第753話 室矢くんガチギレ、欲張りセット(後編)

 射撃場の2階。

 その壁につけられた、人が通れるぐらいの通路である、キャットウォーク。


 明らかに異常な様子のスナイパー、太田おおたは、白い目で、人質の若い女を掴んだまま、立っている。


 周囲の警官隊は、銃口を向けるも、膠着状態。


 交渉人が、必死に説得している。




 ――観戦室


 室内で、アラームが鳴り始めた。


 女の声による、アナウンス。


『非常事態が発生しました! ご来賓の方々は、安全が確認できるまで、今しばらくお待ちくださいますよう、お願い申し上げます。警察官の誘導に従い、勝手な行動を慎んで――』



 最初は、何らかの演出だと思ったが、こちらも異常を察知。


 VIPの護衛は、それぞれに、スーツの内側から拳銃、サブマシンガンを抜き、安全装置を外した。

 上のスライドを半分だけ後退させて、中の初弾をチェック。

 

 対象を囲み、防弾仕様の車を手配しつつ、外へ――


 内側のドアノブを動かして、ガチャガチャと鳴らしつつ、叫ぶ。


「Locked!(施錠されている!)」


 イラついたSP(セキュリティ・ポリス)が、ドアへ銃口を向けた時に、別の国のSPが叫ぶ。


「Stop! it ricochets!(止めろ! 跳弾する!)」


 それを聞いたSPは、かろうじて、自制した。


 こんな場所で撃ったら、壁や天井で、銃弾が跳ね回ってしまう……。



 制止したSPが、ホルスターに銃を収めた後で、近寄る。


「Let me see. ...... fu○k you! Don't use the latest model only in these places.(見せてみろ。……くそったれ! こういうところだけ、最新型を使うんじゃねえよ)」


 2人のSPが、あーでもない、こーでもないと、解錠を始めた。


 この状況で、待てばいいのか! と考える人間は、精鋭とは言えない。


 警察のスナイパーが、無警告で、室矢重遠しげとおを撃ち抜いた。

 ならば、彼らは敵と考えて、当たり前。


 敵の言うことを信用する奴が、どこにいる?




 離れた場所で集まっている女子たちは、不安げな顔。


 テレポートの異能を持つ、エリザヴェータ・スタヴィツカヤが、自分の女主人であり、USからの留学生、ヴェロニカ・ブリュースター・モリガンを見た。


 けれど、彼女は、首を横に振る。


 もう1人のミレーユ・デ・ブルーシュが、テレパシーを使ったのを確認してから、念話。


『いつ、動きますか?』


『この部屋が襲われたら、丸ごと! 移動している場合は、私と周りだけね。……やれる?』


 こくりとうなずいたエリザヴェータは、緊張した様子だ。



 いっぽう、南乃みなみの詩央里しおりは、室矢むろやカレナを見た。

 

 カレナが、答える。


「かなり珍しいところを引いたな……。前に、紫苑しおん学園の大峰おおみねひかりを助けた時のこと。まだ、覚えているか?」


「ヴィジャ盤の……悪霊に憑かれた件でしたっけ? ずいぶん、懐かしい話ですね」


 首肯したカレナは、事もなげに、教える。


「あの時の、外なる神アジュートスに願う、うじの集合体に成り果てるか、ゾンビになる儀式と、同じだ! どうやら、『妖範ようはん貴種きしゅ』の完全版が、あったようじゃ……」


 室矢重遠を撃ったスナイパーは、まさに、ウジの集合体だった。


 となれば――


がいるのですね? それも、手下として、操れるほどの力量で……」


 詩央里は、冷静だ。


 以前の……ベルス女学校を拠点にしていた女魔術師の時とは、まるで違う。


 当然だ。

 今の彼女は、単身でも、今回の魔術師を殺せるのだから。


 周りの被害を気にしなければ、の話だが……。



 カレナは、同意する。


「ああ……。どうせ、重遠が狙いだ。下手に動けば、他のゾンビに囲まれるからな? 今は、部屋の外周に沿って、空間を切り取っているのじゃ! とりあえず、留学生たちに、自国のVIPを説得させろ。変にパニックを起こすほうが、よっぽど怖い」


 頷いた詩央里は、知り合った留学生に、話しかける。

 幸いにも、彼女たちは、カレナの力も知っているため、素直に応じた。


 それぞれに、警察や軍、外交官の集まりへ近づき、カレナのほうを見ながら、彼女がネイブル・アーチャー作戦で戦っていたことを告げる。


 カレナは、半信半疑という雰囲気を感じて、立ち上がった。



 真っ先に応じたのは、彼女と縁が深い、ユニオン。


 留学生のジェニファー・ウィットブレッドも協力して、他国を説得。




 不承不承だが、各国のVIPは、移動を諦めた。

 カレナによる空間の固定を知らずとも、解錠できないことは、分かる。


 外からの攻撃を恐れて、大半が窓から狙撃されない位置だが、一部は、豪胆にも見学中。


 モニターはまだ外を映しているが、もっと情報が必要だ。


 誰が、どれぐらい、攻めてきたのか?

 安全なルートは、どこか?


 それらをリアルタイムで得なければ、生き延びられない。



 説得に付き合った詩央里は、静かに紅茶を飲んでいるカレナに、尋ねる。


「各国の部隊は?」


「自分のところの非戦闘員を守りつつ、安全な場所まで退避して、様子見だ。上の指示か、救援要請があれば、ここへ突っ込んでくるだろう。各国のVIP本人が、『ひとまず、安全だ』と知らせたから、よっぽど大丈夫じゃ! ちゃっかり、実弾を持ち込んでいたとは、用意がいいと言うか、何と言うか……」


 苦笑しながら答えたカレナは、振り返った。

 すみにいるVIPの盾となったSPが、スリングで下げた、小型のサブマシンガンを持つ。

 

 だが、そちらではなく、内廊下が気になるらしい。



 それを見た詩央里は、質問する。


「何人……汚染されましたか?」


「そこの内廊下で、5人ぐらいかな? ゾンビパニックにしては、統制がありすぎる……。魔術師を仕留めたら、私が消滅させておく」


 

 警視庁のキャリアが、近づいてくる。

 威圧感を与えないためか、スーツ姿の女だ。


 さっきまで、無線や、内線に、かじりついていた。


「あの……。室矢家の人たちね? ここにいる方々を移動させたいのだけど――」

「したければ、すれば、いいだろう?」


 座っているカレナは、冷たい視線だ。


「この茶番に付き合った重遠を狙撃したこと。もう、忘れたか? まさか、『今は非常事態だから、各国に顔が利くことで、避難誘導に協力してくれ』とは、言わんよな?  いきなり撃たれたら、たまらんのじゃ!」


 周囲の女子たちも、とがめる雰囲気だ。


「それは……いえ、何でもないわ。ごめんなさい」


 分が悪くなったキャリアは、離れた。



 息を吐いたカレナは、射撃場のほうを見て、満面の笑みになった。


 立ち上がり、防弾仕様の窓の傍で、立つ。



 付き添った詩央里は、同じように、射撃場で行われている、人質解放の交渉を見た。


「そろそろ、ですかね?」

「ああ……。重遠は、この対戦を続けていて、気が立っている。そのうえ、いきなりの狙撃で、頭を吹き飛ばされた。2アウトだな」


 恐る恐る、窓際へ来た留学生たちは、射撃場のほうを見た。


 すると……。



『助けて――』


 ウジ人間に捕まった女が叫んでいる間で、後ろから蹴り飛ばされた。


 キャットウォークから飛び出し、つかんでいた男と一緒に、下の床へ叩きつけられる。


 偶然にも、男が下敷きとなり、女のほうは、無事だった。


 けれど、人を形成していた、白い物体が無数に飛び散り、ひどい惨状だ。



『いい加減にしろよ、お前……。やれやれ、まだ普通の人間の振りか?』



 和装になった重遠が、女のいたキャットウォークに、立っている。


 下で、倒れたままの女を見下ろし、呆れたように、吐き捨てた。



『っ! 動くな!!』

『殺人の現行犯で、逮捕する!』


 呆然としていた、狙撃チーム、日本警察のSWATスワット(スペシャル・ウエポン・アンド・タクティクス)は、重遠に銃口を向けるも――


 ギィイイッと、きしむ音の直後で、全ての銃が、内側へ潰れた。

 まるで、硬貨のように。


『な!?』

『くっ! ……拳銃もか!?』


 ホルスターから、別の銃を抜こうとするも、潰れた後だ。



 重遠の御神刀を完全解放した、万海ばんかい海闊万象かいかつばんしょう


 手に刀を持っていないため、警官隊は、全く理解できず。


 水深1万mの圧力だけが、絶対的な力を示した。



『死んだ振りを続けるのなら、これでお別れだ。……業炎軻遇ごうえんかぐ


 人差し指をグルリとしただけで、小さな物体が飛散して、白いラグのようになった場所の女を中心に、円を描く炎が生まれる。

 それは、瞬時に内部へ広がり、火柱が屋内の天井へ届かんばかりに。


 自然現象を無視した、神秘的な色だ。

 他に延焼せず、怪異だけを狙う。


 詠唱なしの巫術ふじゅつを受けた女は、その直前に、両手で跳ねて、その範囲から逃れた。


 ダンッと、着地しつつも、苦々しげに、キャットウォークに立つ重遠を見上げる。


『死に損ないが……。狙撃を回避したぐらいで……。「百鬼夜行を止めた」と聞いたが、千陣せんじん(流)も、大した事がないのだな!? 魔術も使えると――』



「あっ!」


 見学しているカレナは、小さく、声を上げた。


「これって……」


 詩央里も、気づいた。



 周りの女子たちは、気になって、仕方ない。


 USのヴェロニカ・ブリュースター・モリガンが、代表として、尋ねる。


「詩央里。ど、どういう事なの?」


 振り返った彼女は、困りながらも、説明する。


「つまり……。何というか……。若さまガチギレ、欲張りセットです」


「は?」


 ヴェロニカは思わず、間抜けな声を上げた。


 揶揄からかっているのか? と思ったが、詩央里は、真剣な表情だ。

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