第871話 相手の強さを知るにも強さがいる

 南乃みなみのあきらの発言により、両手で構えている切多貫せったぬきの周りが歪んだ。


 重心を落とした抜刀術の構えのまま、桁違いのプレッシャーを放つ。


「これが、奥の手だ……」


 次の瞬間に、ブウウンッ! と、俺の腹ぐらいのラインで横にぎ払われた。


 上下でズレていく時に、俺はそのラインの上に飛んでいる。


 暁さんは片手で振り抜いたまま、くるりと刃を上に向けた。


 コマが飛んだ動きのように、切っ先が空へ向かう。


 夜空に輝く星々の輝きが、一時的に切り裂かれた。


 瞬間移動のように地上に立った俺は、自身を含めて紫色の光に包まれている。


 目を見張った暁さんは、余計なことを言わず、さらに斬撃を続けた。


 こちらが躱す先へ、あるいは、受け止めた場合に備えての強い一撃。

 しかし、高層ビルすら切り裂く攻撃は、俺にかすりもしない。


 やがて、暁さんの動きが止まった。

 肩で息をする。


 再び地上に出現した俺は、片手で持つ刀を下げたまま、語り出す。


構太刀かまえたち。おそらく、鎌鼬かまいたちの元々からのネーミング……。だが、その切多貫せったぬきは真空で斬るのではなく、『斬られた』という結果を付与している。見た目には『斬ったから切れた』というだけでも、物質の硬さといった物理法則は関係ない! 風系の御神刀がこじれて、だいぶ質の悪いスキルになっていますね?」


 驚いた暁さんは、両手で正眼に構えたまま、苦笑する。


「お前は……。妖刀になった切多貫を浄化したいのか?」


 首を振った俺は、向き合っている義理の父に説明する。


「いえ……。ですが、妖刀になった以上、それ以上の力は得られません」


「ずいぶんと、大きく出たな? 確かに、そちらのスピードは目で追うのが難しい。だが――」


 暁さんの視線だけ、横へズレた。


 そこには、刀の切っ先を首筋に突きつけている俺がいる。


「くっ!」


 ヒュッと横に振られた刀を避けて、元の位置へ。


 両手で構え直した暁さんは、先ほどより余裕をなくす。


「なぜ……」


「今、トドメを刺さなかったのか? 雷のスピードは、そもそも地球を一周できるほど……。それに、これは千陣せんじん重遠しげとお)だ」


 御神刀となった、もう1人の自分。


 そのつかを握りしめ、独白する。


「俺は、倒すべき敵を倒すだけ……。さて、暁さん? 御神刀には2つの解放があります。1つ目は、お互いに披露した解放。そして、2つ目」


「あなたは、まだ知らない」


 暁さんは、すぐに突っ込む。


「まるで、お前ならできる……と言っているようだな?」


「はい、できますよ?」


 ため息をついた暁さんが、首を振った。


「その言い方は、詩央里しおりと似ている……。気に入らんな」


「囲碁将棋では、師匠を倒すことが恩返しだとか」

「そんなものいらん、というオチだぞ? それに、俺はお前の師匠じゃない」


 俺は、御神刀である雷火らいかを完全解放しようと――


 その直前に、暁さんが問いかける。


「お前は、これからどうする気だ?」


「この御神刀に見合った敵を倒します」


「それは、千陣流のことか?」

「いいえ」


 俺の返事を聞いた暁さんは、見えないさやに納刀した。


 首をかしげると、本人が説明する。


「俺は、もう帰る! 詩央里に嫌われたくないんでな? 他の隊長に殺されなければ、また会おう」


「はい」


 霊力で身体強化をした暁さんが、跳ねるように遠ざかっていく。


 …………


 どうにも、不完全燃焼だ。


 まあ、こちらが完全解放をした後には、どちらかが死ぬだけ。


「ん~」


 暁さんは、分が悪いと判断したのだろう。


 副隊長を始めとした部下を連れてこなかったし。

 殺す気はないが、さっきの攻撃で死ぬようなら、それは仕方ない。


 そんな感じで――


「見ーたぜぇ? やっぱり、テメーらはグルだったか!」


 聞きたくもないが、知っている声。


 そちらを見ないまま、相手の名前を言う。


「どうも、見知らぬ女に負ける隊長」

「喧嘩売ってるのか、てめえっ!」


 一敷いっしき源隆げんりゅうは、暗がりから出てきた。


 同じ隊のゴロツキも、ゾロゾロと……。


(ずっと視線を感じていたからなあ)


 そりゃ、暁さんも帰るわ。

 俺を殺せても、手柄を横取りする源隆たちとの連戦だ。


室矢むろや! お前、婚約者の詩央里がいるのに、四大流派で上にいる女を集めているそうじゃねえか!? そいつらを差し出せば、特別に俺が話を――」


 片手に持つ雷火を消した俺は、切っ先をつまんだリジェクト・ブレードを2回投げた。

 

 銀に輝く両刃のダガーが、源隆の両肩の付け根に深く突き刺さった。


 その衝撃で、奴は後ろにのけぞる。


「がっ!? て、てめえ!」


 痛みとショックで激怒した馬鹿に構わず、リジェクト・ブレードを消す。


 引き抜こうとした奴は、急に消え失せたことで困惑。


「チッ! 俺が宗家か他の隊長に言えば、さっきの野郎がいる南乃家も千陣流の敵として取り潰しだ――」


 左腰から御神刀を抜いた。


「ちょうどいい……。完全解放の練習台になってくれ」


 先ほどの激闘で、広範囲にわたって斬られた後の場所に、俺の霊圧が吹き荒れた。


 竜巻を目の前にしたように後ずさる、一敷隊の奴ら。


 それを後目に、いよいよ口にする。


久遠くおん……万雷ばんらい

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