第712話 瞬く星々(トゥインクル・スターズ)【???side】

 大胆なデザインの、黒ドレスだ。

 それを着こなした、大人の女。


 言わば、室矢むろやカレナが、成長した後。


 女神カレストゥーナは、生き残っている3人の注目を浴びながら、2階から大きな階段を使い、ゆっくりと下りる。


 ブラッドフォード家の迎賓館。

 そのパーティー会場である、1階の広い空間へ……。



 アドラステア王女が、瞬く星々(トゥインクル・スターズ)と説明された誓約オルコスを纏い、自分を殺そうとした使用人どもを虐殺した場所。


 誰もが焼き尽くされた形で、冷静になれば、吐きそうになる、血肉が焦げた臭い。



「不愉快ですね……」



 カレストゥーナの一言だけで、床に転がる骨、焼け焦げた肉片、天井にまで付着した血痕が消え去り、花のような香りが漂う。


 磨き抜かれた床と、豪華なカーペットに立つのは、一柱ひとはしらの女神と、全ての元凶であるブラッドフォード侯爵と、その息子であるトリスタン。


 すっかり意気消沈した、アドラステアも、呆然と、彼女を見る。



「私が、ブリテン諸島の黒真珠です」



 その名前だけは、VIPならば、全員が知っている。


 おとぎ話の中の存在として……。



 社交パーティーの会場で集まったような雰囲気で、カレストゥーナが、微笑む。


「アドラステア王女殿下でんか。あなたに――」


 ・

 ・・・

 ・・・・・

 ・・・・・・・


 臣下としての会話を聞きながら、ブラッドフォード侯爵は、考える。


 こいつは、普通ではない。

 過去に会った誰と比較しても、そのオーラが異常だ。


 加えて、先ほどの誓約オルコス


 瞬く星々トゥインクル・スターズとやらは、アドラステアが借りただけ。


 そうか。

 こいつが、ブリテン諸島の黒真珠……。


 ならば――



「これはこれは! パーティーに招待した覚えはございませんが、どちらのレディでしょう?」


 ブラッドフォード侯爵が、わざとらしく、大声で呼びかけた。


 けれど、カレストゥーナは、視線すら向けず。


 無視された屈辱で、思わずこぶしを握りしめるも、彼は笑顔を崩さない。



 一瞬で、この場を塗り替えた。

 何らかの魔術、もしくは、特殊な力を使ったのだろう。


 強大な誓約オルコスと併せて、こいつに実力行使は、マズい。


 しかし、幸いにも、こいつは、アドラステアに忠誠を誓っているようだ。


 ククク。

 だったら、小娘のほうを操れば、自動的に、この力も……。



「王女殿下! 今回の件、我がブラッドフォード家の過ちでございます!! 私共わたくしどもの首では足りませんが、せめて、この話をお聞きください!」


「何ですか、ブラッドフォード侯爵? 今さ……ら」


 侯爵は、視線を向けたアドラステアに、ポケットから取り出した手鏡を見せた。


 ちょうど、彼女が自分の顔を見る構図になった直後、ぼんやりした表情に。


 すかさず、侯爵が命じる。


「ブラッドフォード家は、信用できる御家でございます! 先ほどの誓約オルコスも、ぜひ当家にお預けください。今すぐに!!」


「はい……。カレナ! 侯爵に、瞬く星々トゥインクル・スターズを渡しなさい」


 怪訝けげんな表情のカレストゥーナが振り向くも、侯爵はすでに、手鏡を仕舞っている。


 いっぽう、魅了されたアドラステアは、強く言う。


「ユニオン王家として、カレナに命じます! ただちに、瞬く星々トゥインクル・スターズを出しなさい!!」


「……はい。王女殿下」



 床に、女神が纏うべき、白い鎧が、収納された状態で、現れた。



「おお! 見ているだけで、身が震えるほど……。さて、カレナ様? 私に、この瞬く星々トゥインクル・スターズと、契約させてください」


 カレストゥーナが不審げな顔をしていたら、やはり、アドラステアが命じる。


「侯爵の言う通りに」


「……はい」



 自分の使用人たちが虐殺されたうえに、死体すら消された。


 けれど、それは、どうでもいい。


 たった今、自分は、絶対的な力を手に入れたのだ。



 ブラッドフォード侯爵は、ポケットの中で割れた手鏡の破片が、こすれる音を聞きながら、一気に畳みかける。


「ところで、カレナ様には、当家に隷属していただきたく――」


不躾ぶしつけですが、アドラステア様が、愚息に思いを寄せていること、承知しております。あちらに、寝室がございますので――」



 逃げ出さなくて、本当に良かった。


 もし、小娘が暴れている光景に怯えて、逃げ出せば、全てを失っただろう。


 ハハハ!


 困難に立ち向かえ、という、ブラッドフォード家に伝わる家訓に、感謝するぞ!!



 これまでも!


 そして、これからも!!


 この国の全ては、私の物――


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・


「アドラステア王女殿下。あなたにご心労をおかけして、大変申し訳ありません」


 カレストゥーナの謝罪で、ブラッドフォード侯爵は、混乱した。



 何だ?


 今の台詞は、前に聞いたような……。



 ブラッドフォード侯爵は、とっさに叫ぶ。


「王女殿下! む、息子とは、無事に、最後まで行えたでしょうか!?」


 ムッとした表情のアドラステアが、毅然きぜんと、言い返す。


「侯爵……。いくら、あなたでも、その発言は看過できませんよ? 次に侮辱をした場合は、ユニオン王家として、ブラッドフォード家に処罰を下します」


「はあっ!? ……い、いえ! 失礼いたしました」


 内心でパニックの侯爵は、震える手で、ポケットの中をまさぐる。


 魅了の手鏡は、割れていない……。



 今までの光景は、白昼夢か?


 ならば、もう一度、それを実現するだけのこと!!


「王女殿下! 今回の件、我がブラッドフォード家の過ちで――」




「アドラステア王女殿下。あなたに――」


「アドラステア王女殿下。あなたに――」


「アドラステア王女殿下。あなたに――」




 ついに、自分の五感を信じられなくなった、ブラッドフォード侯爵。


 彼は、ポケットから取り出した手鏡を落とした後に、膝をついた。



「い、一体……何が? 私は、何を見せられているのだ!?」



 がっくりと両手をつき、ユニオンの侯爵にあるまじき、四つん這い。


 ポタポタと落ちる汗が、大理石の床に、シミを作っていく。




『王女殿下? 国の宝物庫に、まだ金になる物は――』


『ハハハ! 経験が違いますからな! 息子よりも――』


 侯爵が顔を上げれば、自分の声と、姿が、空中に浮かぶ画面で、上映されている。



「まさか……時間が、巻き戻っているのか!?」


 両手を顔に当てた侯爵は、どことも知れない空間にいる。



「これが、瞬く星々トゥインクル・スターズの、真の力……。全てがあなたであり、そうではない……」



 いつの間にか、芸術品のような、白い鎧を身に着けたカレストゥーナが、隣に立っていた。


 恐怖を覚えた侯爵に対して、彼女は宣告する。


「あなたが見ている星々の光は、すでに切り離されたもの。同じように、この瞬く星々トゥインクル・スターズは、全ての可能性を見られるのです……。さて、侯爵? あなたには、更生を期待していません。『改心した侯爵』と入れ替え、そちらに罪を償ってもらいます。必要な知識と資料は、私が与えましょう」


「待ってください! わ、私は、どうすれば――」


 言っている間に、ゴゴゴと、空間が戻っていく。


 まるで、あのパーティー会場を組み立てているように……。




 気づけば、侯爵は、廃墟のような場所にいた。


 光や風が入ってきて、まともに住める空間とは、思えない。



「誰か、いないか! 誰か!?」


 召使いを呼ぶも、人の気配はなし。


 

 外に出て、ゴミや、座り込んだ、汚らしい人がいる、狭い道を歩き出した瞬間に――


「オラアァアアッ!」


 ドンッと、体当たりする男。


 脇腹に、熱い感触……。



「死ねやあぁあっ! この、クソ貴族がアァアアッ!!」


 

 叫びながら、何度もナイフを振り下ろす男。


 訳も分からないまま、ユニオンの高位貴族である侯爵は、その生涯を終えた。

 身に着けているものは全て剥ぎ取られ、死体は、ドブ川に蹴飛ばされる。


 この世界線は、ブラッドフォード侯爵家が、没落した後。

 

 彼には、それを知る機会すら、与えられない。




 さて、その後の話をしよう。


 アドラステア王女の縁談は、白紙に戻された。


 むろん、キャメロットの宝物庫からの横流しは、徹底的に調査され、ブラッドフォード侯爵家を始めとして、犯人は重罪に。


 すぐに追跡したが、回収できないアイテムも、多かったようだ。

 魔術師マルジンの杖を含めて……。



 数年は大人しくすることで、アドラステア王女の外出が制限されたものの、近衛騎士の張り付きは、なくなった。


 ところが、常に監視されているはずの王女が、再び、姿を消す。


 ひょっこりと戻った後で、妊娠していることが発覚。


 王族から廃嫡され、療養の名目で、修道院へ……。



 アドラステアは、専属メイドだったクリスタと共に、シスターとして過ごす。


 やがて、1人の男子を産んだ。


 銀髪で、青い瞳。



 彼は、マーリンと、名付けられた。



 妖精に好かれているアドラステアは、いつも賑やかだった。


 王位継承の争いを防ぐため、暗殺も選択肢に入ってきた頃に、突如として、マーリンが姿を消す。


 やがて、成長した彼が、戻ってきた。


 スノードニアの湖で、魔術の修業をした後。


 つまり、魔術師として……。



 失われた魔術を継承した、唯一の人間。


 その貴重さで、円卓ラウンズに加わった。



 マーリンは、母親のアドラステアが花を育てていることから、常に花の香りを漂わせていた。


 結界などの魔術を使う彼は、中興の祖として、名前を残す。


 父親の名前は、明らかになっていないが……。



 なぜか、日本で、室矢むろや重遠しげとおに愚痴を言っている姿を見かけた。という目撃証言が、いくつもある。

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