第771話 今夜は月が綺麗ですね?
建物の屋上で、その端に立っている、
深夜の月が、俺たちを照らす。
カウンセラーの
つまり、マルグリットの魂と、眼前にいる体の2つを、人質に取られているわけだ。
その上で、精神交換をできるだけの魔術師と、戦うしかない。
「俺は、
上に立ったままのマルグリットは、モデルのように、笑った。
「欧州の公爵家にいた、レティシエーヌ・ティアルヴィエよ……。言うまでもないけど、元の体は、とっくにないわ! これが、今の私! できるだけ大切に、長く使うつもりよ? フフフ……」
両腕で、自分の体を抱きしめたマルグリット……いや、レティシエーヌが、代々の宝物を見せつけるように、腕を下ろした。
「この体はね? 美しいだけではなく――」
「エネルギーの海……。そこに接続していることで、文字通り、別次元の力だ。メグ……咲良マルグリットが
余裕だったレティシエーヌが、雰囲気を変えた。
マルグリットの顔で、ゾッとする表情に。
「お前……。どこで、それを? ……ああ、そうか! 式神にした
ここで、カレナが出現すれば、立場は逆転。
俺は、まだ上に立つレティシエーヌへ、尋ねる。
「咲良マルグリットの制御は、お前でも、不可能だったはず……。誰の力を借りた?」
もう1人の俺がたどった世界線とは、明らかに違う。
この女が、いつ崩壊するか不明な体に、自分の魂を移すわけがない。
怒りの表情になったレティシエーヌは、深呼吸をすることで、落ち着いた。
「お喋りは、もう充分でしょ?」
空に足を踏み出すように、両足から落下した彼女は、地面に激突したときの
着地した轟音がまだ耳に残る中、正面のクロスレンジで、右拳。
半身になりつつ避けて、同時に、片足を前に踏み込んだまま、姿勢を低くした。
足を止められたレティシエーヌは、崩れた姿勢を立て直しつつ、左手と足による組みつきを断念。
――身体強化をゆるめての、時間差
緩急がついた左右のパンチを手で逸らしつつ、かがんでの足払いの範囲から、滑るような移動で、逃れた。
――全身のバネで、跳ね上がる
見えにくい蹴りを避ければ、アクロバティックに起き上がった彼女が、打撃による踏み込みを行い、密着した状態での組みつきを狙う。
肘、回転しながらの裏拳、上に注目させてのローキック……。
俺の手足とぶつかる度に、生身とは思えない打撃音。
傍から見れば、お互いに両手を振り回して、駄々っ子の喧嘩だろう。
けれど、常に動き続け、隙あらば、最も近い手首、あるいは、片腕をとり、関節をあらぬ方向へ曲げるか、叩き折るのだ。
相手を地面に倒しても、同じこと。
距離ができた。
お互いを正面から見据えつつ、摺り足で、動く。
レティシエーヌは、脇を締めたまま、
上体を逸らしやすく、左右のパンチも出しやすい。
移動は、細かいステップ。
いっぽう、俺は、指を揃えた片手を前に出しつつ、もう片方は引き気味の、大陸武術に近いスタイルだ。
片足ずつ、ゆっくりの摺り足。
こちらは、相手の攻撃をさばきつつ、カウンターを狙う。
「見ていた通り、体術では、あなたに分があるわね? 確かに、この学校の女子では、学年主席だろうが、敵じゃないわ! でも、あなたは、この体に傷をつけられない……。そろそろ、オイタは――」
俺が投げた、黒いダガーは、あっさりと避けられた。
レティシエーヌは、マルグリットとしての長い金髪を下げつつ、体勢を整える。
「ラウム・シュナイデンと呼んでいた、魔術武器ね? ……何のつもりかしら? 今の私が消滅しても、あの子は戻らないわよ?」
挑発している声音だが、実際には、緊張しているようだ。
さらに距離をとり、ハンドガンの
両手で握りつつ、チラッとだけ、後ろの地面に刺さったダガーを見るも、すぐに視線を戻す。
黒いダガーは、ユゴス・ロードと、ユゴスの群れを一瞬で倒した。
しかも、魔術武器だ。
その事実が、レティシエーヌに、妥協させる。
銃口を下ろしたままで、彼女が、微笑んだ。
「もう、止めにしませんか? 私も、大人げありませんでした……。『ブリテン諸島の黒真珠』と敵対するつもりはなく、あなたにも魅力を感じております。仲直りをしましょう? この体でご満足いただけるよう頑張りますし、ここの女子を呼んで――」
「そちらの降伏だけ……。他の決着はない」
ため息を吐いたレティシエーヌは、拳銃を握り直した。
「あまり、調子に乗らないでくださいまし……。その気になれば、あなたを一瞬で殺せます! 新しい体で、出力の調整が難しく、遠慮していただけですの!!」
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