第717話 メンタルヘルスを怠った結果

 とある大学の、医学部キャンパス。

 知的な雰囲気だが、妙にピリピリした学生ばかり。


「解剖実習、どーよ?」

「次の休みが、なくなったわ……」

「もう、英語は見たくない」


「過去問、やっておくか……。講義のレジュメ、ある?」

「またか? しょうがないな……。今度、飯でも奢れよ?」



 他の学部がないことで、すれ違う学生たちが、ジロジロと見てくる。


 声をかけてくる学生は、皆無。

 こいつ、年下っぽいのに、挨拶しないな? といった雰囲気だ。


 首をひねっている様子から、正体を掴みかねている感じ。

 隣の友人に聞いて、そちらも、知らない、と返事をする流れ。


 忙しいようで、バッグを下げたまま、自分の用事に戻っていく。



 ここには、多くのビルが、立ち並んでいる。


 管理棟、診療棟、外来、基礎研究、病棟……。


 実習を兼ねて、総合病院まである。

 それに、各分野の研究センターが、デンと、そびえ立つ。


「どこにいるんだよ、高蛇たかだ『准教授』……」


 日差しが柔らかくなってきた中で、立ち止まった。


「誰か、探しているの?」


 1人の男子が、声をかけてきた。


「はい。高蛇『准教授』の居場所を探していて……」


「その先生だったら、研究棟の自室か、生命研究センターにいると思うよ? 講義中か、病院や、出先かもしれないけど」


「助かります。ありがとうございました」


 それを聞いた男子は、片手を上げて、立ち去ろうとしたが――


「高蛇先生……。そういえば、受け持ちをすっぽかしたとかで、周りが血相を変えていたな? ちょうど、国際空港の近くにある総合病院が、黒い円柱になった時ぐらいから……。君も、ニュースで見たよね? 何か、知ってる? ひょっとして、その関係で?」


「いえ。しばらく泊まり込むから、着替えや、差し入れを持ってきただけで……」


 納得した男子は、今度こそ、立ち去った。



 ◇ ◇ ◇



 ピー ガシャッ


 白が目立つ空間で、研究用と思われる機器が、上から液体を注いだ。


 それを確認した、白衣の人が、新しい容器のトレイに、差し替える。



 見るからに、医療系の研究で、ガラス戸の中には、消耗品の箱や、未開封のガーゼなどが、積まれている。


 現在は、何をするにしても、データ処理だ。


 一定間隔で置かれたモニターと、入力用のキーボードにも、別の白衣が、向かっている。



 ジャキッ


 解錠されて、白衣を着た男が、入ってきた。


 そちらを見た全員が、口々に、挨拶をする。


「こんにちは」

「お疲れ様です……」


 しかし、その人物は、にこりともせず、無言のままで、スタスタと歩く。


 別に珍しいことではないため、研究員は、自分の作業に戻る。



「君……。賀茂かもくんは、どこにいるかね?」

  

 話しかけられた研究員は、覗き込んでいた顕微鏡から目を離して、困惑する。


「賀茂……ですか? ええっと……。この研究室には、いないと思いますが……。所属を教えていただければ、呼び出しをかけます」


「そうか……。いや、それはいい」


 入ってきた男は、真顔のままで、研究員に答えた。


 その時に、ジャキッと音が鳴り、誰かが入ってくる。



 どうやら、偉い人のようで、全員が立ち上がり、深くお辞儀をした。


「「「お疲れ様です!」」」


 しかし、こちらも、返事をせず、真顔の男へ近づく。


「高蛇くん! 君はいったい、何をやっているのかね!? 准教授でありながら、自分が受け持った仕事を放り出すとは――」


 スッ


 洋画でよく見かける、9mmのセミオートマチック。


 黒色のそれを右手で持ち、左手を上に添えて、後ろへ引いた後で、離す。


 シャキンと、初弾が装填された。



 高蛇は、真顔のままで、右手だけの構えへ。


「お前が、敵か?」


「た、高蛇くん? 君は――」

 パンッ


 映画とは違い、爆竹を強くしたような、乾いた音。


 横から弾き飛ばされた空薬莢からやっきょうが、何かに当たって、ゴンッと、音を立てた。


 

 説教していた人物が、ドサッと、倒れる。



 ピー ガシャッ


 研究用の機器が、上から液体を注ぐも、規定量に達していて、あふれ出た。



「キャアアァッ!」

「え? え?」

「……嘘だろ?」


 見守っていた面々が、一斉に騒ぎ出す。


 本能的に、高蛇を見たままで後ずさるか、一部は出口へ走る。



 高蛇は、セミオートマチックを片手で構えたまま、近くにいる人間から、狙いを定めて、発砲する。


 室内に、耳が痛くなるほどの音が、続いた。



 ◇ ◇ ◇



『本部より各員へ! ――大学の医学部キャンパスにて、傷害、または、殺人事件が発生! 最寄りの捜査員は、直ちに、現場へ急行せよ! なお、詳しい状況が不明なため、十分に注意されたし』



「こちら、マルふく15! 現場まで10分。これより、緊急走行に入る」

『本部、了解』


 助手席の安里あさとメリッサが腕を伸ばし、マグネット式の赤ランプを屋根につけた。


「いいよ!」



 ウ――――


 お馴染みのサイレンを鳴らしながら、稲村いなむら奈央なおは、アクセルを踏み込んだ。


「まったく! これで、私たちが訪ねる准教授が犯人だったら、笑えないわよ!!」


「それより、毎回つけたり外したりが、面倒……」



 ◇ ◇ ◇



 上部のスライドが後退したままで、止まった。


 それを見た高蛇は、空マガジンを下に落としつつ、新しいマガジンを入れる。


 音を立てて、スライドが戻った。


 射撃可能。


 真顔のままで、次のターゲットを探す。




 誰かが、壁にある、緊急用のボタンを押したようだ。


 ヒィーン ヒィーン


 異常事態を示す音が、鳴り響いている。



「おい! どうして、出られないんだよおおお!?」


 内側から、ガチャガチャと動かすも、内廊下へ続くドアは、開かない。


 そういう仕様か、あるいは、単なる故障か。


 いずれにせよ、拳銃を持った殺人鬼と一緒に、閉じ込められたわけだ。



 ダアンッ


 より重い発砲音が、室内に響いた。


 

 思わず目をつぶるか、その場でしゃがみ込む、もしくは、身を固くするだけ。


 しかし、今度は、高蛇がグラリと、よろめいた。


 右肩を撃たれたようで、右半身のような姿勢へ。


 その衝撃で、セミオートマチックを手放した。


 拳銃は、宙を舞った後に、ガシャリと落ちる。



 短めの2.5インチで、コンバットマグナムを両手で構えている男は、高蛇に銃口を向けたまま。


「両手を上げて、ひざまずけ!」


 いるはずがない人物に、高蛇を除いて、全員が驚いた。


 よく見れば、高校生ぐらい。



 しかも、違う場所で倒れた、最初に高蛇をなじった男が、彼の傍に座っている。


「き、君は?」


 左手を外し、腰のベルトに挟んでいた手帳を上下に開き、見せた。


「警察です! 立てますね? ……すぐに、部屋から出てください!」


 ペタペタと、自分の正面を触っていた男は、撃たれたが無傷であることに、驚いた。


 しかし、この男が刑事であるのなら、とにかく、避難しなければ。


「わ、分かった! 君たち、早く出たまえ!!」


 ドアの前に立ったままの人間が、叫ぶ。


「だから、出られない――」

「もう1回!」


 刑事に命令されて、反射的に取っ手を握れば……。


 ガチャッ


「で、出られる! 逃げられます!!」


 言うが早いか、真っ先に、姿を消した。


 それに続く、研究室のメンバー。



 パンパンパン



 高蛇が連射したことで、身を低くしながら、出口へ殺到する。


「ひいいいいっ!」

「いやああっ!」


 10発は撃ったのに、部屋は無傷だ。


 そのことに、首をかしげる高蛇。



 発射された銃弾を全て消した室矢むろや重遠しげとおは、コンバットマグナムを両手で握る。


「跪けと、言っているだろ?」


 重い発砲音で、高蛇が持つセミオートマチックが、壊された。



 すると、壁が壊され、1人の大男が、乱入してきた。


 秋とはいえ、コートを着込み、軍用のブーツを履きながら、ドシンドシンと、重遠のほうへ近づいてきた。


 夜道で会ったら、絶対に道を譲るレベルだ。


 青白い肌と、白い眼は、どう考えても、死んでいる。



 重遠は銃口を向けて、残り4発を叩き込んだが、グラリと揺れただけ。


 感触から、防弾装備か、死人だから、あまり効いていない感じ。


 どうやら、僵尸ジャンシー使いの手先だ。



 シリンダーを横に出して、排莢。


 6つの空薬莢が、重力に従う。


「それじゃ、次は、これでいきますか……」


 重遠は、ポケットから1発だけ取り出し、ハンマーを上げた時に、撃てる位置へ差し込み、シリンダーを戻した。



 ダアンッ


 ムキムキマッチョの大男は、ピタリと立ち止まり、棒立ちのままで、前に倒れた。


 重遠は、凄まじい音と風を感じながら、シリンダーの形に合わせて配置されたムーンクリップで、六発を入れ直す。


 シャキッと、シリンダーが戻った。



 改めて銃口を向けるも、大男は、ピクリとも動かず。


 霊力の流れを狂わす弾丸は、こちらにも有効か……。



 高蛇は、今の間で、逃げていた。



「また、あいつを探すんかい……」


 右腰のホルスターに銃を仕舞った重遠は、げんなりした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る