと、3人のうちのひとりが泣いている女の子の髪の毛を引っ張った。

 いじめだ。


「いたたた!」

「ちょっと、やめなさいよ!」

「誰がやめるものか。文句があるならかかってこいよ」


 それでも、だれもかかっていかない。

 怖いのだ。


「おらおら、誰も来ないのか?」

「こいつがどうなってもいいのか、ああ?」

「誰も来ないのなら、こいつをボコボコにしてやろうぜ」


 そう言うと、三人の悪ガキは暴力を働こうとした。

 威圧するのだ。


「いやー!」

「いやがっても無駄だ。どうせ誰も助けなバファ!」


 悪ガキが1人ぶっ飛んでいった。

 周りの子供たちは驚いた。

 そこには一つの影。


「「誰だオメエ!!」」


 残った悪ガキたちが怒った。

 自分たちに楯突く奴が誰なのかと睨んだ。

 その視線の先には、フンドシ一丁で大根を両手に持って付け髭付け鼻にマッチ棒を口にくわえてお腹に渦巻きの落書きをしてローラースケートを履いた者がいた。

 ……


「「本当に誰だーー?!?!」」


〈誰だ、の意味が変わった〉



「ほひふぁ、ふぇふぇふぇひは」

「何しゃべっているのかわからんわ!」


〈本当に何をしゃべっているのかわからない〉


 どうやら、マッチ棒が邪魔らしい。

 周りの人間は距離を置いた。これから喧嘩が起こることを敬遠したのではなく、この得体の知れない者から離れたかったのだ。


「ほへはひふふへは」

「口からマッチを外せ!」


 男の子はマッチ棒をペッと吐き捨てた。

 汚い。


「ほへはへふへは」

「なんでやねん、しゃべれるやろ」


 そう言いながらいじめっ子の一人が男の子の口を掴んだ。男の子の口の中にはぎっしりと大量のマッチ棒が入っていた。


「気持ち悪!」


 いじめっ子は手を離して距離を取って逃げた。が、男の子は近づいてくる。

 それはとても気持ち悪い物体に見えた。


「ほへおほえへお」

「来んな」

「ほほへほは」

「来んなよ」

「ほへふふほほは」

「来ないでくださアアアい!」


〈気持ち悪すぎて、クラスの全員も逃げ出した〉



 男の子は口から大量のマッチを取り出していた。1つ1つ丁寧に繊細に取り除いていた。その絵は場合によっては医療ドラマのように神々しかった。しかし、取り出しているのはがん細胞でも腫瘍でも銃弾でもない。唾液でドロドロのマッチ棒だった。


「はー、すっきりしたー!」


 男の子は口をこそばゆそうに動かしながら快活だった。

 何かをやり遂げた気分だったのだろう。


「それで、お前誰やねん?」

「俺はコオ。同じクラスだろ?」

「そうか。今度から覚えとくわ」

「どっちでもいいよ」

「それでお前、何で口の中にマッチ棒を?」


 いじめっ子がみんなの疑問を聞いた。

 周りの子供たちも耳を傾けた。


「え? 魔王ごっこだよ」

「……はっ?」

「だから魔王ごっこだよ」

「……えっ?」

「……へっ?」

「……へっ?」


〈誰ひとり状況を理解していなかった〉


 ……

 魔王ごっことはいかに?

 二人は顔を見合わせて、沈黙した。いじめっ子は変な奴に絡んでしまったなぁという顔をしていた。その絡まれたコオは再び説明した。


「なんでそんな嫌そうな顔しているんだ」

「いや、そんなことは」

「あのな、魔王というのは口から炎を出すんだ。だから、炎を出せるようにするためにマッチを入れておくんだ。そうすれば魔王の真似になる」


 コオは指をさして自慢げに言った。

 自分は間違っていないという風だった。


「お前、そのためにあの大量のマッチを?」

「そうだ。すごいだろー」

「あーほーか、お前は!そんなことのために気持ちわるいことをして!どんなにみんなに迷惑をかけたかわかってんのか!ああん!」


 いじめっ子の1人はブチギレた。色々とストレスが溜まっていたのだろう。それをコオがジーッと見つめる。

 と、そこにもう1人のいじめっ子が入ってきた。


「まあまあ、そんなに怒るな。……それよりもお前、よくも俺の仲間を吹っ飛ばしてくれたな。あいつ、倒れたまま起き上がってけえへんで。この落とし前付けさせてもらうわ」

「……」

「ほー。なんか言いたいことでもあるんか?ああ?それとも、ビビってもうて何も喋られへんのかいな?」

「……」

「ああん?なんか言ってみい」

「……あんたたち、顔一緒ですね」

「「やかましいわ!」」


〈コオは顔が気になって話の内容が入ってこなかった〉


 いじめっ子は2人がかりでブチギレたが、コオは何に怒っているのかわからない顔をしていた。

 無神経というものだ。



〈仕切り直し〉


 途中から入った別のいじめっ子が質問した。


「そのマッチが魔王の炎を真似しているんだな?

「そうだ」

「では、その付け髭と付けっ鼻は何だ」


 2つのアイテムを指さした。

 確かになんだそれは?


「お前なぁ、知らないの? 魔王は立派なヒゲと鼻を持っているんだぜ」


 コオは自信満々に言った。

 自信だけはあるようだ。


「それも魔王の真似か? それではその大根は?」

「剣と杖だ」

「では、腹の渦巻きは?」

「弱点だ」

「では、フンドシは?」

「マントの代わりだ」

「ローラースケート」

「脱ぐのを忘れていた」


〈もはや関係なかった〉


 いじめっ子は困った顔だった。コオは平然としていた。

 やはり価値観が噛み合わない。


「どうしたんだ? そんなに困った顔をして?」

「お前のせいだよ!」


 そう困っているいじめっ子のところに、もう1人別のいじめっ子が入った。


「もうこんな奴のことは無視しようぜ」

「ああ、そうだな」


 そう言って2人は倒れているいじめっ子を抱き抱えた。そして、


「「覚えておけよ!」」


 と、吐き捨てていった。



 残されたものたちは歓喜と不安の気持ちを持った。いじめっ子を追い払うヒーローの出現に対する歓喜と、いじめっ子の仕返しがどうなるのだろうかという不安だ。たしかに不安はあった、が、歓喜の気持ちが強くなり、クラスのものたちはコオに近づこうとした。

 そんなみんなの目の前には、付け髭付け鼻に口から唾液だらけのマッチ棒を出す両手に大根を持ってお腹にうずまち模様が有りフンドシ一丁でローラースケートを履いた人間の姿があった。


〈みんなは固まった〉


「おまえ、抱き付けにいけよ」

「いや、おまえこそ。俺は遠慮するから」

「やーん。気持ち悪い」


〈みんなのヒーローがえらい言われようだ〉


 みんなが譲り合って近づかない中、一人の女の子が近づいた。さっきのいじめられていた女の子だ。


「あの、ありがとうございます」

「いえいえ。それほどでも」


 コオはすごく嬉しそうだった。

 涙の跡が少し赤くなった。


「あの、何かお礼を」

「お礼? そんなのいいって」


 手で断った。

 感謝されることが小っ恥ずかしそうだった。


「でも、助けてもらったらお礼をしなさいとお母さんから言われているし」

「そうなの? じゃあ……」


 コオは考えた。頭を掻きながら小っ恥ずかしそうに考えた

 そして……


「じゃあ、友達になってよ」

「と・も・だ・ち?」

「そうさ、友達。嫌かい?」

「嫌じゃないけど、そんなことでいいの?」

「ああ、いいさ。じゃあ、今日から友達な。俺はコオ。お前は?」

「わたし、ナオ」

「ナオ?何か俺の名前と似ているような似ていないような名前だな」

「そうね、コオくん」


〈コオは友達が1人できた〉



〈私は少し早送りをした〉

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