チェリーパイって言っときゃ、アメリカンジョークは成立する。

桜雪

ナミ退院する

第1話 トマト嫌いもピッツァは食える

 入院した…。

 お金が無いから当然、大部屋だ。

 選ぶ余地などない、値引きがあれば、なんなら霊安室でもいいと思った。

「また来るよ」

「うん、丈夫な子供産むからね」

 チュッ…

(チッ‼)

 婦人科病棟、周りは幸せそうな妊婦ばかり、そちらこちらで幸せが駄々洩れている。

 皆、幸せだから、妊婦さん同士で仲もいい。

 私ときたら…

 内ももに、謎の出来物が腫れあがって、来週手術なわけで…。


 なんだかんだで本日は誕生日、30歳になった…誰も祝ってくれない、祝われたくもねぇ。

 病室を見回せば…

(私よりブスばっか…)

 自分よりブスの方が幸せとか?

 どうも、容姿と幸せに因果関係は無いようだった。

 気付くのが遅すぎた。

(30歳だった…)


「せめてキャリアウーマン的なポジが欲しかった…」

 独りトイレの鏡で呟いてみる。

 トイレの個室が唯一、安心できる場所だったなんて、便所飯とか考えられなかったけど、今ならわかる。

「激しく同意‼」

 スッと息を吸い込んで

「フルーツバスケット初めて見たわ‼」

 トイレの個室で人生の不満を吐き出す『佐藤ナミ』

 内ももに人面瘡のような腫物が出来て、除去手術のために入院している女である。


 親しい友人からは『容姿はいいが、性格がクソ程悪い』と評価されている。

 ちなみに看護師からは、『3号棟の人面瘡』と呼ばれている。


 半年ほど前に、彼氏だと思っていた男に、『安定の3番目ポジ』と告げられ20代最後の恋は弾けた。


 ドンドンッ‼

「佐藤さん、トイレで叫ばないでください‼ なんかありましたか? フルーツがどうしましたか?」


 トイレの個室、ドアを看護師がノックする。

「なんでもありません…食事しているだけです、味の無いアジフライを食べてます」

「佐藤さん、トイレで食事しないでください‼ そこは出す場所で、入れる場所じゃないんですよ‼ 何度言ったら理解してもらえるんですか‼」

「すいません、アイツらの顔見ると食欲が失せるもんで、不味い飯にブスの幸せ味のふりかけを掛けてる気がして…」

「佐藤さん、そんな性格だから誰もお見舞い来ないんですよ‼」

「コロナのせいだから‼ 私のせいじゃありませんから」

「佐藤さん、現実逃避はやめなさい‼ 3号棟の看護師一同、1回もお見舞いの品を預かったことすらありませんよ…えっ? 可哀想…」

「……もう泣きたい…トイレは出すとこだから、出すもんだしたら戻りますから、ソッとしていてください…涙出てきた」

「佐藤さん、出すものってなに? 人面瘡から膿とか?」

「…愚痴とか…涙とか…世の中の理不尽を吐き出してから戻ります」

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