第695話 なのでー! × 2

 ハーレムルートの『天沢あまさわ咲莉菜さりな』は、愛する『鍛治川かじかわ航基こうき』のピンチを知り、飛ぶように走っていた。


 けれども、鏡でよく見知った顔と対面して、急停止する。


「そちらの世界の、わたくし?」



 茶色のブーツで踏み締めた、天沢咲莉菜。


 桜色の上着と、緋袴ひばかま

 さらに、後頭部の赤いリボンで、大正ロマンの姿だ。


「はい、そうですよ……。もう1人の、わたくし」



 その霊圧は尋常でなく、向き合っている『咲莉菜』は足を止めて、自分の護衛に告げる。


「航基のところか、別を担当しなさい!」

「ハッ!」


 他の演舞巫女えんぶみこたちは、大半が消えた。


 一部は、トップの筆頭巫女を守るべく、待機する。



 大正ロマンの咲莉菜は、生き別れの双子のような姿を見つめた。


「そなたは、を預かっているはず……。重遠しげとおのところへは、行かせません」


 目を細めた『咲莉菜』は、ラフな私服のままで、身構えた。


「そなたも……あるのですね?」


 言うまでもなく、御神刀のことだ。


 言葉を発する代わりに、咲莉菜は虚空で手を握り、天之羽芭霧あめのはばきりを抜いた。


 その刀身はまっすぐで、昔の形状。


 ただならぬ神気を感じた、残りの演舞巫女が、思わず後ずさる。



 気圧されたことで、『咲莉菜』も、天之羽芭霧を抜く。


 だが――



「どうして……」


 自分のほうが、神気に欠ける。


 それを理解した『咲莉菜』は、両手で構えたまま、動揺した。



「知らないほうが、良いと思うのでー」


 お前が殺した『千陣せんじん重遠しげとお』は、高天原たかあまはらに連なる者だ。とは、さすがに言わない。


 誤魔化した咲莉菜は、天之羽芭霧の切っ先を向けた。


「そなた、御神刀の解放は?」



 思いもよらぬ言葉だ、と言わんばかりに、『咲莉菜』がつぶやく。


「……解放?」



 可愛らしい格好の咲莉菜は、返事をせず、ただ命じる。


「ほころべ、天之羽芭霧」



 咲莉菜の直刀は、斬りつけるのに適した、打刀うちがたなへ。


 その刀身は……桜色だ。


 桜の花びらを押し固めたように、複雑なグラデーションを描く。



 危険を感じた『咲莉菜』は、先に仕掛ける。



 危なげなく、受け流し、避ける咲莉菜は、最小限の動き。


 舞うような足さばきで、防御に徹する。


 いっぽう、攻めている『咲莉菜』は、必死の形相で、大振りが目立つ。



 しばしの攻防で、剣戟けんげきの音と、火花を散らした2人は、また距離を取る。


 切っ先を下ろした後で、小休憩。


 けれど、肩を上下させている『咲莉菜』に対して、桜色の刀身を持つ咲莉菜は、何事もなかったよう。



 『咲莉菜』は、天之羽芭霧の解放を知らない。


 特殊能力や、変則的な攻撃があれば、初見ということで、瞬殺されるだろう。

 それを警戒し続けて、尋常ではない消耗。


 踏み込みは浅く、斬撃の伸びもない。


 自身の立場を揺るがすほどの事態であることも、精神的な動揺に……。



「怖いですか?」


 咲莉菜は、ポツリと、呟いた。



 無言で睨む『咲莉菜』だが、正面の咲莉菜は、いきなり消えた。


 同時に、桜色の閃光が、辺りを駆け抜けていく。


 悲鳴や血しぶき、刀を取り落とす音が響き、バタバタと倒れる。



 再び現れた咲莉菜は、血がついた刀身で、同じ位置。



「そなたが負けそうだから、他の者が加勢する……。まあ、当然と言えば、当然ですが」


 ヒュッと、血振りをした咲莉菜は、桜色の刀身を見せた。


「教えてあげましょう。天之羽芭霧の能力は、斬った相手のを奪うこと……。そなたの手勢は、少なくとも、この戦いには参加できませんー!」


 思っていたよりも、凶悪なスキル。


 それを知った『咲莉菜』は、剣呑けんのんな目つき。


「天之羽芭霧の……偽物ですか!? そのような……卑劣な能力が、並行世界とはいえ、咲耶さくやさまの御神刀であるはずが――」

「フ……アハハハハ!」


 笑い飛ばした咲莉菜は、もう1人の自分に、告げる。



「天之羽芭霧の解放すら、できない! 単純な剣術でも、わたくしに本気を出させることが不可能! 仕舞いには、大勢で襲いかかる! それで、よく! よく言えたもの!!」



 構え直した咲莉菜は、雷鳴と共に、『咲莉菜』の背後に現れた。


 遅れて、『咲莉菜』の片腕に、服の上から切れ目が走り、浅い出血。



 それと同時に、『咲莉菜』は、フワフワした感覚に。


 視界が歪んでいるように感じて、思わず、たたらを踏む。


「あぅ……」


 ぼんやりする頭で、まだ直刀の、天之羽芭霧を持つ。



 咲莉菜は、説明する。


「良い気分でしょう? 咲耶さまは、争いを嫌がる御方。それだけに、この御神刀で斬られれば、まるで花見をしているように、酩酊するのです。……自分で試したついでに、重遠と楽しんだ時は、さすがに叱られましたけど」


 むしろ、叱られる程度で済んだことが、すごい。



 『咲莉菜』は、ぐにゃぐにゃの視界のまま、切っ先を自分の足に突き刺した。


 ザクッという音がして、激痛により、意識が回復する。



 驚いた咲莉菜は、『咲莉菜』を見た。


「正気なのでー? 足を潰したら、万に一つも、勝ち目はありませんよ?」


「わたくしは……負けるわけには、参りません。桜技おうぎ流の筆頭巫女として……。そなたのような、咲耶さまを冒涜ぼうとくする者には」


 自分の血がついた天之羽芭霧を握り直した、『咲莉菜』。


 彼女は、痛みをこらえつつ、必死に斬りかかる。


 けれども――



 片足に力が入らない斬撃は、子供の遊びと一緒だ。


 加えて、解放された天之羽芭霧を怖がり、必要以上に、距離を取る。


 もはや、相手に刃が届くことすら、叶わない。



「止めたほうが、いいのでー!」


 咲莉菜は、相手の刃を弾きながら、説得する。


「勝負は、つきました! これ以上は、お互いにムダです!!」

「黙りなさい! 仮にも、筆頭巫女でありながら、男と色にふけるような者に!」


 自分から後ずさり、咲莉菜は指摘する。



「そなたも、この世界の『鍛治川航基』に、抱かれているでしょう?」



 余裕がない『咲莉菜』は、もろに動揺した。


「な、何を言うので……」


 いっぽう、咲莉菜は、淡々と述べる。


「まあ? 別に、咲耶さまは、あまり厳しくないわけで? わたくしは、幽世かくりよで重遠と結ばれたことを祝福されましたし」


「え?」



 呆気にとられた顔。


 その意味を理解し始めて、切っ先が震え出す。


「ど、どういう意味で……。千陣せんじん重遠が、なぜ、幽世に?」



 正確には、室矢むろや重遠だ。


 けれど、咲莉菜に、それを教える義理はない。


「少し、喋りすぎたのでー! 花見酒に満足できず、まだ相手を殺そうとするのなら……」



 咲莉菜の霊圧が、一気に上がった。



「天之羽芭霧ので、お相手いたします」


「……は?」


 『咲莉菜』の声に、覇気はない。



 いっぽう、咲莉菜は、桜色の刀身のままで、完全解放をする。


「火中を示せ、紅蓮ぐれん業焔刀ごうえんとう



 咲莉菜を中心に、激しい炎が、吹き荒れた。


 周囲の温度が上昇して、建物の外壁は砕け、窓ガラスが弾け飛ぶ。



 思わず口を押さえた『咲莉菜』は、その空気を吸い込まないよう、高速移動。


 シュバッと、離れた場所に出現しつつ、竜巻のような炎に包まれた咲莉菜を見た。


 やがて、それらが全て刀身に吸い込まれ、真っ赤に染まる。



 咲莉菜は、両手でつかを握り、前よりも慎重に扱う。


 よく見れば、その赤い刀身からは、細い煙が立ち上っている。



「周囲への影響が、大きすぎるのでー! 久々に、地上で使いますね」


 しみじみと述べた咲莉菜は、次の瞬間に、『咲莉菜』の持つ天之羽芭霧を真っ二つに斬り飛ばした。


 溶かしたような断面を見せる御神刀を気にせず、そのまま、周囲で配置についていた兵士たちに、切っ先を振り抜いていく。


 その斬撃は、炎のような衝撃波となり、隠れている敵ごと、切り裂き、焼き尽くす。


 飛んできた弾丸、グレネードも、自分の仕事をやめて、この世から消え去った。



 燃え続ける刀身を従えた咲莉菜は、ペタリと座り込んだ『咲莉菜』に、告げる。


「追ってきても、構いませんよ? 殺される覚悟が、あるのなら……」


 そして、覇力はりょくによる身体強化で、瞬間移動のように、消え去った。




 選んだ男の格、御神刀、覇力、剣術。


 その全部で負けた『咲莉菜』は、追いかける気力どころか、立つことすら不可能。


 しかし、今の彼女は、『千陣重遠』の正体を考えることで、忙しい。


「まさか……。そんな……」



 全てが終わった後で、辿り着いた真実。


 もしも、『千陣重遠』が、高天原たかあまはらに行ける資格があるとしたら……。


 この世界の彼は、もう死んでいる。

 『鍛治川航基』に悪と断定され、殺されたことで。


 今更になって、その正反対となれば、取り返しがつかない。

 自分の手で、『鍛治川航基』を討つことが、唯一の贖罪……。



 そう考える『咲莉菜』の顔は、真っ青だ。

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