第730話 四大流派の罪と存在しない『千陣重遠』ー①

 俺たちは、ようやく、最後のピースを埋めた。


 松川まつかわみやび



 かつての桜技おうぎ流が、神の降臨に成功した、第十五回 降神祭儀。

 これは、19年前の『京都の四大会議』より古く、F県の古代祭場で行われた。


 天からの太い光の中で、犠牲になった『祈り巫女』の血肉を使ったのか、1人の少女が自分の両膝を抱き抱えたまま、ゆっくりと、下りてきたそうだ。


 崖から突き出した、踊れるだけの足場となっている、石舞台へ……。



 祈り巫女たちの血で、赤黒く塗られた、呪われているであろう場所を忘れるほどの、神々しさと共に。


 その圧力に耐えかねたように、石舞台は外周から次々に凹んでいき、すり鉢の形になった。


 現代の神は、人の身で、降臨したのだ。


 松川雅という名を与えられ、降神祭儀の首謀者である武羅小路むらこうじ家、天衣津てんいつ家の庇護下……実質的には、監視下へ。


 桜技流の咲耶さくやに仕える、筆頭巫女の代わり。



 その禁足地で暮らす、松川雅。


 彼女は、誰とも会わず。


 存在して、子を産むだけで、降神祭儀を実行した名家に、富と繁栄をもたらす。



 はずだった……。




『すまない……。人がいるとは、思わなかったんだ』

『ご、ごめんなさい……』


 中学生の男子が、2人。


 神社らしき建物の縁側に座って、足をブラブラとさせている少女は、肩にかかるぐらいの茶髪を靡かせながら、琥珀こはく色の瞳を向けた。


『別に、構わないわ! ずっと、退屈していたから……』



 全ては、ここから始まった。



 ・

 ・・・

 ・・・・・

 ・・・・・・・


 山中にある、神社。


 そのやしろにいる少女は、ニカッと、笑った。


「いいわよ! 他の連中が騒いでも、私が黙らせるから! ……大丈夫よ、ロク」


 その言葉で、地面で胡坐あぐらをかいていた、黒い巨人は、6本の腕を下げた。


 縦二列にある、6つの金色の目が、瞬く。




「へー! あなた達、千陣せんじん流の偉い人なんだ!」


 松川雅は、その美しい顔で、笑った。


 いっぽう、メガネをかけた少年は、改めて自己紹介する。


「ああ……。僕は、九条くじょう家の者だ。九条和眞かずま……。こちらは、僕たちがお仕えする、次期宗家だよ」


 視線を向けられた少年は、おどおどしながら、自己紹介する。


「じ、次期宗家の……千陣ゆうです」


 

 3人は、同年代とあって、すぐに打ち解けた。



「それにしても、けっこう格が高そうな怪異だが、君の言うことを聞くんだね?」


 男子中学生とは思えない、低いイケボで、和眞が尋ねた。


 元気そうな雅は、明るい声で、答える。


「もちろん! 最初は警戒していたけど、餌付えづけしたら、なついたの!」


 笑った和眞が、自分の感想を述べる。


「なるほど……。君でなければ、手懐けられなかっただろう。……そう睨まずとも、僕が同じことをする気はないよ?」


 相変わらず、地面に座り込んでいるロクは、その巨体のままで、プイッと、金色の目をらした。



 お互いに立場があるだけに、忌憚きたんなく話せる機会は、この上なく貴重だ。



「それでね! この前に食べた――」

「だったら、僕も――」


 

 けれど、男女がいれば、そこには、感情も入ってくる。


 松川雅と九条和眞が楽しげに話している傍で、不満げな千陣勇。


 ここで、2人が気づいたら、あるいは、その後の悲劇を避けられたのだろうか?




「恐れながら、申し上げます……。どうか、これ以上の雅さまへの接触は、ご遠慮くださいますよう……」


 地面で土下座したのは、桜技流の暗部である、烏衆からすしゅうの1人だ。


 目だけ見える、忍者の姿で、腰の後ろに、短い脇差わきざしのような刀を差しつつ、頭を下げる。


 烏衆の中でも、頭目のようなポジションであろう男は、頭を擦りつける土下座をしたままで、訴える。


「これ以上は、報告せざるを得ません……。何卒なにとぞ、よろしくお願いいたします」



 ここに至り、3人の親交は、終わりを告げた。



「次の四大会議に……雅が来るのか」


 独白した千陣勇は、板張りの廊下を歩いてきた九条和眞に、話しかけられる。


「何か、あったのかい?」


 振り向いた勇は、親友に告げる。


「いや……。何でもないよ、和眞……」



 歩き去る親友を見送った勇は、独白する。


「次に、雅と会った時には……」


 握りしめたこぶしは、決意を示す。



 この時の勇は、千陣流を背負う次期宗家ではなく、年相応の顔だ。


「分かっている……。僕が、相手にされていないのは……」



 勇気を振り絞り、告白しても、気まずそうな雅に、断られるだろう。


 だが、ケジメをつけたい。


 次期宗家として、政略結婚を強いられる前に……。



「これが終わったら、次期宗家の立場へ戻ろう。だから……」



 四大流派の1つを統べる存在でありながら、何1つ、自由にならない身の上。


 だからこそ、普通の中学生としての感情は、大事にしたかった。

 自分の立場への、ささやかな抵抗でもある。


 思春期の終わりを告げる、ただの1ページ。


 いずれにせよ、九条和眞とて、松川雅と結ばれないのだ。



 ならば、次期宗家の立場を活かし、邪魔が入らない環境で、彼女に告白するぐらい……許されるだろう?


 たとえ、それが、報われないとしても……。




 ――19年前の、『京都の四大会議』


 いつもの光景で、それぞれの代表が、社交辞令の挨拶から、交渉を始めている。


「ハハハ……」


「今度、そちらとの共同事業で――」


 日本の裏側を支配している面々だけに、見合った料理が並び、凝った内装だ。


 大規模なイベントを行えるホールの中で、立食パーティーの形式。

 正装をしている参加者は、全体の司会が終わった後に、フリータイムを満喫する。



 その時、エントランスに、初老の男が、姿を現した。


 かみしもの姿をした武士で、脇差と刀の、二刀差しだ。

 その柄頭つかがしらは、違う方向を向いている。


 笑顔の受付スタッフが、問いかける。


「千陣流の方でしょうか? 失礼ですが、招待状をお願いします」


 時代劇から抜け出てたような、初老の武士は、両手を下げたまま、受付スタッフのほうを見た。


山本さんもとだ……。この四大会議に、天から降臨した女神がいると、聞いてな?」


 笑顔のままで、受付スタッフが、繰り返す。


「招待状を、お願いします……」


 警備中の人間が、それぞれの武器に、手を添えた。


 山本と名乗った男は、微笑みながら、フルネームを名乗る。



「山本、五郎左衛門ごろうざえもんだ……。妖怪の軍勢、その代表として、まかり越した」



 警備の異能者たちが、武器を抜く。


 それを見た受付スタッフは、毅然きぜんと告げる。


「招待者ではないと、判断いたします……。そちらの二刀を警備の者に、預けてください」


 近づいてくる警備に構わず、五郎左衛門は、静かに問い返す。


「刀は、武士の魂だ……。それを知っていての、狼藉ろうぜきか?」


「警備に、武器を預けてください」


 その返事を聞いた五郎左衛門は、両手を刀のさやつかに、添える。


「手を降ろせ!」

「従わねば、命の保証はできない!」


 武器を構えつつ、最後の警告をする、警備スタッフ。



 ところが、気づいたら、五郎左衛門は両手で、刀と脇差を抜いていた。


 血がしたたり落ちる刃は、鈍い光を放っている。



 二刀差しの場合、鞘送りをしなければ、刀を抜けない。


 正面で交差している脇差が、邪魔になるから。



 刀の鞘は、前に出されている。


 右手に刀、左手に脇差を持つ五郎左衛門は、歩を進めた。



 遅れて、包囲していた警備スタッフの体から、血が噴き出る。


 事態を理解できず、呆けたままの受付スタッフは、一瞬で通りすぎた五郎左衛門の刃によって、首から噴水のように、血を出した。


 ドサリと、倒れ伏す。



「では、勝手に入らせてもらおう……。皆も、来るがいい」



 五郎左衛門の許しを得て、影から妖怪たちが、湧き出てきた。




 ――イベントホールから少し離れた、控室


 呼び出された松川雅は、きらびやかな巫女の服装のまま、後ろで手を組んだ。


「それで、用事は?」


 同じく立ったままの千陣勇は、緊張した様子だ。


 なかなか、口を開かない。



 溜息を吐いた雅は、世間話のつもりで、喋る。


「和眞は、来ているの? 九条家は、十家の1つだから、次期当主として、おかしくないと思うけど……」


「あ、ああ……。和眞は……ホールで、挨拶をしているはずだ」



 この場面ですら、あいつの名前か……。


 勇は思わず、嘘をついた。


 そして、これは、さらなる悲劇を招く。

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