第643話 東京までは何マイル?ー②

 実戦では、派手に撃ちまくっても、なかなか当たらない。

 密林の中や、異国の市街地では、どこに誰がいるのか? も分かりにくいからだ。


 発砲音が響き、近くでバシバシと当たっているから、とりあえず走る。

 味方に続くことで、安全な場所へ。



 敵を見つけても、どうぞ撃ってくださいと、アホみたいに立っている奴はおらず、近くの遮蔽物しゃへいぶつに隠れるか、その場で伏せつつ、撃ち返してくる。


 理想は、相手を先に見つけて、自分は見つからない。

 こちらの射程に収めつつ、敵はアウトレンジなら、完璧だ。



 それを実行しているのが、スナイパー。



 漫画やアニメ、洋ゲーで有名になったものの、スナイパーには、大きく分けて2つある。


 1つ目は、敵地に単身、あるいは、相棒の観測手を連れて行く、軍のスナイパーだ。

 森や平原の一部になれるギリ―スーツが象徴的で、あれは各人でせっせと作るらしい。


 複雑な立体で、人間と識別できる頭や肩をすっぽりと隠す。



 現代でもボルトアクションの単発式を使うのは、長距離射撃では一発の勝負になるから。

 敵エリアの奥深くで、故障しにくいメリットも。


 彼らの潜伏技術は、控え目に言っても、異常だ。

 すぐ傍で伏せているのに、全く気付かないレベル。


 その心理は、どこまでも平坦。

 もはや、人の形をした軍事兵器の一種だ。


 ポイントを確保したら、視界のエリアを分けて、小型のノートに必要な情報を書き、観測手がいれば情報を共有。


 狙撃を成功させた後に、敵から撃ちまくられても、冷静。

 砲撃されても、冷静。

 爆撃されても、冷静。


 まだ生きていれば、任務を続行する。



 明らかにスナイパーと分かる装備で捕まった場合、99%の確率で、すぐに殺される。

 なぜなら、他の兵士とは違い、確実に味方を殺しているから……。


 わざと殺さずに、負傷兵による足止め、釣り出すのが基本。

 その戦法によるヘイトの高さは、一時期に流行った、火炎放射器を持った兵士に負けず劣らず。


 歴史的には、精度が高い小銃にスコープをつけて、腕の良い兵士が撃っていた。

 野外の踏破や、潜伏技術を要することから、元猟師が目立つ。


 要人の暗殺……というより、敵の指揮官や、通信兵の排除が多い。


 現代戦では、いち早く発見する必要性と、対象の監視、敵スナイパーへの対抗のため、欠かせない存在だ。


 大戦中には、敵から苛烈に攻撃される、という理由で、味方から嫌われる傾向だった。


 軍用糧食を渡されて、ここから出て行ってくれ。と言われるのは、序の口。

 酷い時には、ちょっと目を離した隙に、スコープを弄られたことも……。



 カウンタースナイプの運用では、2つ目のマークスマンもある。


 歩兵部隊として行動しつつも、必要な場面で射程外にいる敵を排除することが、主な任務。

 専門のスナイパーほどの長距離射撃は求められず、迅速に100mぐらいの敵を撃つことが多いとか……。


 その性質上、セミオートの小銃にスコープをつけて、柔軟に対応できるスタイルを好む。


 不意に接敵しやすい市街地では、スナイパーも護衛の分隊と一緒に動き、狙撃ポイントを確保することが、セオリーだ。




 ――富士の演習場


 2人の女子は、兵士の恰好で、どちらもスナイパーライフルを肩から下げている。


 狙撃手コンビは、魔法師マギクスとして、魔力による身体強化。

 等身大のパワードスーツを凌駕するスピードで、走り続ける。


 大規模な火力演習を行えるほど広い、山の裾野すその

 そこを瞬く間に駆け抜けて、市街地にある車道のすみをバイクのように進み、ジャンプすることで建物の屋上へ移動する。


 歩道にいた人間が、思わず立ち止まる。

 警ら中だったパトカーは、呼び止めようと試みるも、その間に声が届く距離を超えた。


 

 魔法技術特務隊に所属している、かど麻弥まやと、姉小路あねこうじエステルだ。


 機械化歩兵実験中隊のMA(マニューバ・アーマー)を披露する、臨時の火力演習。

 それに参加する予定だった2人は、この局面で唯一の戦力と言ってもいい。



 麻弥は全力で走りつつ、自分のパートナーに告げる。


「都心部へ入れるわけには、いかない! 御殿場ごてんばIC(インターチェンジ)で待ち構えて、とにかく止める!!」


「予想を外したら?」


「それは、仕方ない……。戦略レベルで、都心に突っ込まれるほうがマズいもの」


 首肯したエステルは、驚く人々の視線を振り切り、スマホのカメラで捉えられない速度をキープする。



 やがて、東京方面へ伸びている、広い道路がある高架橋へ、飛び上がった。


 地上から高い場所にもかかわらず、あっさりと降り立ち、周囲を見る。



 ――御殿場IC


 ようやく一般車の制限が始まり、地上から機動隊が動員されている段階。

 プロテクター着用で、腕章のついた出動服が大勢いて、紺色の集団に。


 高速道路を横断するように、鉄製のスパイクシステムを敷き詰めていて、その上を通過したタイヤを段階的にパンクさせる針が、上を向く。



「了解……。くそっ! ここで役に立たないで、どうする!? 特殊機動隊のMAは、ただの展示品か! ええいっ!」


 警察無線を切った中隊長が、透明なバイザーがあるヘルメットをかぶったままで、足元を蹴った。


 応援を頼んだ警視庁は、上からの意向で、南極遠征の英雄を優先した。

 表向きは、富士の演習場にいるVIPを護衛するためだ。


 激怒している中隊長は、それでも指示を出す。


「奴らを絶対に、突破させるな! グレネードランチャーと小銃は、狙いをつけた順に撃て! 車止めのコンクリートブロックと、土嚢どのうの準備は? 急げ! 奴らは、すぐに来るぞ!! S県警の意地を見せろ! 都心部まで行かせたら、本庁と警視庁の連中に未来永劫、言われ続けるぞ!!」


 警察とは思えない、野戦陣地を思わせる光景だ。


 どこかの土木会社で徴発――警察だから任意協力――したのか、トレーラーと重機まである。


 完全装備のまま、汗ダラダラで運び続ける隊員たち。

 即席のバリケードは、急ピッチで作られているものの、間に合いそうにない。



 その中で、場違いな女が2人。


 近くにいる隊員は思わず見惚れたが、話しかける暇もない。



 麻弥とエステルは、忙しく動いている隊員の間を縫っていき、中隊長の下へ。


 ジロジロと見た後で、中隊長は言う。


「……何だ、お前ら? 一般人は、立ち入り禁止――」

「魔法技術特務隊の者です。接近中のMAを止めるため、この場にいることをご許可ください」


 組織が異なるうえに、相手の態度が悪いため、2人は敬礼をせず。


 中隊長は、肩掛けのスナイパーライフルを見て、彼女たちが狙撃手だと理解した。


「ウチにも、狙撃手はいる。陸上防衛軍の手は、借りん! とっとと――」

「自分たちは、本日に行われている火力演習で、富士の演習場から参りました。ご存じだと思いますが、防衛省などのVIPの他に、主要国の武官、マスコミを招いている状況です。あなたの判断はそのまま、上官へ報告いたします。では、失礼」


 その発言は、なかった事にできないぞ? と脅した麻弥に、中隊長は折れた。


「分かった! だが、この現場は、ウチに指揮権がある。命令には、従ってもらうぞ!?」



 周りの機動隊員がチラチラと見てくる中で、麻弥はエステルにささやく。


「ジャンクションまで、進みましょう。ここだと、いつ邪魔が入るか、分からないわ……」


「了解」


 中隊長に命じられた隊員が、話しかけてくる。


「あなた方は、こちらへ――」


 身体強化した女子2人は、急発進したバイクのようにスタート。


 瞬く間に、遠くまで続く道路で、小さくなった。




 ――御殿場ジャンクション


 道路を狙いやすい建物の屋上で、膝立ちに。

 

 今回は敵が多いため、2人で同時に狙撃する。



 門麻弥は、メディタ女学園高等学校の出身だ。

 元学年主席で、二つ名は叡智えいちと書いて、ソフィア。

 エステルの2年上で、空間把握の魔法に長けており、ターゲットまでの道筋が分かる。


 姉小路エステルも、同じメディタの出身。

 こちらも学年主席で、『アルテミス(狩猟の女神)』という、二つ名。

 収束系のビームや空気弾が得意で、性格もスナイパー向きだ。

 今は、大学1年生と同じ年齢。


 メディタは、物静かな校風。

 学科やデスクワークならば、ベルス女学校よりも上だ。

 卒業生の進路としても、防衛軍や警察ではなく、企業勤めか、進学が多い。


 彼女たちは、実力がある者の義務で、魔特隊に志願。

 いつぞやの咲良さくらマルグリットのように、士官が直々にリクルートを行うことも大きい。


 だからこそ、学年主席には、大きな権限が認められている。



 膝立ちの麻弥とエステルは、それぞれに自分のライフルを構えて、スコープを覗く。


 今回は、撃たれる前に撃つスタンスだ。



 ◇ ◇ ◇



 全高4mのMiA2『ヴァンダル』は、四つん這いのまま、タイヤを回転させることで走行中。

 縦一列の4機は、高速道路で東京を目指す。



 先頭のフージンは、ガタガタという愛機に、文句を言う。


「信頼性があると言えば、聞こえはいいが……。怖いねえ……。走りながら、分解しそうだ。東欧から持ち込むまでに、どれだけ使っている?」



 相手をロックオンするFCS(火器管制システム)のように、洒落た装置はない。

 昔の戦車のようなスコープを見ることで、撃ちながら、自分で修正していくだけ。


 ゴーグルによる視界は狭く、兵器としては優秀だが、あまり乗りたくない代物。

 とはいえ、高速走行ができて、歩兵では持てない重火器も扱える。



 ゾクッとしたフージンは、通信のスイッチを押した。


「散開しろ! 狙われている!!」


 言いながら、走行をランダムに切り替えた。

 左右へ大きく振りつつ、緩急をつけることで、相手に狙いを絞らせない。



 さっきまでフージンがいた場所が、弾ける。


 着弾の規模から、狙撃と分かった。



 遅れて、後続機もランダム走行に。


 次々に着弾することで、進軍スピードが一気に落ちる。


『誰の攻撃だ?』

「たぶん、異能者……真牙しんが流のマギクスだろうよ。奴らは、この手の攻撃に特化している。……撃ち方、やめ! 相手を確認しないまま、バカみたいに撃つんじゃねえ!!」


 興奮したことで、明後日の方向に発砲している機体を見て、フージンは叫んだ。


 いっぽう、他の3機は騒がしくなる。


『なぜだ! 我々は、異能者を支持しているのだぞ!?』

『四大流派でも、体制の犬になった、裏切り者がいると言うのか!』

『どうして、私たちを攻撃するの……』


 通信のスイッチから指を離した後で、フージンは突っ込む。


「敵だからに、決まっているだろうが……。お前ら、頭がわいてるなぁ……。けどよ?」


 ――ようやく、お出迎えか



 フージンは、地を這うような姿勢で高速走行をしながら、すぐに対応する。

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