第22話 守らない子、守る親(後編)
どうしてこうなったのでしょう……?
わたしは一人、冷たい床に座り込んでいました。飛んで来た魔兵団は何故か、わたしとフレッド君までも捕らえてしまったのです。あの場で彼らに抵抗しても良いことはありませんから、ひとまずは大人しく従いましたが、確認もしない強引なやり方には納得がいきません。事実、わたし達は悪いことなどしていないのです。
それに、拘置所は男女別になっているため、フレッド君と離ればなれになってしまいました。幸い、腰のベルトに仕込んだナイフには気づかれなかったようです。自分の魔力の動きが、記憶にあるフレッド君の動きと一致します。
「ふふ」
……わたしの方がよほど、あのナイフを便利に使っていますね。
小さく零した笑い声が、静かな拘置所内に響きました。女性はわたし以外にいなかったようで、この広い地下空間はがらんとしています。と言っても鉄格子が填まっているため、そう開放感はありません。……まぁ、拘置所に開放感など、あるわけないのですけれど。
五の鐘が鳴って、更に鐘半分程が経ったでしょうか。カン、カン、と響く靴の音がして、誰かが下りてくるのがわかりました。壁に預けていた背中を少しだけ伸ばします。
「おい」
やって来たのは、わたし達を捕らえた魔兵団の内の一人でした。彼は階段の脇に立て掛けてあった折り畳みテーブルを広げ、わたしが収容されている格子の前に置きました。それから蔑むような視線を隠すことなく、ぞんざいにパンの入った袋を投げ渡してきます。勿論わたしはそれを取り損ねました。
「さて。面倒だが、一応申し開きを聞くことになってるんだ。言いたいことはあるか?」
「申し開きも何も……わたしとフレッド君は何もしていませんよ?」
最初から罪を決めつけるような態度に、わたしは呆れてしまいました。
「言い逃れようってか? はっ、魔法具を持っておきながら、誤魔化せると思うなよ」
「あれはお店の物ですよ。店主さんに確認して貰えれば、わかると思いますけれど」
確認していませんよね? と見上げると、警備兵は馬鹿にしたように笑いました。それが挑発であることは明らかだったので、わたしはにこりと笑顔だけを返します。すると、彼はつまらなさそうに舌打ちをして、それから何かを思いついたかのようにニヤリと笑いました。
「確認、すれば良いんだな?」
「そうしてください」
「他に言いたいことはあるか?」
その言葉には一瞬考えを巡らせ、けれどもゆっくりと首を振りました。ここで何を言っても、釈放されることはないでしょう。
「……いいえ」
「くそっ、忌み子の癖に、調子乗るんじゃねぇぞ?」
警備兵はそう吐き捨て、乱暴にテーブルを戻してから階段を上っていきました。……ここの警備兵は、皆あの人みたいなのでしょうか。だとしたら、早くここから出る方法を探さなくてはいけません。
――どうか、フレッド君の前ではあのような態度を見せませんように。
そう、願わずにはいられませんでした。
「残念だったな。お前達の容疑は晴れなかったぞ」
次の日。昨日と同じ警備兵がやって来て、楽しそうにそう言いました。
少しは期待していたのですが、やはり駄目でしたか。……街の人が嘘をついたのか、魔兵団が捻じ曲げたのかはわかりませんが、このままだと本当に犯罪者にされてしまいます。少しでも情報を集めるために、警備兵に質問することにしました。
「あの少年達は、どのような集まりなのですか?」
「そんなの、自分がよく知ってるだろうがよ、夢見魔団さんよぉ?」
夢見魔団。……男の子が好きになりそうな名前に、くすりと笑いが零れそうになり、必死に抑えます。それよりも、こうして名前が知られているということは、以前からそれなりの「活動」をしていたはずです。その鍵は、あの魔法具でしょうか。あの店主さんは、何と言いましたっけ……?
「あの魔法具を作った人は、別にいるのですよね? どうして、取り締まらないのですか?」
その質問には答えず、警備兵は懐から鍵を取り出して鉄格子の扉を開けました。
「出ろ」
「……? 釈放してくれるのですか?」
「まさか。入れるべき場所に入れるだけだ」
も、もしかして、このまま処刑されてしまうのでしょうか……?
最悪の想定に、焦りが生まれます。逃れるためには、ハルケージの魔兵団全体に対応する必要があるでしょう。忌み子としての悪評をたてないためにも、闇魔法――それも、夢見魔団の少年達では到底扱えないような、高度に精神を操作するものが良いですね。……フレッド君には無茶をするなと言われましたが、無茶をしなくては死んでしまうのなら、仕方ありませんよね?
「忌み子には、神殿がお似合いだろう?」
しかし、警備兵が続けた言葉は、想定とは全く違っていました。
「神殿、ですか……?」
小さな呟きを、恐れによるものだと捉えたのでしょう。彼は本当に楽しそうに笑います。
「へっ、神殿の地下で、楽しく過ごせば良いだろう」
「……っ!」
飛び出そうになった歓声を、慌てて押し留めました。言いました、今、言いましたよね……!?
彼はきっと、神殿に地下牢などないということを知らないのでしょう。神殿に預けられる忌み子が罪人として扱われると思っているのかわかりませんが、ありがたい勘違いです。
神殿の地下にあるのは星空の部屋だけです。つまり、このまま粛々と罰を受け入れる振りをしていれば、星空の部屋に入れるということではありませんか……! 神殿は男子禁制ですが、魔兵団の命令には巫女さんも従うことでしょう。先程の不安は、どこかへ吹き飛んでいきました。
「……」
「どうやら、良いところのようだなぁ?」
そうなのです、とは勿論口に出さず、俯いて震えてみせたわたしに、警備兵は満足そうな笑い声を漏らしました。演技がばれてしまわないよう、神殿に着くまでの間ずっと、わたしはそうしていました。
それから二日間、わたしは星空の部屋を堪能していました。……巫女さんには申し訳なさそうな顔をさせてしまいましたが、この楽しみは隠しておかなくてはいけませんからね。他の神殿と同じように美しい魔法陣の欠片が浮かぶその部屋で、魔力を流しながら欠片の形を全て覚えます。しかし、やはりその構造までは理解できません。
「早く、北部領の図書館に行きたいものですね……」
そう独り言ちた時、部屋の扉がノックされました。慌てて、広げていた魔力を元に戻します。
「赤のお方。魔兵団の方がお見えになりました」
「知らせてくださってありがとうございます。すぐに向かいますね」
……残念です。もう少し、この部屋にいたかったのですけれど。そう思いましたが、フレッド君も捕まっているこの状況ではそうも言っていられません。魔力金属の動きで、彼の無事は確認できていますが、早くどうにかしたいものです。
「良かったな。釈放されるかもしれないぞ?」
神殿の入り口で待っていた警備兵は、わたしを見るなりそう言いました。しかし、その言葉とは裏腹に、釈放されることなどないだろうと思っているのが表情からわかります。
「保護者が迎えに来たんだよ、お前の親御さんも来てると良いなぁ?」
なるほど。確かにそれでは、わたし達が釈放されないことを確信しているのも頷けます。わたし達が子供二人でこの街に入ったことなど、とうに知られているでしょうから。
けれどもわたしは、違うところに疑問を持ちました。保護者が、迎えに来た……?
悪いことをしたら捕まるのが当然です。そこには大人も子供も関係ありません。勿論大人の方が罰は厳しいのでしょうけれど、子供であっても罪を償うということに変わりはないはずです。あのような大規模な魔法を使ったのなら、尚更。それを、簡単に釈放されても良いものなのでしょうか?
そんなことを考えながら拘置所へ戻ると、その待合室にはフレッド君と夢見魔団の少年達が既に揃っていました。ちらりとフレッド君を見ると、彼は後ろ手に組んだ腕を揺らして小さく頷きます。同じことを考えているようですから、きっと大丈夫でしょう。
それから数人のお母さんらしき人達が入ってきます。宿屋の女将さん――マルク君のお母さんもいました。彼女はマルク君を見るなり、こちらに駆け寄ってきます。それを、脇に控えていた警備兵が止めます。
「マルク! 本当に、心配したのよ……!」
涙ながらに叫ぶ女将さんに、マルク君は気まずそうに目を逸らしました。他のお母さん達も、同じように自分の息子に声を掛けていました。と、咳払いが聞こえ、警備兵の一人が口を開きます。
「彼らは罪人だ。それを釈放しろと言うのなら、それなりの誠意を見せなければならない。わかるな?」
その言葉に、お母さん達がコクコクと頷きました。女将さんが、必死に答えます。
「どのような罰でも、母親である私が、受けましょう。大事な、大事な息子なのです! どうかマルクだけは……!」
「良かろう。……夢見魔団はこれまで、何度も街の安全を脅かしてきた。罪は重い。よって、一人の釈放につき小金貨一枚分の誠意を要求する」
はい……? わたしはぽかんとして警備兵と周りの人々の顔を見ました。しかし誰も疑問に思っていないようで、お母さん達は項垂れながらも懐から財布を取り出します。そして一人ずつ息子の名前を呼び、小金貨と引き換えにその手を取っていきました。
「……」
その様子をぼぅっと眺めていると、不意に名前を呼ばれました。視線を向けると、マルク君の手を握った女将さんがこちらを見て微笑んでいました。
「……この街では、私がリルちゃんとフレッド君の保護者です。彼らの釈放もお願いいたします」
「お、女将さん……?」
驚きを隠せないわたし達をよそに、彼女は追加で小金貨を二枚払ってしまいました。
宿屋の食堂に、とても気まずい空気が流れていました。あれから女将さんには無理やり小金貨を二枚渡しましたが、わたしの心はもやもやとしたままです。
「……女将さん。どうしてあんな大金を払ってまで、マルク君の釈放を要求したのですか?」
自分達ではなくマルク君の話であることが意外だったのか、女将さんは少し困ったような顔をしました。眉を下げたまま、彼女は薄く笑います。
「確かにこの子達は、してはいけないことをしたわ。他人の精神を操る大規模魔法なんて、大人だったら、そのまま出てこられないことだってあり得たでしょう」
「それをわかっているなら――」
「でもね、マルクは私の息子よ」
「……」
「孤児は可哀想だな、親の愛も知らないなんて」
「マルク。それは言い過ぎよ」
いつもなら怒り出すフレッド君も、今は何も言いませんでした。勿論、わたしもです。
これが親の愛……? 認識とあまりにかけ離れたそれに、目眩がするようでした。女将さんに目を向けると、こちらを気遣うような表情をしつつも、それが当然というように微笑んでいます。
「でもね、リルちゃん。これが親というものなのよ。……あなたにも子供ができたら、きっとわかるわ」
自分の子供なら尚更、正しいことを教えるべきなのでは……? そう思いましたが、わたしは曖昧に頷きました。確かにわたし達は、親の愛というものを知らずに育ってきたのです。
……まぁ、わたしもフレッド君も孤児ではありませんし、両親は今もこの国で生きているのですけれど。
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