第42話 和解(後編)
緊張感に包まれた謁見室の中で、お父様の声だけが響きます。強固な結界は、その意図を悟られないよう、聴覚と視覚以外を遮断する多機能なものが張られていました。
「先日、セレスタンが四つ森の試練を四つ、達成した」
お父様に仕えている魔法使いが魔法陣を描くと、セレスタンお兄様は自らの指の腹を小刀で切り、その血を魔法陣に触れさせました。それから魔力を流して発動させます。
魔法陣はぼうっと光ったあと、四種類の“気”を浮かび上がらせました。それは勿論、水、風、火、土の“気”です。
四つ森の詩に対応するこの魔法陣と、それが示したものに、どよめきが起こりました。その美しさに、思わず溜め息をつきます。
「また、以前よりの騎士団への協力による功績や、執務における有能さは、誰もが知っていることであろう。それらをふまえて、セレスタンを次期国王として命ずる」
「はっ」
その言葉にセレスタンお兄様は膝を折り、最敬礼をしました。
「異議のある者はおらぬか? 試練の機会すらない者もいたであろう?」
それからお父様は、この部屋にいる面々に問うような視線を投げかけます。わたし達は歳の離れた兄弟ですから、どうしても、年長であるセレスタンお兄様が有利になってしまうのです。この場で、そのわだかまりを解消してしまおう、ということなのでしょう。
お父様は、セレスタンお兄様の次に年長である、ジョハンナお姉様に目を向けました。
「異議などございません。私は国王の剣となり、盾となる存在。セレスタン兄上が国王になられた際も、どうかお役立てください」
ジョハンナお姉様は、ピエリックお兄様と同じ、アントゥラス家の血を引いています。そして王族でありながら、騎士団員で国王付きの部隊長を務めるという、珍しい肩書きを持っているのです。
その実力はお父様のお墨付きで、噂では騎士団長に次ぐ実力者なのだと聞いたことがありました。最低限の装飾しか身に着けていないその姿は、まさに女騎士、という印象です。
そんな彼女の頼もしい言葉に、セレスタンお兄様は笑顔で頷きます。
「わたくしもお兄様を支持いたしますわ。優秀なお兄様が国王になれば、この国も安泰ですもの」
これはヴァイオレットお姉様です。わたしには冷たく当たっていた記憶しかありませんが、やはり同母の兄妹ですし、仲が良いのでしょう。うふふ、と口に手を当て、とても嬉しそうな笑みを浮かべています。
その動作はとても優雅で美しく、本当にお姫様という感じがしました。……本当にお姫様なのですけれど、わたしや、失礼ではありますが、ジョハンナお姉様と比べると、どうしてもそう思ってしまうのです。
ピエリックお兄様は、「俺に拒否権はないんだろう?」とお父様を睨みつけていました。王族内での争いに敗れた人の運命は決まっているのです。あの時わたしが殺されていたら、この場にもいられなかったでしょう。
わたしはそんなピエリックお兄様から目を逸らし、再びお父様に目を向けます。言うことは一つしかありません。
「セレスタンお兄様が次期国王となることに、異議はありません」
最後は、わたしの同母弟である、ルシアンです。彼は幼い顔に緊張の色を滲ませて、それでもはっきりとした声で言いました。
「ぼくは、姉上に従います」
「ルシアン。国王になるのはわたしではなく、セレスタンお兄様ですよ」
わたしがそう言うと、ルシアンは「あっ」と慌てたように口を押さえます。ふふ、と笑いながら彼の後ろに立っているお母様に目を向けると、彼女も同じようにルシアンを見て微笑んでいました。
「あら、そういえば、試練の達成自体はリリアーヌが多かったのではなくて?」
と、ヴァイオレットお姉様が思い出したように声を上げました。
意外でした。国王の選出に一番重要なのは試練の達成数だ、と考える人達がいることは聞いていました。実際、戸惑いつつもヴァイオレットお姉様の言葉に賛同を示している人もいるようです。
けれども、それをヴァイオレットお姉様が言い出すとはとても思えなかったのです。彼女は、兄弟の中で一番、忌み子を嫌っていたのですから。
ちら、とお父様に目を向けると、彼が小さく頷いたのがわかりました。ここからが、わたしにとって一番重要なお話なのです。
「ヴァイオレットお姉様。それから、この場にいらっしゃる皆様」
フレッド君にエスコートされていた手を離し、魔法陣を描きます。警戒される前にできあがったそれは、先程セレスタンお兄様が発動させたものと同じです。
魔力で皮膚を破り、ぷく、と出てきた血を魔力と一緒に魔法陣に流し込みました。そして発動。魔法陣が光ります。
「これが、すべて達成した証……」
誰かが呟きました。
四種類の“気”が浮かび上がっているのは先程と同じで、その周りをぐるぐると光と闇の“気”が回っています。それは明らかに、「完成された状態」でした。
「確かにわたしは、すべての試練を達成しました。四つ森の詩による国王の素質についてのみ言うのであれば、わたしが一番高いことも事実でしょう。けれども」
皆の顔を見回します。今までろくに関わってこなかった兄妹達、お母様、国王に仕える人達。ようやくわかり合えたお父様と、セレスタンお兄様と。それから、フレッド君。
大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせます。
「けれども、だからこそわかったのです。わたしの力は、国王として使うのではなく、国王のために使うべきものなのだと」
「それは、わたくし達にはわからないことだわ、リリアーヌ」
「……セレスタンお兄様が国王となることに、賛成していたではありませんか」
「それは勿論賛成しているわ。でも、より素質の高い者を、と望むのは当然でしょう?」
困ったように微笑むヴァイオレットお姉様に、わたしも困ってしまいました。しばらく見つめ合っていると、コホン、と咳払いの音がします。
「リリアーヌがこう言っているのだから、きっとそれが最も良い形なのでしょう」
「ジョハンナお姉様」
視線を向けると、彼女は優しく微笑みました。
「リリアーヌ。私はあなたを誤解していた。忌み子だからと、それだけで避けていた。でも本当のあなたは違うのだと、今ならわかる。ともにセレスタン兄上を支えていけるなら、これ以上心強いことはない」
「……はい。わたしも、そう思います」
「今まで避けていたことも、申し訳なかった」
その謝罪を受け入れるために、頷きます。
「……お姉様のおっしゃる通りね。それに、わたくしもリリアーヌに、謝らなくてはいけないわ」
ほう、と息を吐いたヴァイオレットお姉様の瞳は、いつの間にか愁いを帯びていました。
「わたくし、たくさん冷たくしてしまったでしょう? 忌み子は危険だと教わってきたから、正直リリアーヌのことが怖かったのよ。わたくしもまだ子供だったし、まともな判断ができていなかったのね。本当にごめんなさい」
彼女には、酷い言葉を投げられたこともありました。それで落ち込んだことも、少なくありません。……それだって、もっと早くに向き合っていれば、きっと。
「……これからは、仲良くしてくださるかしら?」
「勿論です。ヴァイオレットお姉様」
お互いの誤解が解けたことで、幾分か空気が和やかになりました。
発言こそしていませんでしたが、わたしに対する印象が変わった人も多かったのでしょう。こちらを窺うような視線は、いつの間にかなくなっていました。
改めて、お父様の口からセレスタンお兄様を次期国王とする旨と、わたし達兄弟のこれからの役割について宣言されます。
先代と違って丸く収まったことに安堵する人々の中で、わたしとフレッド君も、ほっと息を吐きました。正式に、婚約者として認めると発表されたのです。ピエリックお兄様の前で心苦しくもあったので、お祝いの言葉はできるだけ控えめに受け取ります。
それでも、ジョハンナお姉様やヴァイオレットお姉様は、まるで自分のことのように喜んでくれました。ルシアンはよくわかっていないようでしたが、セレスタンお兄様は呆れたように笑っています。
けれども、わたしは気づいていました。
ただ一人。お父様だけが、厳しい表情を崩さなかったことに。
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