第716話 数少ない手掛かりを追う、室矢家と警察サイド

『東京の国際空港に新設された、近未来のオフィスビルたちは、この異様な光景に呑まれたように、静まり返っています! ご覧ください!!』


 現地のリポーターが、指差した先には――



 真っ黒で、巨大な円柱があった。



『少なくとも、昨夜のうちに作られたようで、内部にあるはずの総合病院は、全く見えません! 機動隊がグルリと囲んでいますが、突入する気配はなく、公式発表でも、その時刻は未定と――』



 俺たちが見ている画面では、リポーターが喋り続けている。


 いったん、消音に。



 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館の会議室に集まった面々は、それぞれに、息を吐いた。


 昨夜、いきなり呼び戻された俺は、室矢むろやカレナに言う。


「じゃ、説明しろ」


 首肯したカレナは、座ったままで、口を開いた。


「あの総合病院だが……。天野あまの領持りょうじは、アン・賀茂かも・クロウリーの行方を知らず、それでいて、連続失踪の犯人だった。最初は、医師としての使命感で、『使える手段を使った』のだろう。けれど、その実績で、どんどん祭り上げられ、続けざるを得なかったのじゃ! 錬金術を知らなければ、普通の医師だったろうに……」


「奴が足を踏み外した経緯は、どうでもいい。俺を呼び戻した理由を言え」


 俺の突っ込みで、カレナは、本題に入る。


「どうも、僵尸ジャンシー使いが、交じっていたようだ……。要するに、東洋の死霊術の使い手、ネクロマンサーじゃ」


 思い返した俺は、心当たりを口にする。


「ひょっとして、東洋人の爺か?」


「当たりだ……。お主が領持を尋問している間に、ゾンビが増えてきてな? そのままだと、大惨事になるゆえ、あの空間を固定した。……こやつが、時間を止めている。自己紹介をしろ」



 総合病院のロビーで見かけた、西洋人の女だ。


 長い金髪を後ろでまとめて、青い瞳による、見回し。


 やはり、クラシックなワンピースだ。



「アリーチェ・デ・カロリス……。キュテラ系の超自然派で、『リパビアンカの魔女』の系譜だよ。私がいるのは教団で、今代のネーロを継ぐ者」


 言い終わったアリーチェは、空中に魔術書を召喚したうえで、それを自動で開きながら、説明する。


「黒の魔術書……。そこのカレナにお願いすることで、力を借りる。今の総合病院を停止させている儀式魔術も、同じ」


 悠月ゆづき明夜音あやねが、質問する。


「黒い円柱は……光を含めた、分子活動が止まったことでの硬化と考えて、いいのでしょうか? 中の物体や、人に対する影響は?」


 魔術書を消したアリーチェは、よく分からない、という表情のまま、答える。


「えっと……。たぶん、そんな感じ……。あまり使ったことがないけど、解除すれば、再び時間が流れるだけ」


 カレナが、説明する。


眷属けんぞくのように動く、生きた砂を用いて、巨大な魔方陣を描き、その上に円柱を作っている。内部は文字通りに止まっているから、何も心配いらん! ただし、空間を固定しているわけで、外部からの干渉も無理じゃ」


 ボリュームを戻せば、無人の作業ロボットが、黒い円柱を突いている光景に、説明が加わる。


『ご覧のように、内部には、全く入れません! 関係者が、警察に詰め寄っているものの、現場は完全な膠着状態です!』


 再び、消音に。



 ここで、若い男の声が、交じる。


「非常に申し訳ないのだが、あれ、ちょっと目立ちすぎてな? いったん、消してもらうことは、できないか?」


 真牙流の上級幹部(プロヴェータ)である、柳井やないつかさだ。


 警察のキャリアで、警視長。


 

 それに対して、カレナは、首を横に振った。


「やってもいいが、あの総合病院は、パンデミックの寸前だ! ざっと100人はいるし、今の警官隊では、そいつらも仲間入り。国際空港まで汚染されて、めでたく、日本発の世界危機じゃ!」


「ナマ言って、すいませんでしたぁ!」


 謝罪した司に、カレナが説明する。


「とにかく、ゾンビを操作している、死人使いを倒さなければ、解決しない……。次は、アン・賀茂・クロウリーに関わっていた、医学部の准教授を当たるのじゃ! おそらく、奴は、そこへ向かう」


「そいつを先に、保護しておくか?」


 司の指摘に、カレナは否定する。


「止めておけ! ゾンビが増えるだけじゃ……。それに、奴がどこまで知っているのかも、不明だ。その医学部のキャンパスを隔離することも、あり得るからな?」


 カレナは次に、俺を見た。


「そろそろ、公安の特務官と接触するぞ? 連中は、異能者の裏切り者だ。ぶつかったら、容赦するな!」


 傍観者になった司が、ぼそりと、つぶやく。


「ああ……。連中も、動いてるんか……。まあ、今動かなきゃ、存在価値がないよな」



 ◇ ◇ ◇



「手帳!」


 横一列に並んだ人間が、一斉に動き、片手で上下に開いた手帳を載せる体勢へ。


 それを見ていく人間は、たまに、位置を修正する。


「収め!」



「手錠!」


「警笛!」



「拳銃!」


 並んでいる集団が、腰のホルスターから、人差し指を伸ばしたままで、グリップを握って、抜く。


 そのまま、銃口を斜め上に向けた。


 ほぼリボルバーだが、よく見れば、微妙に違うタイプも。


「収め!」




 朝礼が、終わった。

 普通のスーツを着ている、若い女2人は、なぜか、私物のロッカーへ戻った。


 さらに、装備を取り出す。


 稲村いなむら奈央なおは、玩具おもちゃに見える拳銃。

 安里あさとメリッサは、両端に重りがついている、分銅鎖ふんどうくさり


 どちらも、警察官にしては、美人だ。


 自分の武器をホルスターに収納した後で、バンッと、ロッカーを閉めた。

 鍵をかける。


「どうして、不人気のセミオートマチックを持たされるんだか……」

「嫌がらせでしょ? 私たちは、どうせ、実弾を使わないけど」


 日本人らしい奈央に対して、メリッサは、ハーフか、外国人っぽい。



 署内を歩き、無帽の敬礼をしながら、自分たちの捜査車両の中へ。


 両側でドアを閉じた後に、話し合う。


「んで?」

は、『あの総合病院をどうにかしろ』って! もう、忘れた?」


 メリッサの突っ込みで、助手席の奈央は、ダラーンとした。


「はあっ……。ただでさえ、19年前の四大会議を追っているのに……。あんな訳の分からない状態、知らないわよ!」


「データはもらっているから、天野領持を知っている准教授に、話を聞いてみましょ?」


 エンジンをかけたメリッサは、署の駐車場から、道路へ出す。


 警察無線を聞きながら、奈央は、ぼやく。


「はぁ――っ! こんな事なら、魔法師マギクスとして働けば、良かった……」


「奈央は、そっちの学校で、やらかしたんでしょ?」


 ジト目になった奈央が、隣の相棒を見た。


「四六時中、いつも一緒の女所帯で嫌われたら、どーにもならないわよ! その点、あんたは、いいわね?」


 ハンドルを握ったままで、メリッサは、笑った。


「アハハ! 私は、フリーの退魔師だったから……。退魔師の互助会で、コネがないと、本当に使い捨て。……あ! 朝食、ここでいい?」


 奈央が同意したことで、メリッサは、ハンドルを切った。


 ファーストフード店の駐車場へ。



 店内で買った後に、わざわざ車内に戻り、ハンバーガー、ポテトを口へ運ぶ。



「辛いわねー」

「他だと、これだけ落ち着いて、食事できないけどね?」


 言いつつも、食べるスピードは速い。


「そういえばさ? 室矢むろや……ほら、例のハーレムくん」

「ああ! 色々と、うわさになっている……。それが?」


「私たち、ハニートラップを期待されている?」

「うーん……。まあ、女に甘い男だろうけど」



「高校生だから、本人はたいした事ないだろうけど。問題は、そのバック! あの悠月家が、ついているらしくて……」


「財閥の!? ワーオ! 玉だらけ!」


 奈央は、呆れたように、突っ込む。


「それを言うのなら、逆玉よ! そいつと対面した場合、どうするのか――」

「相手の出方や、実力によるわ!」


 メリッサの断言で、奈央は苦笑した。


「まあ、遭遇した時に、判断しますか……。じゃ、トイレ休憩をしたら、早く出るわよ? 次は、私が運転する」


「OK!」




 奈央は、車載のカーナビに従い、目的地の医学部へ向かいつつ、呟く。


「ねえ? どうせ、私たちは、中途半端……。家族がいないか、他人と変わらないし。警察官としても、こんな扱いばっかり! 内部の男は口説きたがるし、女は目のかたきにするだけ! 今回の山を片づけたら、どこかへ逃げちゃう?」


 冗談ではあるが、助手席のメリッサも、感慨深げに、話を合わせる。


「そうね……。奈央と一緒なら、悪くないかな? ……その時には、USFAユーエスエフエーへ行きましょう! 死んだママの母国よ。あんなに広ければ、きっと、自由に生きられる」


「でしょうね……」


 同意した奈央は、医学部のキャンパスに通じる方角へ、曲がった。

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