第711話 いずれ消えゆく王女の「トゥインクル・スターズ」ー⑥
トリスタンは、籠の鳥になったアドラステアを見て、
片手で、ブラッドフォード侯爵家に忠実な召使い、私兵を止める。
「アド……。貴様には、もう選択肢を与えない。だがな? このユニオンの王族であることは、間違いないんだ。そのことに、せいぜい感謝しろ! そうだな……。この館には、半月から1ヶ月ほどは、滞在してもらおう。その間に――」
ガキィンと、金属音が響いた。
アドラステアの手足、両肩、ブレスト、腰と、次々にパーツが取り付き、頭にもヘッドギア。
胴体部がコルセットのような形状で、黒色。
全体は白で、縁取りは紫だ。
女性らしい、丸みを帯びたラインと、戦うための直線を両立させた、芸術品のような、全身を覆う鎧。
実在のプレートアーマーと比べて、あまりに複雑な構成。
同じ物を作り出すだけで、不可能といっていい。
白と表現したが、半透明とも、シルバーとも言えない、不思議な輝きだ。
一瞬で、アドラステアは、地上の降臨した女神のような姿に……。
ブラッドフォード侯爵家の敷地にある、迎賓館のパーティー会場。
その配下に囲まれ、絶体絶命のピンチだった彼女は、神々しい雰囲気のまま、すっくと立つ。
アドラステアが気づけば、手に持っていたワイングラスは、消えていた。
だが、今は、それどころではない。
我に返ったトリスタンが、こちらも、自分の
彼は、
実家のコネか、状態が良く、格好いいデザインの全身鎧だ。
しかも、金色。
同じ色のロングソードと、左腕につけたシールドを構えつつ、問いかける。
「その
満ちあふれるオーラを纏ったまま、白のアドラステアは、告げる。
「答える必要は、ありません……。今は、『ブラッドフォード侯爵家が、キャメロットの宝物庫から横領しているのか?』を聞いているのですよ? まあ、召使いたちが私に武器を向けた時点で、明らかですが……」
ドガッと、片足でカーペットを踏みつけたトリスタンは、ソードの切っ先を下げたものの、苛立たしげに、鎧を身に付けたアドラステアを睨んだ。
「お前は、自分の立場が分かっていないな? 紛れもなく王族だからこそ、まだ穏便に済ませようと、気を配っている! 早く、その
立ったままで、顔を伏せたアドラステアを見て、トリスタンは、優しい声音に。
「お前が正式にパートナーとなれば、一蓮托生だ。それに、ようやく王族の血を入れて、公爵になれる、記念すべき話……。考えてもみろ? 囲んでいるのが、我が家の人間である以上、それを傷つければ、お前は無実の人間へ暴力を加えたとされ、王族から廃嫡――」
戦闘機のような轟音が走り抜け、トリスタンの横の直線は、ソニックブームをまき散らした。
アドラステアを囲んでいた、覆面を被っている男女が、衝撃波に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるか、持っていた銃を思わず乱射してしまい、その銃弾による被害が続出した。
パパパと、乾いた発砲音に、肉を
厚いカーペットがある床に、叩きつけられた者は、幸運だ。
壁や調度品にぶつけられた者は、良くて重傷か、串刺し、あらぬ方向へ折れた状態で、倒れ伏す。
たった一瞬で、正騎士の
別エリアの覆面どもは、まだ無事だが、右拳を突き出したままのアドラステアを見て、怯える。
「ひっ……」
「何だ、今のは……」
「た、助けて……」
銃やナイフを持ったままで、後ずさるも、ここで逃げ出せば、ブラッドフォード侯爵家に殺されるだけ。
それでなくても、ユニオンの王女を殺害するグループの1人。
ここで、彼女を手籠めにしてもらい、宝物庫からの横流しを誤魔化すことだけが、助かる道だ。
「私は……あなた方を絶対に、許しません!!」
いつの間にか、ロングソードを握っているアドラステアが振り抜けば、その軌跡は、刃の長さを無視したかのように、空間を切り裂く。
本来なら、その斬撃を避けるべき空気は、通常らしからぬ勢いに、それを成し得ない。
すると、どうだろう?
正面衝突により、その空気は高温のプラズマと化して、膨張し始める。
飛び散った破片――核融合の生成物――による連鎖反応と、ガンマ線などの光に満ちあふれて、瞬間的に大爆発するのだ。
これが、ボールを投げた結果なら、バッターは一塁へ進むと良い。
死球なのだから……。
控え目に言っても、半径1kmぐらいを吹き飛ばしたうえに大火災だが、不思議と、振り抜いた範囲に限定されていた。
学者が知れば、狂喜乱舞して、その解析を始めるだろう。
まだ、正気を失っていなければ。
怒りに任せて、剣を振り回すアドラステアに、周りは絶叫しながら、逃げ惑うだけ。
ブラッドフォード侯爵家の権威が遠く及ばない、死神の鎌。
それは、近くにいた同僚をバターよりも簡単に溶かし、撃った弾が、目に見えるほど、ゆっくりと進む、恐怖の空間だ。
時の流れが、明らかにおかしい……。
飛びついて、組み伏せようとした数人は、空中で止まっているかのように、ゆっくりした動きになった後で、ほぼゼロ距離の斬りつけに。
全員が上下に寸断され、そのまま、燃え尽きた。
「おおおお、落ち着け!? 貴様は! 自分が、何をやって――」
追い詰めすぎた、と自覚したトリスタンが、ようやく
どれだけ権力や財があろうとも、暴力には、敵わない。
囲んでいた使用人が、骨までドロドロに溶けるか、すでに倒れ伏したままの、死体パーティーの会場で、ただ震える。
使える中では立派な
その威力に耐えられるか、試す気にもならない……。
アドラステアは、後ろから忍び寄ってきた男に対して、左の裏拳を叩きつけ、そいつを新たなエネルギーに変えた。
裏拳を叩きつけた方向が、壁ごと、派手に吹き飛ぶ。
「そのような真似が、栄光あるユニオン、その王女
男の声が、廃墟のようになった空間に、響いた。
肩で息をしているアドラステアが見れば、ブラッドフォード侯爵が、立っている。
吹き抜けになっている2階で、そこから見下ろしている構図。
「ブラッドフォード侯爵……」
「左様。……姫様におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます。しかし、この惨状は、どうしたことでしょう? ご説明、いただけますな?」
アドラステアは、自分のしでかした行為を振り返り、動きを止めた。
「そちらが……キャメロットの宝物庫から、横領した件で――」
侯爵は足を震わせながらも、年の功で、一気に畳みかける。
「そのようなこと、滅相もない! 我がブラッドフォード家は、代々、王家に忠誠を尽くす身です! しかしながら、仮に……そう、仮に! 我が家に何らかの疑いがあったとしても、歓待している使用人や、談笑されていたゲストの方々を巻き込み、殺戮することが、許されるとでも!?」
小さく
「先ほどの立ち回りは、ユニオンを守護できるだけの御力と、感服いたしました。このブラッドフォード、まだお若い王女殿下のため、『この場で何もなかった』と、証言をいたしましょう! 招待したゲストへの説明も、どうか、お任せください。そうそう! 息子についても、王族への態度では、ありませんでしたな!」
1階へ降りた侯爵は、立ち尽くすトリスタンの傍へ、歩み寄った。
「ち、父上。これは――」
「黙れ! 今すぐに、
オロオロとした、トリスタンだが、言われた通りに、戻す。
付き従った執事から、鞭を受け取り、
精神的なショックもあってか、10回ほどで、床に倒れ伏す。
さすがに止めようとしたアドラステアに、鞭を手放した侯爵が、その場で跪き、先手を打つ。
「御覧の通り、息子には、今回のケジメをつけました……。アドラステア様も、その
「は、はい……」
罪の意識に
侯爵は、許しもなく、立ち上がった。
けれども、ショックを受けている彼女には、それを
内心でほくそ笑んだ侯爵が、すぐに尋ねる。
「王女殿下には今後の対応を含めて、色々とご相談したく、存じます。ところで、先ほどの
「瞬く星々(トゥインクル・スターズ)です」
2階のスペースから、女の声が響いた。
アドラステアと侯爵が見上げれば、そこには、1人の女。
宇宙を示すような、青い瞳。
長い黒髪。
20代前半ぐらいの若々しさで、夜会に向いている、黒のドレスだ。
「アドラステアには、少し荷が重かったようですね? ここからは、私がお相手しましょう」
誰あろう、
女神カレストゥーナだ。
この姿では、久々の登場である。
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