第766話 四つん這いのバックより健全な出会い

 1年エリアの閉鎖区域にある、旧校舎。


 施錠を外して、玄関ホールから、堂々と入る。



 まだ明るいが、寒々しい空気。


 いけない事をしている気分になる。



 中庭を囲み、ちょうど、四角。


 3階建てだが、同じ位置に、同じ教室がある。


 今は内廊下にも、不要なロッカー、机などが置いてあり、通りにくい箇所も……。




 ――1時間後


 校舎内を歩いてみた。


 ザッと見ただけで、ここがおかしい! と思える部分はなく……。



 ベルス女学校で使えるスマホを見れば、もう夕方だ。


 窓から差し込む光も、それを示す。


「……先に、食事を済ませるか」



 1人だけに、話し相手もいない。


 玄関ホールから出て、元通りに施錠。


 トボトボと、飲食店のエリアへ向かった。




 女子校だけあって、女の子だらけ。


 男子は俺1人で、周囲の視線が集まっている。


 スマホで、近くの飲食店を検索――



「たっぷり食べられる店は……あまりないな?」


 当たり前だが、どんぶり飯をお代わりするような店は、見つからず。


 歩きつつ、思案していたら、柔らかい感触に包まれた。


「うにゅっ!?」


「あ、悪い! ……大丈夫か?」


 マズいな。


 考え事をしすぎて、女子にぶつかったらしい。



 数人のグループで、他の女子が、一斉に心配する。


「だ、大丈夫?」

「怪我はない、うらら?」



 俺がぶつかった相手は、かなり幼い容姿だ。


 高校生とは、思えない。


 ピンク色の長髪は、リボン付きのハーフツイン。

 お嬢さまっぽい雰囲気で、品がある。


 彼女は、青い瞳で、こちらを見ている。


 …………


 …………


 おい?


 じーっと、見ているだけの女子に、彼女の連れも、声をかける。


「麗? 大丈夫? ……おーい? 帰ってこーい!」


 目の前で、手を振られて、女子は我に返った。


「っ! な、何?」


 引き気味で、彼女の友人が、説明する。


「何って……。この人が、ぶつかってきた件! わりと注目されているから、早く決めて欲しいんだけど!?」


 ピンクちゃんが、周りを見れば、唯一の男子である俺がいるため、人だかり。


「えーと……。えーと……」


 悩み始めたピンクちゃんに、提案する。


「面倒をかけて、申し訳ありません……。この場で回答しないのなら、ひとまず、連絡先を交換するだけで、いいかな? どっちみち、第三者を交えて、話し合うだろうし。その場で、改めて謝罪します」


 返事をしないピンクちゃんに、友人たちが、せっつく。


「ほら! この人も、言っているし! 麗が話せないのなら、相手の連絡先だけ押さえて、学年主席か、担任に振れば、いいよ!」


「うん……。後で何を言われるか、分からないし。そろそろ、移動したい」


 だが、麗と呼ばれた女子は、もじもじとしたまま。


「でも……」


紫苑しおん学園の高等部1年、室矢むろや重遠しげとおです。男子用のゲストハウスに滞在していますから、そこへ連絡していただくか、教職員を通してくれれば、いつでも応じます。……失礼します」


 俺を見たまま、左右に揺れている麗は、返事なし。


 いっぽう、他の女子2人は、慌てて応じる。


「あ、はい! お疲れ様でした」

「すみません……」


 すでに囲まれていたが、足早に歩けば、そこだけ、ザザッと、動いた。


 女子の包囲網を抜けて、そのまま、飲食店へ向かう。



 もう、どこでもいいよ。

 

 早く食べて、お家に帰ろう……。




 適当に入った店は、ハンバーガー屋。


 女子向けのヘルシーメニューが、多かった。


 それでも、男子用にカスタマイズして、周囲にガン見されつつの食事。


「あの人……」

「さっき、中等部の子をゲストハウスに誘っていたって!」

「すごっ! うわさ通りに、見境なしね……」



 動物園のパンダの気持ちが、よく分かった。


 確かに、食欲がなくなるわ……。



「何を仰いますか? あの御方に指名されるのは、この上ない名誉でございます!」



 可愛らしい声で、とんでもない発言。


 俺を含めて、全員が見たら――



 そこには、白いフリルがついたヘアバンドをつけた、1人のメイドさん。


 毛先に動きが出るカットで、ボブぐらいの黒髪。


 店内ですっくと立ち、踊るように、演説している。


 背格好から、女子高生ぐらい。



「ちょっと! 誰、あなた!?」


 店員が、奥から出てきた。


 ……ここの店員じゃないのか、あのメイド?



 気づけば、メイドは、姿を消していた。


 まあ、いいや!


 早く食べて、帰ろう。




 ピンポーン


 ゆっくり休んでいたら、外のインターホンが鳴った。


 部屋の中で、端末に向かえば――



 飲食店のエリアでぶつかった、ピンクちゃん。


『あ、あの……。先ほど、お会いした……中等部1年、天ヶ瀬あまがせ麗と、申します! 一度、お話しさせていただければ、嬉しいのですが……』


 どうして、ここへ? と考えていたら、見覚えのある顔と、声。


『3年主席の脇宮わきみやよ! この子が悩んでいたから、私が預かる形で、連れてきたの……。時間を置くと面倒になりそうだから、入れてもらえると、ありがたいわ』


「とりあえず、ラウンジへ――」

『申し訳ないけど、今の時間帯は、個別に入るだけ……。お願いできる?』


 ため息を吐いた俺は、個室と通じているドアを解錠した。

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