第696話 ハーレムルートの真実
幼く見える、金髪
鈍い音が響き、叩きつけられた少女は、
柔道のように、両手でしっかりと掴んでの、相手が受け身をとる前提の投げではなく、軍隊式の殺すための技だ。
したがって、長い小銃を両手に持ったまま、あるいは、片手や両手にハンドガン、ナイフを持った状態でも使えるように、工夫されている。
現に、相手の姿勢を崩しつつ投げた、
兵士の戦闘服で、頭は髪を押さえるぐらいのバンダナ。
すぐに攻撃できる状態だが、銃口は向けずに、尋ねる。
「あなた……基本教練も、受けていないわね?」
地面に転がっている、ハーレムルートの『咲良マルグリット』は、痛みで涙目になりつつも、自分の
仮にも、戦闘訓練を受けているのなら、バカ正直には動かない。
地面の石や砂をつかみ、相手に投げつけるか、転がってポジションを変える、もしくは、相手の足を払うと、何らかのリアクションをするはず。
もっと慣れていれば、いったんは恭順する振りをして、隙を
特殊部隊や、諜報員であれば、短時間で相手の人となりを把握して、話術や買収で、味方につけることも……。
咲良マルグリットは、幼少期に親を失い、早くから戦闘訓練を受けてきた。
日本の陸上防衛軍の所属で、表沙汰にできない作戦にも、従事。
その彼女から言わせれば、今の『マルグリット』は、体育の授業で整列を習ったぐらいの生徒だ。
魔法による身体強化から、両手で地面を叩いての、跳ね上がり。
マルグリットは、飛び跳ねた『マルグリット』を見ることなく、その着地する場所を凍らせた。
「うえっ!?」
足を滑らせた『マルグリット』は、かろうじて、受け身をとった。
再び、地面に倒れ込む。
弱すぎる相手と接するのは、加減が難しい。
そう思いつつ、自分と同じ顔であることで、何とも言えない気分になる、マルグリット。
次に、頭を逸らしつつ、スッと、横へズレた。
パンパンと、拳銃による空気弾が、マルグリットの横を通り過ぎ、彼女の髪を動かす。
「どうしたものかなあ、この自分は……」
顔色1つ、変えない。
『マルグリット』を支援するためか、魔法の空気弾や、実弾による狙撃を受けているが、もはや、対物ライフルですら、彼女に傷を負わせられないのだ。
目の前の『マルグリット』が、拳銃を向けながら、立ち上がってきた。
その腕を制して、拳銃を取り上げつつ、また転がす。
今のマルグリットは、カレナの
そのおかげで、未来予知ができて、接近戦にも強く、自身の戦闘経験と、生まれつきの異次元からのエネルギー供給も。
おまけに、万全の状態で、このハーレムルートの世界へ乗り込んだ。
「まあ、別の世界とは言え、同じ
周りの様子が全て分かって、未来予知まで。
マルグリットは、独白しつつも、攻撃してくる順番で、次々に無力化。
必殺技の
気配を殺しても、光学迷彩でも、
実弾は逸らし、魔法はカウンターで消滅させるだけ。
「どうして……」
抵抗する気力が失せた『マルグリット』は、もう1人の自分に、問いかけた。
マルグリットは、地面から、ゆっくりと起き上がった、彼女を見る。
「先に仕掛けてきたのは、この世界の『
「それは、あなた達が、騙されているから! 『航基』は、それを救いに――」
「いや。頼んだ覚えはないし、ありがた迷惑だから……。というか、悪質なストーカーよ、それ? いえ、押し込み強盗か」
もっともな指摘だが、『マルグリット』は、憤慨した。
「私は、『航基』のおかげで、両親も助かったのよ!? あなたは、どうなの?」
腕を組んでいる、マルグリットは、ひょいと、肩を
ここで、可哀想と言われる筋合いはないし、古傷を
たとえ、並行世界の自分でも……。
いや、だからこそ、だ。
それに、どうにも、気になることが……。
もう1人の自分の質問に答えず、勝手に喋る。
「あなた……魔法を使っても、平気なの? それとも、やっぱり『航基』に、助けてもらった?」
意味不明な質問に、自分が無視されたことを気にせず、考え込む、『マルグリット』。
「何を言っているの? 『航基』は、全く関係ないわよ……。彼は強いけど、マギクスじゃないし」
おかしい。
私は生まれつき、異次元のエネルギーの海に接続していて、そのせいで、魔法を使う度に焼き切れていたはずだ。
ところが、今の様子を見る限り、彼女は、普通に魔法を使っている。
であれば、誰かが、それを解決したはず……。
この世界の『鍛治川航基』は、自己顕示欲が強い。
もし、目の前の自分を救ったのなら、得意げに語るだろう。
つまり、この世界で自分を救ったのは、『航基』ではない。
または、『航基』とは別に、その力を持った人物、アイテムがあるのだ。
「ねえ? この世界の『航基』は、あなたに会うまで、どこにいたの?」
迷った表情を見せた『マルグリット』は、もう1人の自分を説得する機会と、考えたようだ。
「――よ! 異能者として、珍しい話だけど、この時の彼は、まだ無名で――」
謎は、全て解けた。
これならば、簡単に説明がつくし、『航基』が並行世界のこちらへ来たことも、当然だ。
…………
…………
私は、疑わない。
そんな、回りくどいことを選ぶ必要がないし、そういう性格でもないから。
だったら……。
うん。
そういう事だろう。
「メグ!」
『
背中からの奇襲だったが、マルグリットは、アイススケートを滑るように、回転しながら、あっさりと避けた。
クルクルと地面を滑った後に、初対面の親友を見る。
「はぁい! 元気そうね、『月乃』?」
いきなり親しげに呼びかけられた本人は、困惑した様子。
「別の世界の、メグかい? できれば、傷つける前に、投降してもらいたいんだけど……」
笑顔のマルグリットは、挑発する。
「あなた程度じゃ、まともなダメージを与えられないわよ?」
それを聞いた『月乃』は、無表情で腰を落とし、大陸武術の構えをとった。
低く飛ぶように、一気に接近しつつ、伸ばした
ドォンッ! という轟音の後に、マルグリットの立つ地面が、同心円状に弾け飛んだ。
ダメージが内部に伝わるはずが、全く手応えがなく、怯えた表情の『月乃』。
本来なら、すぐに第二、第三の攻撃につなげるべきだが、自分の根幹となる
いっぽう、涼しい顔のマルグリットは、端的に説明する。
「今のは、
「何を……言っているんだい?」
全く理解できない『月乃』に、マルグリットは、口を閉じた。
ベルス女学校で行われた、交流会のスパーリング。
そこで、
けれども、その時には、正体不明の敵が紛れていて、うかつに手の内を晒せない状態。
まあ、出し惜しみをするのは、彼の悪癖でもあるが……。
密着した間合いのマルグリットは、『月乃』に告げる。
「私がいる世界の月乃と、同じぐらいの強さ……。そのスペックは、確かに脅威よ? でも、あなたは戦い始めて、まだ日が浅い。覚悟もない」
棒立ちの相手に気圧される『月乃』は、反論しようと――
「フッ! フ――ッ!」
一瞬で後ろに飛び退きつつ、荒い呼吸で、汗を流す。
理解できない『マルグリット』だが、対峙していた『月乃』には、密着した状態からの踏み込みと、反対側の足による、弾丸のようなハイキックで、側頭部から弾け飛ぶ自分が、見えていた。
それだけの殺気と、迫力。
何よりも、マルグリットには、それを裏付けるだけの経験と、実力がある。
構えてすらいない、マルグリット。
「命のやり取りを知らないのは、幸せなこと……。でもね? 次は、殺すわ」
脅しではない。
それは、『マルグリット』と『月乃』の2人にも、分かった。
本能的に……。
悠々と歩き去るマルグリットに、止める者はいなかった。
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