第642話 東京までは何マイル?ー①

 自動車整備工場の中にいる面々は、穴だらけの外壁と、人の原型を留めていない肉片に構わず、話し合う。


 中央には汚れたテーブルがあって、広げられた精密地図。

 指をさした1人が、説明。


「いいか? 我々は、一刻も早く、都心部へ入らなければならない。高速道路へ上がって、ストレートに東京を目指す。異能者を支持している近衛師団の決起に間に合わせて、まずは同志の援護だ。テレビ局などを占拠して、四大流派にメッセージを送る。そこからは……フージン! どこへ行く!?」


 ここから離れた場所で、警官2名に銃弾を撃ち込んだ男は振り返って、ニヤリと笑った。


「便所だ……」


 ひらひらと手を動かしながら、立ち去る。


 その姿は、ダイビングスーツを戦闘用にしたようで、独特。

 ボディラインが浮き上がっていて、その筋肉を誇示している。


 目立たないためか、薄いアウターを羽織っている。

 足元は、スーツと一体化している、軍用のブーツだ。



 説明していた男は、フージンの背中を見送った。


「気に食わん奴だ。あれで、凄腕のMA(マニューバ・アーマー)乗りか……」




 年季を感じるトイレに入ったフージンは、用を足しながら、つぶやく。


「もう、時代遅れなんだよ……。主義思想で、飯を食えるか」


 30代と思える外見で、彫りが深い、ヨーロッパ系の容姿。

 強面こわもてのうえ、目つきが鋭い。




 S県の郊外で刑事4人と、警官2名を殺した連中は、大型トレーラー2台と、小型のバス1台に分乗して、出発。


 最寄りのIC(インターチェンジ)から高速道路へ入り、縦一列になって走行。

 意外にも、安全運転だ。


 しかし、渋滞につかまる。

 プシュ―ッと、重量がある車に特有のブレーキ音で、ゆっくり停車。


 先頭のトレーラーに乗っている人員は、車内で打ち合わせ。


「どうする?」

「一般人を巻き込むのは、主義に反する」

「何とか、この車列を退かせれば……」


 片耳にイヤホンをつけているフージンは、我関せずで、車外を見ている。


 だが、いきなり、反対側を向いた。


「おい? 気づかれたぞ! こっちへ、ハイウェイパトロールが向かっている。じきに、ご到着だ」


 どうやら、警察無線を傍受しているようだ。


 それを聞いた兵士たちは、焦り、激怒といった表情。



 遠くから、独特のサイレンが響く。


 ウゥウウウゥ――――


『緊急車両が通ります! 道を開けてください!』



 すみにある路側帯を徐行してきたパトカー2台は、先頭の大型トレーラーより前に出た位置で、停車。


 それぞれのドアから、制服警官が出てきた。


 拡声器を使い、車内に呼びかける。


『あー! 我々は、S県警の高速隊だ! そこのトレーラー2台と、後ろのバス1台に乗っている者は、ただちに車から降りなさい!』



 車内で聴いたフージンは、座ったままで、肩をすくめた。


「だとよ?」


 集団の中心になっている男が、いきり立つ。


「かくなる上は――」

「落ち着けよ、リーダー! 俺が行く。そっちは、スタンバイしておけ」


 言い終わるや否や、側面のドアを開き、外へ出て行くフージン。


 大型のため、ステップになっている場所から、タンタンッと地上へ。



 いきなり同じ目線になったことで、緊張する警官たち。

 腰のホルスターに、手を添えている。


 構わずに、フージンが話しかける。


「何の御用で?」


 その場にいる最上位らしき警官が、毅然と言う。


「全員、車から降りなさい! 内乱罪の疑いで、君たちを逮捕する! ……抵抗すれば、為にならんぞ?」


 軽く両手を上げたフージンは、次にゴソゴソと、自分の体を探る。


 緊張した警官隊は、ついにホルスターのふたを開けた。

 利き手で、拳銃のグリップを握る。


 だが、フージンは、折り畳んだ紙幣を指にはさんでいるだけ。


「手持ちは、あまりないんだ……。路側帯を走らせてくれれば、あとは勝手に――」

「ふざけるなよ、貴様?」


 紙幣を持つ手を叩かれたことで、フージンは困った。


「うーん……。もう1枚、いるか?」


 賄賂わいろが足りなかった、と考えたフージンに対して、その警官はリボルバーを抜いた。


 しっかりと構えたまま、銃口を向ける。


「両手を上げて、その場にひざまずけ!」



 実弾のリボルバーを向けられたまま、フージンは気づく。


「ああ……。ここ、日本だったか……」


 国によっては、今の対応で時間を稼げるが。


 いつもの癖で、つい、やってしまった。



「A good cop,huh? I wish I had one when I was a kid. ......(良い警官か。俺がガキの時にも、いたらなあ……)」


 何回もうなずきながら、感慨にひたるフージンだが、他の警官も拳銃を抜いた。


 それを見て、獰猛どうもうな笑みに。


「あんたらの顔に免じて、なるべく加減してやるよ……」



 両足を曲げたフージンは、両足の筋肉を膨らませた。

 足元のコンクリートが、一気に陥没する。


 次の瞬間に、後ろへ大きく飛んだ。


 弧を描いた後に、大型トレーラーの細長い箱の中へ消えていった。

 どうやら、人工筋肉による、パワードスーツらしい。



 後ろで引っ張っている、コンテナの壁をすり抜けた。

 現実とは思えない光景。


「は?」


 銃を構えている警官の誰かが、声を漏らした。




 バシュッと、背中の装甲を閉じながら、狭いコクピットで両手両足をトレースさせるフージン。

 同時に、MiA2『ヴァンダル』を起動させていく。



 辺りに動力の音が響き始めて、コンテナの外側を映し出していたを解除。


 大型トレーラー1台につき、2機のヴァンダル。

 合計4機が、立ち上がった。


 白い装甲は、どこかプラモを彷彿とさせる。

 手作りのようないびつさと、温かみを感じさせる一方で、各所に武装。


 全高4mのロボットは、モニターではなく、パイロットがつけているゴーグルによる視界だ。

 外部カメラ、センサーと連動して、外の光景を見せている。


 現地で組み立てられるほど、簡単。

 そのため、内部の電子機器は、ゲーム機と同じ。


 動力を除けば、パイロットスーツと、付属の装備のほうが、高いぐらいだ。



 フージンが、狭い視界を左右に動かせば、ただの大型トレーラーと思っていたことで、大慌ての警官隊が見える。


 パンパンと、乾いた音。


 リボルバーを撃っているようだが、仮にも軍用だ。


「ぜんぜん、当たってねえぞ?」


 これだけ大きな目標に当てられないことで呆れたフージンは、トレーラーの荷台から降りて、両足で地面に立つ。


 人と同じ姿をした巨人は、高速道路に両手をつき、四つん這いのまま、内蔵されたタイヤを回転させた。


 高速道路にふさわしく、どんどん加速したヴァンダルは、路側帯を塞いでいるパトカーの上を乗り越えた後に、東京方面へ。


 横で律儀に停まっている車列で、目を丸くしている人々に、言い捨てる。


「今日の俺は、機嫌がいいんでね? さっきの奴らに、感謝しな……」



 パニックになった車が、路側帯にはみ出してきた。


「ちっ! 出てくるんじゃねえよ!!」


 とっさに威嚇射撃を行えば、硬いはずのコンクリートが、ポップコーンのように弾ける。


 慌ててハンドルを切った車は、逆方向へ突っ込み、派手な衝突音。


 路側帯で先に進んでいたバイクも、気が狂ったように加速。

 フージンが乗ったヴァンダルを先導するかのごとく、突っ走る。



 後ろから仲間の3機が走っていることを確認しつつ、フージンは渋滞を抜けて、広い車線へ復帰。


 地面スレスレを走れば、かなり怖いのだが、彼は全く気にせず。


 びっくりする一般車両を避けながら、縦一列になって、優雅にドライブを楽しむ。


「スティリオークは、どーすんだ? あの巨体じゃ、ここはともかく、下には降りられねーだろ……。あー、ヤダヤダ! 計画性がゼロじゃねえか」


『いよいよ、正義を執行する時である! 各員の奮戦により、これまで虐げられていた異能者の――』


 今回のお仲間となった、異能者を支持する過激派のお言葉を聞きながら、溜息を吐く。


「前金と飯代ぐらいは、働きますかね……。こりゃ、後金は受け取れねーな」


『フージン! 指揮を執れ!』


 通信のスイッチを押した彼は、答える。


「へいへい。全機、俺についてこいや……。ヴァンダル隊で先行するから、スティリオークは……まあ頑張れ」


『スティリオークより、フージンへ! こちらは高速道路を走りながら、都心部への侵入を目指す。気にせずに、同志と合流してくれ!』


「了解……。じゃあな」


 スイッチから指を離したフージンは、ぼそっと言う。


「しばらく、この国で暮らしたかったんだがなぁ……」



 今度は、即席のバリケードがあった。


 大型のバスを横に停めているので、重力の落下を考慮しつつも、地面と水平にロケットランチャーを撃ち、派手に吹っ飛ばす。


 宙を舞った機動隊の車両は、地面に衝突したことで、破片と炎をまき散らした。




 ――フージン達が、光学迷彩を解除した地点


 次々に乗られたことで、パトカーはどれも、潰れている。


 置き去りにされた警官隊は、その指揮官によって動き出す。


現場げんじょうの保存と、負傷者の救助――」

『Get away.(退け)』


 いきなりのアナウンスで全員が振り返れば、そこには多脚戦車が1台。


 小型のバスという光学迷彩を解除した、TM35『スティリオーク』だ。

 オリーブグリーン色の装甲と、張り付けたパネルを見せている。


 太い四本足で立ちながら、その上にある主力戦車のような胴体。

 装甲と火力は、ヴァンダルの比ではない。


 呆然としたまま、本能的に避けた警官隊を後目に、まだ原型を留めているパトカーをぺちゃんこに潰しつつ、路側帯をタイヤで走っていく。


 器用にも、四本足を伸ばすことで、車列にぶつからないよう、工夫した。



 急行した警察ヘリは、上空から追いつつも、必死に報告する。


『対象は、高速道路を東京方面へ進行中! たった今、――ICを通過した! 4機とも、軍用兵器で武装! 繰り返す! 対象は全て、重武装のMAだ!』



 我が物顔で走っているヴァンダル達は、一般車両の退避ができていない道路を突き進む。


 先頭のフージンは、テレビゲームのような状況で、独白する。


「さーて……。止めてくれないと、このまま都心部へ、遊びに行っちゃうぜ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る