第731話 四大流派の罪と存在しない『千陣重遠』ー②
「その……僕は、
キャアァアアッ!!
遠くから、人の叫び声が、聞こえた。
それも、1人や2人ではなく、大勢だ。
異変を感じた
控室のドアの横に立ち、片手で、ノブを握る。
「勇? 式神は、連れてきた?」
「う、うん。
何もない空間に、頭に角が生えた男が、現れた。
他のゲストを驚かせないためか、高級スーツを着ていて、なかなかにシュール。
肌色の鬼である、星熊
「
いかにも知性を感じる、端正な顔だが、恐怖に歪んでいる。
年齢不詳の、乙女ゲームに出てきそうな雰囲気でも、開いた口には牙。
勇は、不安になって、自分の護衛に尋ねる。
「お前でも……ダメか?」
首肯した星熊童子は、焦った様子だ。
「ああ! 今すぐに、少しでも遠くへ逃げないと……。あんたが、千陣流のボスだ。他の奴らは、替えが利くのだから――」
「私……
言うや否や、雅は、ドアを開き、内廊下へ走り出す。
「待って! 和眞は――」
ギャアアアアァッ!!
開かれたスペースから侵入した絶叫は、勇から、訂正する機会を奪った。
代わりに、星熊童子が、勇に叫ぶ。
「若! とにかく、逃げる……おい! 若!? 待てええぇええっ!」
使役する立場としての権限により、星熊童子を霊体化させた後で、勇も走り出した。
早く……早く、雅に伝えないと。
いたる所に妖怪がいて、倒れた人間を食らい、あるいは、啜っていた。
中には、妖怪同士で、殺し合いをしている場も。
勇は、和服の第一礼装で、
「ハアハアッ……」
無意識に、両親がいるはずの、イベントホールを目指す。
なぜだろう?
頼りになる両親に、言うためか?
冷静さを失っていた。
そう言うのは、容易い。
けれど、さっきまで四大流派の代表として、歓談中の人々が、そのスーツやドレスを自身の血や臓物で汚したまま、食われているのだ。
正気でいたほうが、発狂したに違いない。
「父さん……父さん、どこ?」
何度も妖怪に見られたが、なぜか、勇は襲われなかった。
気紛れか、すでに食事中だから、後にとっておくつもりだったのか……。
イベントホールだ。
そこは、もっとも凄惨で、多くの妖怪たちがいる場所。
「父さん! み、雅が! 和眞が来ていなくて、それで、それで……」
返事はない。
そこにいるのは、確かに、勇の父親だった。
傍には、母親もいる。
「は、早く、見つけないと! き、危険だから……」
呼吸が落ち着いてきた勇は、ようやく、気づいた。
自分の両親が、すでに死んでいることに……。
「アアアァアアアアアアッ!!」
イベントホールに、勇の絶叫が響き渡った。
それを聞きつけた妖怪たちが、一斉に注目する。
すぐ傍にいる1匹――まさに、勇の両親を食っていた奴ら――が立ち上がり、手付かずのご馳走に爪を振るおうとするも、唸りを上げる剛腕によって、頭部を砕かれながら、吹っ飛ぶ。
それを成したのは、高級スーツを内側から破り、本来のパフォーマンスを発揮する星熊童子だ。
肌色のため、プロレスラーのように、思える。
「若! おい、しっかりしろ!! ここから逃げる……チイィッ!」
新たな強敵の出現で、周りの妖怪たちが、狂喜しながら襲ってくる。
その対処に追われ、呆然自失の勇を守るのが、精一杯だ。
せめて、もっと式神がいれば、良いのだが。
他の四大流派に配慮して、最小限の護衛だった。
勇を連れて逃げるためにも、全力は出せない。
余力を残しておかなければ……。
「…………星熊?」
我に返った勇が呼びかけたら、床に倒れた星熊童子は、息も絶え絶えに、言う。
「せ、千陣流を絶やさぬため、に、逃げ……ガアァアアッ!」
妖怪に急所を食いちぎられた星熊童子が、断末魔の叫びを上げた。
最後のチャンスを逃した勇は、その場に座り込む。
「あ、あああ……」
自分が殺されると、理解しつつも、身体が動かない。
現実味がない。
まるで、夢のようだ。
いや、実は夢の中で、目が覚めたら、いつもの退屈な日常が始まる。
そうに、違いない。
そうであって、欲しい。
定例の四大会議で、こんな事が、あるはずが……。
「そうだ。これは、夢だよ……。千陣流の次期宗家である僕が、こんな目に遭うはずが……」
座り込んでいる勇は、泣きながら、
『クケケケッ! ……ボゲエエッ!?』
その勇に噛みつこうとした妖怪は、いきなり四散。
血煙を浴びながらも、勇は、驚いて、そちらを見る。
「お主……。千陣流の宗家と、言われたか?」
妖怪だらけの地獄絵図に、
すっくと立ち、全く怯えずに、スタスタと歩いてくる。
その左腰には、別々の角度を向く、二刀。
勇は、千陣流の増援だと、思った。
「は、はいっ! 次期宗家の千陣勇です!! た、助けてください!」
傍で立ち止まった武士は、笑顔のままだ。
「今はお主が、千陣流の宗家だと、思うがな?」
「え、えっと……。どちらの隊ですか? と、とにかく、僕と、もう1人を……」
困惑した勇が尋ねたら、その
「ああ! これは、申し遅れた……。私は、この妖怪の軍勢を統べる魔王……」
――
「え?」
勇は、それだけ言って、混乱する。
現代では異質な格好だが、それでも、見た目は人間だ。
五郎左衛門は、ゆっくりと、自身の刀に、両手を伸ばす。
「先ほどは、配下の者が、大変失礼した! 四大流派の1つ、その大将首に対して、粗雑な扱いをするとはな……。まったく、嘆かわしい」
言いながらも、抜刀していく。
ギラリと光る刃は、勇の死を告げる。
両手で
「お主も、構えるがいい……。式神でも、妖刀でも……」
絶望した勇は、ただ泣いて、
結果的に、座ったまま、首を垂れることに。
それを見た五郎左衛門は、天井を仰いだ後で、視線を戻す。
嘆息しながら、呟く。
「うむ……。
戦いに備えた握りから、切り替える。
刃を下に向けて、そのまま、スススと、位置を変えた。
両足の位置を決めた五郎左衛門が、介錯のように、両手で握ったまま、円を描きつつ、八相に立てた時――
稲妻のような光が、横から飛んできて、彼を襲った。
全く焦らず、八相の構えから受け流した五郎左衛門は、両足で着地した人物を見て、笑みを浮かべる。
「お主が、天から降臨した女神か……。なるほど。人の身に、収まっている……。これは、興味深いな」
抜き身の刀を持ったまま、しげしげと眺める、五郎左衛門。
いっぽう、瞬く間に移動してきた少女は、ボロボロで、返り血がついている巫女装束のままで、握っている
「これも、ダメか……」
惜しげもなく、ポイッと捨てて、腰に差している、別の刀を抜いた。
その間に奇襲するでもなく、のんびりと見ている、五郎左衛門。
「今のは、
言い終わった後で、笑顔のまま、首を
「肝心の武器が、それではな? 御神刀を持ち出さなければ、私は倒せんぞ?」
「うるさい!!」
図星を指されたのか、松川雅は、声を荒げた。
理解できない表情で、五郎左衛門が言う。
「お主であれば、もっと強大な巫術も使えたろうに……。なぜ、自ら封じた? ……こやつを助けるためか! 初手で、この会場ごと潰せば、あるいは、私に手傷を負わせられたやも知れぬのに」
肩で息をしながら、雅は、言い返す。
「今の状態でも……余裕よ!」
ゆったりと構えつつ、五郎左衛門は、指摘する。
「この社会に合わせて言えば、『MPが足りない』という状態か? フフ。もはや、先ほどの雷撃のような状態ですら、限られた時間だろう。そこの
呼吸が落ち着いてきた雅は、何も言い返さず、両手で御刀を握り直した。
切っ先を下げつつ、自身も低い姿勢。
ひょっとして、僕のせい?
九条和眞がいると、言ったから。
その後に、こんな魔王がいる場所へ、ノコノコ来たから……。
ガタガタと震える勇は、自分のワガママのせいで、初恋の相手とも呼べる女子を危険に晒したことを理解した。
もはや、力尽きて倒れる寸前の雅が、目の前に立つ魔王を倒すしか、2人が助かる道はない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます