第21話
21
こんなはずではなかった。
この山に生を受けて、長い時間を過ごしてきた。力は群を抜き、知恵は家族の安全を保ってきた。強大な敵に怯えて逃げることは恥とは思わなかった。優先されるべきは種の保存。
精霊たちの呼び声は生き抜いた自分を彼らが認めたもののはずだ。土と木。この二つは常に自分を守ってくれた。この二つの中にいる精霊は、自分の声を聞いて、どうすればよいか教えてくれた。そして、自分の中に入ってくれた。
すべての群れの王へ。
他の生き物など、足元にも及ばない。自分よりも大きくて丸くて短い毛で覆われたやつも、短い足で汚く鳴く牙の生えたやつも、高い空を縄張りにする鋭い翼と爪を持つやつも、ニンゲンという火や投げる牙を持つやつも、すべて噛み殺すことができるはずだった。
こんなはずではなかった。
ニンゲンに捕まった愚かな部下の尻ぬぐいなどしたくはなかった。群れなどいくらでも増やすことができる。この山を出れば新たな別の群れがいる。群れのひとつやふたつ、それもまた、敗者の運命だというのに、群れの大勢は助けねばならぬと訴えた。
そうだった。そこで見捨てればよかったのだ。
これもまた群れには必要なことだと思わなければよかった。自分はもともと単一でこの山を歩き、他の群れと争って生きてきた。別の山に単一で入っても、またすべての群れを率いることができただろう。
不完全であったのだ。
ニンゲンというやつは時折り賢いやつも現れるが、それでも山の中で自分を捕らえられるやつはいなかった。捕らえられることは死を意味するからだ。しかしニンゲンは大勢いて、あちこちから現れる。それでもニンゲンにも群れの主がいることはわかった。群れの主を殺せばニンゲンは追い払えることもわかっていた。
こんなはずではなかった。
ニンゲンの中で、群れの主のやつが、最も強いか賢いやつだった。しかし、今回は違った。群れの主は強くて賢そうだったが、もっとずる賢い、恐ろしいやつがいたのだ。そいつのせいで右目は焼け爛れて、左足が二本とも深く傷ついた。
もう、歩けない。
群れの女や子どもが、情けなくわめく。わずらわしい。おまえたちなど群れの一部に過ぎないのだ。精霊の声もわずかしか聞こえず、強くもなく、賢くもない。おまえたちなどいなければよかったんだ。つくらなければよかったんだ。
あぁ、待て。からだから精霊がいなくなっていく。
もう死ぬのか。この山とひとつになって、こんなに早く死ぬのか。あぁ、しかたない。しかたないんだ。これが敗者の運命なのだ。俺にはもはや生きることは許されない。いくつも俺がそうしてきたように、敗者は敗者の義務がある。
なにをしているのか、子どもたち。俺を喰え。俺を喰って、俺の体内にいる精霊たちを我が物に変えるがいい。俺はもう肉なのだ。血なのだ。血をたっぷり含んだ肉の袋なのだ。これが敗者の運命であり、義務なのだ。これは間違いなのだ。失敗なのだ。そして復讐なのだ。俺たちの種を保存して、地上に種を撒き散らすのだ。そうだ、いいぞ。好きなところから喰え。心臓を分け合え、はらわたを噛み締めろ。骨も髄までなめとって、俺の身に沁み込んだ精霊を胃の腑から全身に行き渡らせるのだ。
血の匂いが心地よい。肉を食む音が心地よい。俺が俺でなくなるのに、俺は俺を思い出して確立していく。綺麗に、綺麗に失われていく。
生きるがいい。子どもたちよ。
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