第662話 パーティーは賑やかなほうがいい

 ――クリスタとアンジェラが覗き込む、40分前


 ニコニコしているアドが、俺に言う。


「ちゃんと、やってくださいね? 何しろ、4,000も払ったのですから!」


 施術に使っている半個室で、備品を確認しながら、生返事。


「ハイハイ。とりあえず……ここ、衛生状態が悪すぎないか? いくら、メイドリフレでも」


 俺の独り言を聞いたアドは、焦った表情に。


 まあ、だいたいの事情は、分かったからな……。



 雑居ビルのメイドリフレは、換気を考えていないんだよな。

 サーキュレーターで、強引に入れ替えるぐらいで。


 簡易ベッドがあるから――


「うーん。時間がもったいないし、ウェットティッシュで拭いて、さっさと始めるか」


 身だしなみで携帯していたパックを取り出し、簡易ベッドを上から押して、強度を確認した後で、待っているアドに言う。


「そこのベッドに腰掛けて、素足になってくれ。できれば、これで手足をサッと拭くように」


「ハーイ!」


 アドはメイド服のまま、素直に従った。



 師匠から、山積みの医学書を読まされて、一応はマッサージもできる。

 エロや武術を教える前に、筋肉や骨を頭に入れておけ、と……。


 筋肉がついた骨格には、興奮しなかったわ。


 こういう手技って、シンプルなだけに、アプローチから全然違う。

 流派が色々あり、基本を別にすれば、これが正解! という施術はない。


 指圧は、人類の誕生から始まっていて、奥が深すぎる。

 体系化した人の名前で、~式などの分派も。


 

 言われた通りにしたアドは、簡易ベッドの端に腰掛けて、素足をパタパタと振っている。


 ウェットティッシュで両手を拭いた俺は、すぐに指示する。


「ティアラは、どこかへ置いてくれ。……忘れないようにな? さて、メイド服の上からは指圧できないので、脱ぐ……いや、今はいい」


 背中を向けてきたから、慌てて説明。


 自分で脱がないところが、王女さまっぽい。



「じゃ、始めるぞ? 痛いか、嫌な場合は、すぐに声を出してくれ」

「はい」


 断ってから、鎖骨の上からさすり、首の後ろから耳の周囲、目に当てないように注意しながら、ゆっくりと動かした後に、また鎖骨へ。


 アドは、くすぐったいようで、色っぽい声を上げている。


「次は、片手ずつ……。手を開いて」


 握手をするように、ゆっくりと伸ばしていく。


 全体を上、下。

 1本ずつ、軽く引っ張るように、ピンピンと……。


 指の間、手の甲と。


 手の平の中央を押し、再び指を絡ませて、ゆっくり動かす。


 もう片方の手も。



「こ、恋人同士みたいですね!」

「そーだね」


 アドに返事をしながら、肩の回し方を考える。


 ここは、やらないとダメだよなー。


 僧帽筋のあたりを押さえたまま、指示する。


「はい。肩を回してー! ここは、俺がやると、変に壊すかもしれないから」


 彼女の腕が、下から上へ、一回転。


 今度は、逆のほう……。



「詰め襟のワンピースが、邪魔だな……。完全に脱がすのはマズいから、うつ伏せになってくれ。背中だけ、出してくれるか? その場合は、ブラも外して」


 断ってきたら、足のマッサージで終了だが――


「はい、どうぞ!」


 あっさりと、うつ伏せに。


 手抜きできないことでガッカリするも、背中のジッパーを下ろす。


 アド自身の手で、ブラのホックが外された。



 よし。

 これで、開きになった!



「腰のほうを触るけど、嫌なら、すぐに言ってくれ」

「はい」


 ロングスカートは、外していない。

 そこを起点に、背骨から左右の外側へ、筋肉を押し出すように……。


 アドが、甘ったるい声を上げ始めた。


 どうやら、気持ちいいらしい。



 手の付け根で外側に筋肉を剥がしつつ、背中の上のほうへ……。



 背中にある肩に手を置き、ゆっくりと動かす。


 左、右。



 えーと、首の後ろの付け根で、左右に、目のツボだっけ。


 下からグッグッと押したら、アドがまた、色っぽい声。



「じゃあ、最後は足だ……」


 ブラの付け直しを言おうとするも、アドは寝惚けている。


 仕方ないので、背中が開きのままで、足裏へ。



 強く刺激しないよう、足裏の土踏まずから、じっくりと。


 本当は、足首から鼠蹊そけい部までやらないと、ダメなんだけどね?

 ふくろはぎも、マッサージしたいが、ロングスカートで無理。


 規則正しく、アドの嬌声。



 足の指に絡めて、グニグニとしたら、また声を上げる。


 甲のほうも、全体で包み込んで、動かすように……。



 ヘッドマッサージはよく分からないし、女の髪に触るのは、ちょっと怖い。

 中途半端だが、これで全身マッサージだろう。



 よし、終わった――



「何してるんだ、お前ら?」



 半個室の入口から、メイドのクリスタと、デートしているアンジェラ・フッド・ケインが、こっそりと覗いていた。




 アドが寝ていたので、クリスタに後始末を任せる。


 私物をチェックしながら、動いている彼女に質問。


「アドは……アドラステア王女だよな?」


「……ご内密に、お願いいたします」


 こちらを見たクリスタは、思い詰めた表情だ。


「お前、帰ったら処分されるのか?」


 その言葉で、彼女の手が止まった。



「アドは、ずっと悩んでいました。今回の失踪だけで、傍仕えの私は処刑されても、おかしくありません」


「ご立派な忠義だ。しかし――」


 俺の返事は、ドンドンと叩く音によって、さえぎられた。



 くぐもった英語だが、聞かずとも分かる。


 俺たちも遭遇した、ユニオンの円卓ラウンズと、制服警官たちだ。



 クリスタは、俺のほうを見た。


「早く、お逃げください! あとは、私が対応――」

「ハッハッハハハハ!」


 急に笑い出したことで、クリスタが唖然とした顔に。


「何を――」

「一手、遅かったようだな? ラウンズの諸君……。では、さようなら」


 芝居がかったお辞儀と共に、視界が切り替わる。



 どこかのマンションらしき、室内。


 俺は、ゆっくりと顔を上げた。


 まだ状況を把握できていないクリスタや、ようやく目覚めたアド、それに口が半開きのアンジェラが、周りを見ている。


 近くの端末へ近寄り、コール音の後で、用件を伝える。


詩央里しおりか? ……ああ。たった今、帰った。予定より早いが、歓迎会を始められるか? それと……」


 ――参加者を2名、追加だ



 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館にある、俺の自宅。


 そのリビングで、さらに女子の声が響く。


「荷物は、これで全部じゃ!」


 受話器を戻した俺は、自分の式神である、室矢むろやカレナを見た。


「よくやった」



 ◇ ◇ ◇



 雑居ビルの一室で、さび付いたドアを破った面々が、雪崩れ込んだ。


 口々に、アドラステア王女の名前を呼び、武装したままで、踏み荒らす。



「……いません」


「そんな馬鹿な!? 監視カメラの映像では、確かに……ええい!」


 近くの壁を殴った騎士、ガウェインと名乗った中年男が、必死に考える。


 その時、彼の従騎士ヘルムートが、15cmぐらいの妖精を捕まえたまま、戻ってきた。


「ガウェイン様! こいつが、いました! ひょっとしたら、王女殿下でんかの行方を――」

「まったく、置いていかないでよ!? リターン、エクスキュート!」


 両手で掴まれている妖精、ニナが、叫んだ。


 次の瞬間に、彼女の身体は光に包まれ、ドンッと、飛び去る。



 密室のはずだが、空中へ消え去った。


 唯一の手掛かりを失い、頭を抱えるラウンズの騎士たちと、警察、それに外務省の担当者。



「班長! この雑居ビルの上に、そっちの筋の事務所があるようです!」

「分かった。4課の応援を待って、突入するぞ!」



 

 ――事務所


 書類を確認しつつ、モニターに向かい、事務仕事をしている男たち。


「はい。よろしくお願いいたします」

「今月の入力が終わったので、そちらの処理を進めていただきたく――」



 ところが……。


 バンッ


「警察だ! 王女誘拐の疑いで、強制捜査を行う!!」

「王女殿下! どこですか!?」

「すぐに答えなければ、確保する――」



 固まっていた事務員は、ようやく反応する。


 一斉に立ち上がりつつ、抗議。


「し、知らんわ! 何、言うてるん!?」

「こんな真似して、タダで済む思うてるんか? こっちには、弁護士の先生が――」


 けれど、警察は機動隊を連れてきたので、どんどん入ってくる。


「先生! 早う、言うてくれへん……先生ー!?」


 あまりに混雑しすぎて、先生が下敷きになった。


「早く、王女を解放しろ!」

「せやから、知らん言うてるやろ!」


 完全装備の機動隊や、鎧を着た騎士が揉み合い、収拾がつかず。

 事務員も、いきなりのカチコミに激怒して、大声で騒ぎ立てる。


 ヒートアップしていく、会場。


「お前、何踏んでるんや! 足をどけんかい! 先生は、ワインにする葡萄ぶどう、ちゃうぞ!?」

「すんまへん、兄貴! せやけど、動かれへんで……」



 もはや、おしくらまんじゅう。


 ギュウギュウになった事務所で、ムサい男たちが暴言をするだけの状態が、実に30分は続いた。


 アドラステア王女は見つからず、どちらも疲弊したままで、痛み分け。

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