第663話 特に意味のない為替レートが重遠を襲う!
WUMレジデンス
相変わらず、民間の共用施設とは思えない、豪勢な雰囲気だ。
大きな窓からの光は、夕暮れを示している。
俺は、一通りの会話を済ませた後に、ボーッとしたまま。
正妻の
スイーツタルトもあるのが、それっぽい感じ。
高級ケータリングのようだ。
仕上げと種類、テーブルの上に並んでいる数を見れば、すぐに分かる。
一口、二口で食べ終わる量で、ズラッと用意するのは、かなり大変。
俺の妻でもある彼女は、ユニオンの王女と接している。
明夜音の後ろには、お付きの
それから、明夜音の
この2人は、久しぶりに見た気がする……。
ユニオンのアド……アドラステア王女は、堂々と話している。
やっぱり、後ろで気配を殺している、クリスタ。
ここだけを抜き取れば、海外の社交の場だ。
横に座っている詩央里と、静かに過ごす。
スタスタと、
「楽しい時間は、いつまでも続いて欲しい……。さて、
探るような目つきに、俺は
「利用できるものは、利用する。……代価は?」
カレナは、意味深な様子で、詩央里のほうを見た。
「少し、時間をくれ」
溜息を吐いた詩央里は、ソファから立ち上がった。
俺は、怖い。
こうして余裕が出てきた反面、残った2つの要素が、いつまでも食い込んだまま……。
【
『
どうして……。
どうして、本来の重遠は、航基を殺さなかった!?
俺の身体は、『千陣重遠』のもの。
その魂はもう……消えてしまったのだろうか?
さらに、もう1つ。
原作の詩央里ルート。
千陣流ルートにもなっていて、恐らく……。
『千陣重遠』の真実も、含まれている。
今までに、原作のバカ……もとい、主人公の視点では明かされなかった事実が、ゴロゴロと出てきた。
俺は、全てが明らかになった時に、それを受け入れられるのか?
詩央里と、千陣
…………
「前に、言ったじゃないですか? 『とうに、覚悟はできています』と……」
その
詩央里だ。
視線を感じて、そちらを見れば、苦笑している夕花梨。
息を吐いた俺は、ひとまず、考えるのを止めた。
そうだな。
原作の『千陣重遠』がどうであれ、俺は俺だ……。
「さあ!
詩央里に手を引かれ、俺は立ち上がった。
◇ ◇ ◇
飛んでいる航空機の窓から、外を眺める女子。
アドラステア・リーディ・シェラフィールは、機内に視線を戻して、ふうっと息を吐いた。
ここは、座り心地が良く、関係者だけのプライベートジェットだ。
「アド? 飲み物を持ってきました」
「ありがとう」
お礼を述べたアドラステアに対して、お付きのクリスタも、隣に座った。
「助かりましたね……」
万感の思いを込めた台詞に、アドラステアは首肯した。
「ニナは一足先に、帰ったようです。それにしても、彼の力が、あそこまでとは……」
言うまでもなく、室矢重遠のことだ。
クリスタは、周りを気にしながら、小声で返す。
「空間を移動したのでしょう。室矢カレナと名乗っていた、Black Pearl of the British Isles(ブリテン諸島の黒真珠)の権能という可能性も、ありますが……」
室矢家のパーティーが終わった後で、あっさりと、滞在先のホテルの部屋に帰された。
一瞬で移動したことから、ワープの
ひたすらに頭を下げたが、ギリギリで、誤魔化せた。
一部をキャンセルしながら、残った予定をこなし、帰国の途についたのだ。
緊張しているクリスタに対して、アドラステアが真面目な顔で、応じる。
「いずれにしても、これは由々しき事態です。……誰にも理解されず、私は大罪人になるでしょう。クリスタ。それでも、私についてきてくれますか?」
アドラステアは、室矢カレナの仲介で、南乃詩央里と取引をした。
どういう形でも、その罪を裁かれることは、
「Yes, My lord.(はい、どこまでも……)」
今のアドラステアは、王族。
正しくは、Yes, Your Highness. のはず。
つまり、そういうことだ。
クリスタの視点では、幼馴染で、自分が仕える女主人のため。
それに加えて、これは――
「ユニオンのため……。全てを話したところで、誰も信じません。だからこそ、私たちが動きましょう!」
向かうは、懐かしい母国。
ちっぽけな島国でありながら、世界を統べて、今も影響力を与えている場所。
その中でも、
円卓の騎士である彼女たちは、そこに足を踏み入れられる。
調べなければいけない。
『伝説の魔術師』と呼ばれていたマルジンと、室矢重遠の繋がりを……。
恐らくは、それに関わる品物が、持ち出されているはず。
だとすれば、ラウンズだけではなく、ユニオンにとっての、大きな損失。
この世界では、強大な異能こそ、国家を守る盾であり、剣。
それを盗まれたなど、今の最高責任者を切り飛ばしても、まだ足りず。
けれど、認めるわけにはいかない。
誰にも気づかれずに、真相を暴き、重遠の謎の1つを解き明かす。
できれば、裏切り者も、始末しておく。
難しいオーダーだ。
だけど、やるしかない。
成功報酬も、その危険に見合ったものだ。
アドラステアは、笑顔になった。
「ある意味では、ユニオンのために、この身を捧げるわけですし……。室矢家の皆さんは、良くしてくれました! 彼らの幸せを壊す気は、ありません」
首肯したクリスタが、同意する。
「はい、アド……。上手くいけば、誰もが笑って過ごせるでしょう」
「後悔は……しませんか?」
「うん! 全てが終わったら、狭い世界になっちゃうのは、少し残念だけどね?」
言葉を切ったアドラステアは、慈愛に満ちた顔に。
「聞いて、クリスタ? たぶん、これが運命なんだと思う……。ニナと仲良くなって、彼を知り……。円卓の騎士も、このままじゃいけない。だから……」
笑顔のクリスタが、それに合わせる。
「夢見る王女と、海を越えた女好きの組み合わせは、少々できすぎ……。それはともかく、これでスノードニアの湖の妖精女王とも、交渉できると思いますよ?」
「私たちでは、もう無理ですからねー。長期的に考えるしかない!」
ドサッと倒れ込んだ、アドラステア。
思い出したように、独白する。
「彼が本気を出したら……どうなるのでしょう?」
「確認済みの情報だけで、山を吹き飛ばし、ネイブル・アーチャー作戦の連合艦隊を一蹴。しかも、我々の辺境伯たる、ケイレブ
知っている情報を並べたクリスタは、ジト目だ。
笑ったアドラステアが、目を
「原点に戻るだけ……。ラウンズの物は、ラウンズに! 少し、形は変わりますけどね?」
この接点が4,000なら、安い、安い。と言った、アドラステア。
彼女は、小言になりそうなクリスタを回避するべく、シートにもたれかかり、目を閉じた。
――東京のプライベートバンク
アドが書いた小切手を持ったまま、俺は指定された場所へ。
一般のオフィスビルで、銀行を示す文字は入っていない。
受付で名乗ったら、少し待たされた後に、高級スーツを着こなした外国人の男。
「お待たせしました! 初めまして……。どうぞ、こちらへ」
「はい」
握手に応じたら、すぐに案内された。
応接室らしき部屋で、席を勧められ、紅茶と洋菓子も出される。
ドアが閉められ、正面に座った男の自己紹介。
「私が、シェラフィール様の担当です。ランプリングと、お呼びください。ああ、こちらは、ファミリーネームですから!」
流暢な、日本語だ。
あの王女のフルネームは、アドラステア・リーディ・シェラフィールと、小切手のサインで分かった。
ソファに座ったまま、向かいのランプリングに会釈。
「分かりました。俺は、室矢重遠です。さっそくですが、こちらをお願いします」
相手のほうへ向けた小切手を差し出したら、ランプリングは、両手で受け取る。
「拝見します……。では、すぐに実行いたします。現金で、ご用意しても? 口座振込をご希望なら、手配いたしますが……」
探るように、こちらを見てきた。
「口座振込は、やっぱり、マズいですよね?」
苦笑したランプリングは、上品な仕草で、両手を組んだ。
「私の口からは、あまり申し上げられませんが……。その出所を探られて、シェラフィール様に辿り着かれては、困りますね。この国の税務署は、優秀ですから」
ああ、そういうことか。
「そこは、承知しています。現金で、不自然にならないよう使えば……でしょ?」
微笑んだランプリングは、首肯した。
「ありがとうございます。日本円のお渡しでも? ……では、少々お待ちくださいませ」
その発言で、壁際に立っていたスーツ男が、会釈をした後に、外へ。
待ち時間で、紅茶と洋菓子をいただく。
「プライベートバンクと言っても、会社のようですね?」
「はい。
社交辞令かどうか、判断に迷う台詞だ。
「やっぱり、紹介制なんですね。いえ、今はお気持ちだけで」
「左様で、ございますか……。私共は、まとまった資産をお預かりして、無限責任による運用を行っております。保全、管理、運用における手数料が、主な収入です。大衆向けとは運用成績が全く違い、今回のように、情報の秘匿性も万全……。室矢様の訪問についても、シェラフィール様からのご連絡がありまして、失礼ながら事前の調査を行いました」
「もし、この小切手を別人が持って来たら?」
その質問を聞いたランプリングは、違う笑みを浮かべた。
「別の場所に、お帰りいただくだけの話です……ああ、用意ができたようですね!」
怖い、怖い。
怯えている間に、トレイが置かれた。
先にランプリングが、見事な手つきで、お札を数え――
あれ? ちょっと、待って!?
4,000円のはず……。
「4,000
待って、待って?
「日本の通貨で、約72万円となります。現金はその場限りのため、納得できるまで、ご確認をお願いいたします」
ランプリングの話を聞いたスーツ男によって、トレイは俺のほうへ。
呆然としている間にも、ランプリングが説明する。
「こちら、計算式となります。申し訳ありませんが、この場でご確認ください。……お札の番号はバラバラですから、ご安心くださいませ」
ヤベーよ、おい!
どうしよう。
4,000なんて、言わなければ、良かった。
100£でも、1万8,000円ぐらいじゃん!?
そりゃ、アドが自慢げに、言うわけだ!
時間を戻したい。
あの時の自分を殴りたい。
「疑問点がございましたら、どうぞ遠慮なく……」
ランプリングに言われて、目の前のお札を数え始めた。
なぜ、こんな事に。
どうするんだよ、この大金!?
今むしょうに、叫びたい気分だ。
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